やりたかっただけのことをやる
「くああ……こんな
富士のふもと、いずこかの洞窟の前。黒十字を奉ずる集団の見張りは、たるみ切っていた。さもありなん。大蘭学時代も変わらずそびえ立つ霊峰富士とはいえ、そのありがたみは大きく薄れてしまった。今となっては、彼らも含めて怪しげな連中の温床となっている有り様である。
「いくらウチが大願達成間際だからといって、他宗の連中がそれに気付くわけでもあるまいし……って、何者だ!?」
「いやあ失礼。巡礼の者なのですが、道に迷いましてな」
いくらたるみ切ってるとはいっても、見張りは見張りである。彼は目ざとく、己へと近付いて来る巡礼姿の男に気が付いた。男は気安く、彼へと向かって来た。杖ではなく錫杖を手にしているのが気にかかるが、彼とて仏の教えには明るくない。そういうものだと、思うことにした。
「名にし負う霊峰の頂上を目指しているのですが、どうも登山道を外れたようでしてな。一体どちらですかな?」
「登山道? そんなもの今時……うぐおっ!?」
不審な質問を投げかけてきた巡礼を訝しむ見張り。だが時はすでに遅かった。巡礼の一撃が、彼のみぞおちを打ち抜いたのである。見張りは崩れ落ち、念入りに錫杖で絞め落とされてしまった。巡礼の男は装いを解き、もう一人を呼び寄せる。果たして、僧侶と鎧武者だった。二人は二昼夜を掛けて、ついにここまでたどり着いたのだ。
「早く早く、もそっと」
僧侶が鎧武者を手で招く。心なしか、鎧武者の幽鬼じみた気が増しているようにも見えた。霊峰を近くにして、神気を得つつあるのか。それとも。そこまで考えたところで、僧侶は思考を脇においた。洞窟の間口は、人一人が余裕に入れる程度には広い。
「参りましょう」
僧侶が鎧武者を促した。敵に備え、鎧武者が先を行く形である。しばらく岩肌が続いたかと思うと、急に階段が現れた。しかも長い下りになっている。
「どうやら、相当な改造を施しているようですな」
「……」
「いずれにせよ、行くしかありませぬ」
気付けば人二人でもそれなりに通れるようになっていた階段を、警戒しながら降りて行く。鎧武者の大具足がもっと高鳴るかと思っていたが、音は不思議なほどに響かなかった。内心の焦燥を呼吸で抑え込みながら、僧侶は歩みを進めていく。
永遠にも似た下り階段を経ると、いよいよ広い通路が現れた。岩肌こそ残っているが、地面は平たく
ブー! ブー!
均された地面に降り立ち、一歩進む。その瞬間に、警報が鳴り響いた。ついにと言うべきか、ようやくと言うべきか。いや、ここに至るまでは基地の出入り口としてしか認識されていないのやもしれぬ。
「あの見張りも、可哀想でありますな」
つぶやきながら、僧侶は錫杖を構えた。鎧武者は? とうに大太刀を抜いている。しかし想像された、無数の手下による襲撃はなされなかった。代わりに、五つの足音がカツカツと響いた。先を行くのは、人狼と人狐。後ろには、三人の坊主頭。
「ここじゃあ狭いなあ、オイ」
人狼――白狼王が言った。
「そうね。アタシのかわいい配下たちが、暴れられないもの」
人狐――雌狐御前が答えた。
「なら、移動するしかねえよなあ。俺様たちはその権利を大主教様から頂いた」
「そうね。アタシたちのホームグラウンド。それぞれの聖域。案内して差し上げましょう」
人狼と人狐の位置が入れ替わる。互いに指を弾く。すると岩肌がスライドし、左右に扉が開いた。
「来いよ鎧武者。今度は死ぬまでデスマッチだ」
「来なさいな僧侶さん。今度は痺れ薬でおしまいじゃないわよ」
互いに互いの宿業を呼び招く。そのまま扉の向こうへと消えていく。三人の坊主頭も、雌狐御前に付いて行った。
「どうされます?」
「……」
僧侶が問い掛け、鎧武者がうなずく。二人もまた、互いの敵に向けて歩みを進めた。
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