よくよく見たらメイド服と機関銃が天丼やんけ!?

 新たなる参戦者の登場に、忍者は自分の認識を修正せざるを得なかった。自身は末席と呼ばれた、目の前の蘭学女中とほぼ互角である。にもかかわらず、それ以上がいる。すなわち、この件は己一人では完全に手に余ることになってしまった。


「ああ。失礼しました。公儀隠密さま、【荒野の鎧武者】さま。ごきげんよう。身内の不始末で申し訳ありませんが、そちらの不届き者を回収させてくださいな」


 『八番様』と呼ばれた女が、丁寧に一礼をする。少々型が異なるが、蘭学礼法だとは理解できた。


「いきなり出て来てそのように述べられても、なにがなにやらでござるな」


 忍者は探りを入れる事にした。どうも敵手も、事情の根が深そうである。聞き出せれば良し、聞き出せずとも、その場合は去るだろうから良し。少々希望的観測ではあるが、悪い方には転ばぬだろう。そう踏んでいた。だが。


「それはたしかに。ですがご公儀と、敵とも味方ともつかぬ方を相手に、事情をべらべらと喋る者などおりましょうや?」

「むむっ」


 見事な反論に、忍者は口をつぐんだ。希望的観測が過ぎたかと、自身の計算を立て直す。しかしそれすらも打ち崩す暴風が、少し離れた場所から巻き起こった。


「私はっ!」


 暴風の正体は八十四番と称された蘭学女中。土を蹴立てて飛び上がり、『八番様』へと迫っていく。その手にはほうきが構えられ、戦意は明白だった。


「私はただ、【ご主人さま】の敵をっ!」


 人間二人分ほどの高さなど物ともせずに『八番様』に肉薄する蘭学女中。しかし八番様もさる者だった。これまたほうきで応戦し、柄と穂を巧みに使った攻勢をさばいていく。


「貴女の忠誠心は疑うべくもありません。それは承知しています。ですが、その発露を間違えているのです!」

「敵は滅ぼせば良いのでしょう! どうしていつまでも野に潜まねばならぬのですか!?」

「【ご主人さま】の目的を考えれば必然のことでしょう? ましてや物質転送装置はそのための秘密兵器。貴女がそれをみだりに持ち出したばかりに、こうして公儀隠密に!」


 両者の攻防は加速していた。同時に、口論も加熱していた。二人は互いに集中するあまり、忍びと鎧武者の存在を失念していた。否、それほどの争いだからこそ、忘れてしまったのか。


「……退くでござるよ」


 裂帛の攻防が続く中、忍者は密かに鎧武者へと声を掛けた。丘の上では、八番が八十四番を追い込みつつあった。


「貴女は連れ帰り、反省房送りとします。いいですね?」

「八番様、しかし」

「くどい!」


 丁々発止だったやり取りが次第に追い込まれ、攻防の上でも八十四番が少しずつ追い込まれていく。忍者はそのさまを一瞥すると、鎧武者とともに荒野を駆けて行った。


 ***


「いやはや。鎧武者どのも聞いたでござろう?」


 およそ半刻後。忍者と鎧武者は再びあぐらにて対面していた。しかし奇妙な光景である。鎧武者からすれば、忍者に付き合う義理はないはずだ。仮にあるとすれば、蘭学女中――八十四番との因縁ぐらいであろう。にもかかわらず、武者は忍者と行動をともにしていた。


「……」


 鎧武者がうなずく。その姿を見て、忍者は決意した。今一度だけ、【心通し】を使う。彼は鎧武者の胸元に手を当てる。鎧武者は、もう一度だけうなずいた。


「【心通し】」


 忍者は小さくつぶやく。するとやはり、鎧武者の心象風景が見えた。荒れ野。無数の死骸。壊れた武具。狂った男。男の手にする髑髏どくろ。様々なものが目に入り、飲まれかける。忍者はすんでのところで口の端を噛み切り、難を逃れた。この者の深淵、やはり気は抜けぬ。


「……っ。おそらく、おおよそは掴めたと言っても過言はないでござるな」


 忍者の言に、鎧武者も首を縦に振った。要するに、八十四番の女中は、全くもって余計なことをしでかしたのである。


「拙者としては、蘭学女中集団を打ちのめす必要が出たでござる」

「……」


 忍者は、一方的に言葉を続けた。


「拙者の目的は【物質転送装置】の捜索にござった。されどかの装置は、すでに量産されている可能性が高いでござる」


 ならばすべてを破壊し、【ご主人さま】を拘束する。それが忍者の、決断だった。


「鎧武者どのは……。……左様にござるか。かの者との、決着を……」


 忍者は鎧武者に問い、思考を受け取った。それはおおむね、彼の意志にも沿うものだった。少なくとも、敵には回らない。彼にとっては、それで十分だった。


「ならば、一時ではござるが」


 忍者は、鎧武者に手を差し出した。鎧武者も、籠手に覆われた手で応じた。二つの手が、がっしりと組み合わさる。


「同盟、締結にござるな」


 今にも流れ込みそうな殺意に抗いながら、忍者は約定成立を口にした。

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