いくら鎧武者が喋り難いからって

 忍者の目的は、最初から一つだった。対して鎧武者は、彼の目的を測りかねていた。前日に一度遭遇しただけだったし、その時点では悪逆の者であるのかさえ不明だった。そもそも、感じていた気配と忍者が同一のものであるかさえ、鎧武者は掴めていなかったのだ。

 結局のところ、最初に鎧武者が矢を放った時点で精神的には勝負は決していた。先に焦れた鎧武者は、心の上では敗北していたとも言って良い。だが忍者にとっては、まさにそこからが薄氷だったに違いない。なぜなら忍者の狙いは――


「我流忍法【心通し】。これにて決まりでござる」


 だったからだ――。


 ***


 忍者は努めて己を制御していた。今にも跳ねそうな心臓を押さえ付け、あくまで勝ち気、優位に立てるように振る舞っていた。

 なにせ相手は、荒野の伝説が一人である。己の特徴、上回っているであろう部分をすべて叩き付けてようやく、一本を取れる可能性のある相手だからだ。そして事実、それだけの技を振るって、なんとか目的の行為にこぎつけたのだ。


「……」

「失敬。ですが本心にてござる。どうにかこうにか貴殿と話をつけるのが、拙者の切なる目的なれば」


 技はたしかに、成功していた。鎧武者の思考が、脳裏へズシンと染み込んでくる。一歩間違えば深みにはまり、そのまま深淵に引きずり込まれてしまいそうだった。現在垣間見ているものだけでも、恐ろしい代物。幽明境を分かつ狭間に飲み込まれ、帰って来られなくなる恐怖があった。

 忍者は、自分が口元を覆っていて良かったと、心底から思っていた。仮に口元を晒していれば、荒い呼吸が白日のもとに晒されていた。そうなれば、鎧武者が己の優位に気付いてしまう。

 同時に彼は、己の能力を呪ってもいた。初めての感情だった。相手の胸元――心臓近辺――に触れることで、相手の思考を読み取る力。蘭学でいえば、【さいきっく】の読心にあたるらしい。学者どもののたまうことだから、右から左へと素通ししていたのだが。


「ひとまず、拙者は着座するでござる。鎧武者殿がいかになさるかは、おまかせする所存」


 忍者は、さらに大胆な所業に打って出る。混乱させるためではない。次々と手を打つことで、ためだった。これから試みる話には、それほどまでに大胆さが必要だった。なにせ、鎧武者を自らの目的に引きずり込もうというのだから。

 そして流れ込んで来たのは、困惑だった。忍者は、布の下でほくそ笑んだ。かの者がこの困惑を解決するためには、己に斬り掛かるか、真意を問うか。二つに一つである。だから、前者の選択肢は五体分身までも行使して潰したのだ。己の力量を、実情よりも高く見せる。そういう策略だった。


「……」

「かたじけないでござるよ」


 結局鎧武者は、忍者の思惑にはまった。はまってくれた。忍者は密かに、胸をなでおろした。荒野に棲まう真の強者――伝説とされる者どもについては、つぶさに調べた。調べはしたが、鎧武者だけは掴み切れなかった。弱者を救い、強者を滅ぼす。その行動原理のみが、掴み得た真実だった。


「どこから話しましょうか。率直に言えば、過日の蘭学女中メイド。あれを滅ぼすのに手をお貸しいただきたいのでござるが」


 忍者はまず、率直に用件だけを切り出した。鎧武者の反応は、誠に微妙なものだった。快とも、不快ともいえない感情が流れ込んで来る。やはり、この程度では乗って来ないか。あらかじめ想定されていた事実を、彼は改めて噛み締める。


「拙者、実の所は御公儀の手の者にてござる。故あって、あの蘭学女中メイドと、それに連なる者を追って候う」


 忍者は、深々と頭を下げた。半端に隠したりボカしたりするよりは、すべてをつまびらかにしたほうが良いという判断だった。


「ならば、なぜ過日は退いたのか? なるほど、たしかにでござるな」


 鎧武者から問い掛けが送り込まれ、忍者はうなずいた。たしかに目的と行動が矛盾していると言える。


「ですがあれは、敵手の力量確認。そして、拙者が放たれた目的の確認でもござった」

「……」

「鎧武者どのは、【物質転送装置】なるものをご存知でござるか?」


 忍者の問いに、鎧武者は首を横に振った。流れ込んでくるものにも、偽りはなかった。彼は続けて、口を開いた。


「公儀お抱えの蘭学者たちが作り上げた、『物を遠隔地へ一息に飛ばす装置』にてござる。原理はわからんでござるが、一定時間は飛んだ先にて動かせるとかなんとか」

「……」

「数年前、その装置が江戸より盗み出されたのでござる。盗んだのはお抱え蘭学者の一人。奴はそのまま行方をくらまし、装置の行方も分からぬままとなったのでござる」


 鎧武者から話を聞く態度を受け取った忍者は、それを良いことに喋り続けた。こうでもしないと、話が逐一止まってしまう恐れがあった。


「それが最近……」


 一呼吸を置き、次の段階へと話を進めようとしたその時。蘭学機関銃の一斉射が荒野を走った。忍者は三回転のバク転で場を逃れる。鎧武者は? 寝転がりつつ場を逃れ、無傷だった。


「そこまでよ。話を聞いてれば、まさか公儀だなんて。昨日は、私に調子を合わせてたのね」


 上方から掛かる声に、忍者は丘を見上げた。果たしてそこには、昨日と変わらぬ蘭学女中服の女が立っていた。

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