致命的な小技の応酬……良い……

 しまった。

 忍者はほぞを噛んだ。けられていたのか偶然かは不明だが、まさかこの場で昨日の蘭学女中メイドと再会するとは思ってもみなかった。

 しかも、しばらくの間は話を聞かれていたようだ。つまるところ、周囲への警戒を怠っていたことになる。

 どうしてそうなったのかは不明だが、一つだけ仮説は立つ。鎧武者だ。己は鎧武者の深淵に飲まれないよう、気を張っていた。つまり、集中力のほぼすべてをそちらに割いていたのだ。これでは、警戒が緩んでも不思議ではなかった。


「昨日は私と同じ枠だと思ってたけど、公儀ってんなら本気で行くわ。【ご主人さま】からも、言付かってるしね」

「その【ご主人さま】って方について、詳しく聴きたいでござるよ」

「させると思って?」


 蘭学女中が、小高い丘から飛び降りる。忍者はそこをめがけて手裏剣を放った。しかし蘭学女中は外衣スカートからほうきを取り出し、ぐるぐると回して全弾を弾き飛ばす。そして高さを感じさせぬほど優雅に、ふわりと地上へ着地した。


「ごきげんよう。忍者に……鎧武者様。今度こそ、二人まとめて素っ首頂戴いたしますね」


 丁寧さの中に残忍さを混ぜ込んだ一礼をして、蘭学女中が忍者を睨む。同時に、鎧武者をも牽制していた。

 どうする。忍者は考えた。鎧武者から流れて来るのは、敵対者への攻撃心だ。それは今のところ、己の方には向いていない。蘭学女中を、敵とみなしていた。忍者はこっそりと、息を吐いた。この事実は、非常に大きい。だからそこで、【心通し】を絶った。そちらにまで気を配っていては、戦にならない恐れがあった。


「鎧武者どのは下がるでござる!」


 忍者は叫び、クナイを手にして踏み込んだ。あまりの速さに、二人に見えるほどの踏み込みだった。蘭学女中はそれを、ほうきで受ける。鋼のぶつかる鈍い音。ほうきには一見なんの変哲もないが、鉄でも仕込まれているのであろうか。


「疾ッ!」


 クナイによる突きをカチ上げられた忍者が、今度はほうきにぶら下がるようにして蹴りを振るった。蘭学女中は、わずかに仰け反ってそれをかわす。忍者は勢いを使い、後方に回転しながら着地した。


「今度はこっちからよ!」

「一息ぐらいつかせて欲しいでござるな!」


 すると、今度は蘭学女中が突っ込んだ。忍者に息をつかせることもなく、蘭学脇差ナイフ二丁を手にして格闘戦に挑みかかる。これには忍者も、クナイ二本にて応戦した。


「ハッ、ホッ、フッ!」

「せいっ、やぁっ、はぁっ!」


 凄まじい攻防であった。互いに直線的な軌道をぶつけ合い、右が防がれれば左、左がさばかれれば右と、次々に相手の隙を突付き合う。

 無論、さばき損ねれば致命の技だらけだ。ゆえに両者は、汗を浮かべながら防ぎ合う。腕や鋼がぶつかる度に鈍い音や金属音が響き、さらに加速する。やがて攻防には、体術までもが混ざり始めた。


「イヤッ!」


 蘭学女中がスカートを翻し、回し蹴りを仕掛ける。攻防の中の呼吸の一瞬。忍者の意表を突いた、大技だった。しかもかかとからは殺意の光。からくり仕込みの、蘭学脇差だった。


「ちいっ!」


 しかし忍者もさる者である。尋常ならざる光を看破するや否や、素早くかがんで難を逃れた。しかもそのまま、蘭学女中の不安定な軸足へ攻撃を仕掛けたのだ。


「しゃあっ!」


 忍者はしゃがんだまま、小さく彼女の足を払う。蘭学女中の、身体が浮いた。忍者は身体を起こし、仕留めにかかろうとした。だが蘭学女中は、そのまま側転で間合いから遠ざかっていく。忍者は悟った。彼女はあえて、足を払われたのだ。


「やるわね」

「ナメてもらっては困るでござるよ」


 ほとんど互角。忍者は改めて、目前に立つ女中の腕前を認識した。五分身、五月雨手裏剣。そして【心通し】。幾つかの大技は未だに隠しているが、それらを駆使するには心身の負担が大きい。この女との戦いでは、いささか使いにくいものだった。結局のところ、大きく事態は――


「ぬんっ!」


 動かせない。忍者がそう考えていた矢先だった。二人の戦に、横合いから割り込む影があった。時代がかった大具足、幽鬼じみた陽炎、長さ四尺の十文字槍。大人しくしていたかに見えた鎧武者が、蘭学女中へと向けて槍を振るったのだ!


「ちょっと!? 戦いに割り込むなんて、無粋じゃないの!?」


 彼女はたまらず、槍をかわした。口ぶりでは文句を垂れているが、そのくせ忍者への視線は切っていない。仮に二対一となろうとも、戦う気は満々であると見えた。しかしそんな彼女に、追い討ちの銃弾が襲い掛かった。


「え、え!? 銃弾!? 背後から?」


 慌てて跳躍で回避する蘭学女中。戦への闖入者ちんにゅうしゃは、先刻彼女が舞い降りた丘の上にいた。


「八十四番。貴女はそんなだから、いつまでも序列が末席なのです」

「八番様!?」


 蘭学機関銃を構えた、長い黒髪の女。その装束は、八十四番と呼ばれた娘とまったく変わらぬ蘭学女中服だった。

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