第四話:激突編

これが私の全力全開?

 手塩にかけた蘭学女中メイドたちが、階段から蜘蛛の子を散らすように逃げていく。そんな状況を見ても、【ご主人さま】は仮面を外そうとさえしなかった。

 【ご主人さま】は蘭学者である。蘭学女中を嗜好とし、その戦闘力を高めるための偏愛こそが彼の研究欲を支えていた。幕府、ひいては江戸に反旗を翻したのも、その欲望からである。物質転送装置の量産に成功すれば、彼の望んだ蘭学女中軍団が生み出せる。彼女たちにかしずかれて、永遠の王国を作り上げることができる。歪んだ妄想が野望を加速させ、ついに彼はアクセルを踏み込んでしまったのだ。


「……」


 しかし今、彼の王国は滅びようとしていた。女中長の一番、八番までの最精鋭。九番以下の手勢。すべてが瓦解しつつあった。にもかかわらず、彼は仮面の下で微笑んでいた。そう。なにも問題はない。蘭学女中はまた集めれば良い。それよりも、永遠の王国の、永遠の象徴を完成せしめるのが先決だった。


「ご主人……さまっ」


 背後から末席――八十四番の声がする。彼女は反骨の蘭学女中だった。しかし同時に、体術、サイキックなどにも長けた、理想の戦闘用蘭学女中でもあった。その技術を、どこで修めたか。彼女は一切語らなかったし、【ご主人さま】にとってもどうでもいいことだった。

 八十四番に施した洗脳じみた措置は、すでに解いていた。一番――女中長が跳ねっ返りの同行を拒絶した時点で、彼の肚はすでに定まっていた。彼女を、【鋼鉄式巨大蘭学女中戦闘兵器】の中枢に据える。彼女の思考と戦闘技術をもって、永遠の象徴は完成されるのだ。


「キミは私の理想、永遠の象徴の中枢となる。仮に舌を噛み切ったとしても、記憶を吸い出され、技術を学習され、永遠に彼女を動かす駆動力となるのだ」


 八十四番は紐――兵器との接続管――と拘束具ヘッドギアで【鋼鉄式巨大蘭学女中戦闘兵器】の胸部に縫い留められている。彼女と【ご主人さま】は、ガラス一枚で隔てられていた。すでに【鋼鉄式巨大蘭学女中戦闘兵器】の駆動準備はできている。後は立ち上がらせるのみ。

 本来であれば、江戸の制圧後に像として設置する予定だった。しかし今となっては、守護神としての性能も持たせていたことが吉となった。なぜなら――


「招かれざる客よ、私の研究所ラボにようこそ。私はもはやこれまでだろうが……その前に最大最高の研究成果をお披露目したい」


 こうして己の王国に迫り来る敵を、最大最高の戦力で撃破できるのだから。


 ***


「くっ、得体の知れぬ物を準備してござるな!」

「ふふふ。特別にご教授してしんぜようか、公儀隠密どの」


 宿敵たる忍者と鎧武者。そして【ご主人さま】が言葉をぶつけ合っている。八十四番はその光景を、憎々しげに見つめていた。

 催眠――あるいは洗脳じみたあの瞳から目覚めた時には、己はすでに括り付けられていた。頭部の拘束具に、無数の管。自身と【ご主人さま】を隔てるのは、わずかにガラス一枚。しかし彼女の手足が届かぬよう、巧みに設計されていた。


『これは一体なんですか、【ご主人さま!】』

『江戸を制した暁に据えようとしていた、私の王国の象徴だよ。今は最悪に備え、守護者としての機能にすげ替えている。ただし、未完成だ。戦闘はできても、それを支えるための脳がない』


 【ご主人さま】の宣告。そして今、自身が置かれている状況。彼女は、すべてを察した。


『まさか、私を』

『ご明察。キミの戦闘力。それを支える思考回路。そっくりそのまま、中枢に据えさせてもらうことにした』


 【ご主人さま】の、あっけらかんとした顔が見える。遠目には、退却してくる仲間たち。【ご主人さま】が、さらに口を開いた。


『おやおや。私の王国が滅ぶ日も近いようだね。でもメイドはまた集められる。キミという象徴がいれば、なんてことはない』

『なっ……』


 彼女は愕然とした。仲間たちを、メイドという存在を愛していた主君は、どこへ行ったのか。八十四番はやり切れぬ思いのまま、主君に訴える。


『ご主人……さまっ』

『キミは私の理想、永遠の象徴の中枢となる。仮に舌を噛み切ったとしても、記憶を吸い出され、技術を学習され、永遠に彼女を動かす駆動力となるのだ』

『……』


 八十四番は、なにも言い返せなかった。もはやこの主君からは、己が奉じた要素が失われていた。ならばどうするか。すべてを壊す他にない。忍者も。鎧武者も。【ご主人さま】も。憎い。憎い。すべてが憎い。


「もうすぐ稼働を開始するこれこそが、【鋼鉄式巨大蘭学女中戦闘兵器】。私の理想を詰め込んだ、我が王国の象徴だ」

「それで江戸へと、攻め込む魂胆にござるか」

「そうだね。キミたちを滅ぼした後は、そうしてもいいだろう。メイドはそれから、ゆっくりと集めれば良い」

「今まで集めた女中方に、なんたる言い草でござるか」

「彼女たちは良く尽くしてくれたが、瓦解したのがいけないのだよ」


 憎い対象が言葉をぶつけ合っている。彼女はそれを、ただただ聞かされていた。憎さが噴き上がり、拘束具を通じて【ご主人さま】の言う象徴へと吸い上げられていく。


「……!」


 不意に彼女の中に、全能感が湧き上がった。自分が括り付けられている鉄の塊が、意のままに動かせそうな気がした。彼女は鉄塊に、立てと指示した。はたして鉄塊は、ゆっくりと起立の動作を開始した。


「起動の時が来たようだね。さあ、始めようか。公儀隠密に鎧武者。キミたち招かれざる客を手始めに、メイドの王国は進撃を開始するのだ! 征け!」


 【ご主人さま】が大仰なしぐさで指示を飛ばす。八十四番はひとまず、その通りにした。すべてを打ち倒すためには、まずはこの鉄塊を知る必要があった。

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