技を叫んで殴れない。私の弱点です

「――ッッッ!!!」


 忍者が一番の心臓を突き刺した直後。鎧武者の絶叫が、草木も消え果てた山に響き渡った。

 忍者は声の発信源に向けて振り向き、そしておののいた。鎧武者が目を光らせ、その頭上で槍を振り回していたのだ。声にならぬ声を上げ、武具を振り回す姿は鬼神のごとし。さては先日と同じ状況かと、忍者は警戒を強めた。


「ぬんっ!」


 鎧武者を囲む蘭学女中メイドは四人。すでに二人が倒れ伏せ、息絶えていた。さすがは鎧武者である。吐き出すような声とともに槍を突き出せば、また一人の命が、露と消えた。土手っ腹を、高速の槍に貫かれたのだ。


「っ!」


 忍者は動いた。一番――女中長は死に、もはや彼女たちを戦わせる義理はない。時間はわずかに残されているが、ここが潮時だ。蘭学女中どもが数歩たじろいだ隙に、彼は素早くその間合いへと入り込んだ。


「一番どのは逝ったでござる。もはや戦う義理はないでござるよ」


 努めて優しく、彼は降伏を促した。背後の鎧武者への警戒は、あえて絶っている。誤解を恐れずに言えば、今は見たくもなかった。なにせ、鎧武者の戦いを止めようとしているのだから。

 残り三人になった蘭学女中は、互いにうなずきあった。忍者はあえて構えを解き、不戦の意志をあらわにする。だがその時、鎧武者から背中を引っ張られてしまった。


「鎧武者どの、なにを!?」


 引きずられて下がった、その地点。直後、三人の蘭学女中が左右と上から着弾した。彼女らの不意討ちは、失敗に終わったのだ。そして。


「もはやこれまで! さらば!」


 最後の作戦に失敗するや否や、一斉に彼女たちは己の喉を突いた。息の詰まるような音の直後、三人もまた、倒れ伏す死骸の群れへと加わった。加わってしまった。


「……」


 忍者は彼女たちから視線を切り、鎧武者は彼女たちを瞑目させた。ちょうど刻限が経過したことを示すかのように、彼女たちの武具が次々と消えていった。


 ***


 その後火口に至るまで、【ご主人さま】側からの迎撃は一切なかった。最高戦力が敗れるとは、思ってもみなかったのか。忍者は訝しんだ。とはいえ、警戒は絶やせない。今この瞬間にも、遠間から狙い撃ちされる可能性は常にあった。


「……やはりでござるか」


 そして、警戒はやはり正解だった。火口から下る階段を発見すれば、その先には蘭学女中の群れが待ち受けていた。残り何人かなどと、数えている余裕などない。壮観な並びを見れば、この場に全力を投入していることなど予想がついた。階段は広く、人間三人は余裕で歩けるほどの幅がある。大立ち回りには、うってつけの場だった。


「……」


 忍者のかたわらで、鎧武者が投槍の構えを取った。爆発こそしないが、相手の陣を断ち割るには有効な手段である。忍者が止める間もなく、鎧武者は槍を敵陣に向けて投げ込んだ。


「散開ッ!」


 鏑矢めいて投げ込まれた槍に、蘭学女中の陣が乱れる。忍者は風となり、五人の分身となって突っ込んで行った。


「くっ!」

「ああっ!」


 先手を取った忍者が、次々と蘭学女中を手にかけていく。殺しこそはしないものの、切られれば動けなくなる。そういう地点に次々とクナイを突き立てていく。

 さらにはその後ろから、鎧武者が駆け下りてきた。目を光らせ、鎧を鳴らして突っ込んで来るさまに、蘭学女中どもが慌てふためく。右往左往し、中には逃げ出してしまう者さえもいた。


「これは……」


 思いもよらぬ崩壊ぶりに、忍者は思考を巡らせる。あの夜の戦ぶりは、指揮官あってのものだったのか。それとも、先手を取った心理的な余裕か。おそらくは、どちらもあるのだろう。ともあれ、自分たちにとってはありがたい光景だった。


「命が惜しいのであれば、どくでござるよ!」


 恫喝しながら、忍者が加速する。鎧武者も、風のように駆け下りる。もはや二人を止める者はいない。彼らは最下段まで一息に駆け下り――


「招かれざる客よ、私の研究所ラボにようこそ。私はもはやこれまでだろうが……その前に最大最高の研究成果をお披露目したい」


 般若面を付けた【ご主人さま】、その背後にたたずむ奇妙な鉄塊。その胸元に括られた八十四番の蘭学女中を目撃した。

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