三すくみって、二つが組めば崩れるよね
奇妙な遭遇戦から、一昼夜が過ぎた。その間鎧武者は、常に付かず離れずの気配を感じていた。
こうなると鎧武者も、気を抜くわけにはいかなくなる。うっかり眠ったりなどすれば、それが命取りとなる可能性があるからだ。それならまだ、襲われたほうが気が楽だともいえた。
「……」
しかし鎧武者は、幽鬼じみた陽炎をくゆらせていた。あからさまな苛立ちが、支配しているようだった。狙いは後方。鎧武者は、ゆっくりと矢を弓につがえていく。姿を隠しているのか、敵手は見えぬ。されど鎧武者は、静かに呼吸を整えた。
ひょうっ、ふつっ。
力を振り絞るでもなく、矢を放つ。すると次の瞬間には、もう二発目の装填を開始していた。余韻も、戦果の確認もない。ただただ敵手を、穿つことのみに傾注していた。
ひょうっ、ふつっ。
二の矢が飛ぶ。するとまた、矢をつがえる。よく見ると、一の矢とはわずかに狙いが異なる。だが鎧武者は戦果を見ない。三の矢もまた、淡々と放った。
すると荒野の向こうから、手裏剣が三枚飛んで来た。軌道も三通り。正面、左手、大きく右を迂回するもの。一見さばくのは楽に見えるが、優先順位の間違いが死に直結する。そういう攻撃だった。
「っ!」
ゆえに鎧武者は、まずは回避を選択した。体躯を右斜め前にさばき、正面をかわす。続いて太刀で左からの手裏剣を打ち落とす。では、円弧軌道にて鎧武者の背後を狙った手裏剣は? これもまた、鎧武者の動きで台無しとなった。鎧武者の視界に入り、無事に撃ち落とされたのだ。
「見事!」
荒野の向こうから、声が響いた。しかし声は、次なる一手を宣言する。
「しからばこちらは、いかがにござるか!」
すると今度は、幾枚もの手裏剣が現れた。それらはなんと、空中に静止しているように見えた。これは不可思議現象か? 否!
「行くでござる!」
たった一声で、手裏剣は無数の軌道を描いて鎧武者へと迫った。正面、上空、左右。そして背後。鎧武者の全周を覆うように、手裏剣の群れが放たれたのだ。しかし鎧武者は、四度弓に矢をつがえていた。
「……」
呼吸を整え、弓を引き絞る。弦は震え、矢は今にも飛んで行かんと推力を蓄えていた。手裏剣の群れなど、気に留めてもいないように見えた。
ひょおおおう、ふつっっっ!!!
鋭い弦の音とともに放たれた矢は、手裏剣の雨をもすり抜け、荒野の彼方へと飛んでいく。
続けて鎧武者は、槍を構えた。四尺の十文字槍を、縦横無尽に振り回した。手裏剣とぶつかる、鈍い音が響いた。響き続けた。足をさばき、身体をさばき、目を光らせ、槍を巧みに回旋させる。
否、巧みなどという陳腐な言葉では形容できないほどの槍さばきだった。柄と穂先を自在に操り、上下左右から迫り来る手裏剣の雨をすべて迎撃し、それでいて自身には一切損傷を負わせなかった。これを神技と言わずして、なにを神技と言えば良いのか。誠に恐るべき腕前であった。
「……見事にござるな。弓矢も、槍も」
低い声が、荒野の向こうからまたも響いた。気付けばそこには、実体があった。忍び装束。中肉中背。口元は布に覆われ、その表情は判別できない。右の肩に破れが見受けられるのは、先刻の弓矢がえぐった痕跡であろうか。
「しからば、体術はいかがか!」
実体が、加速した。直後、実体は五つに増えた。いずれも同じく、中肉中背。右肩に破れ。表情もうかがえず。鎧武者は大太刀を構える。意を決して、正面へと斬り込んでいく。
「っ!」
鎧武者の斬撃と、忍者の体術が交錯する。気が付けば、鎧武者の心の臓辺りに、拳が打ち込まれていた。
「!?」
「我流忍法【心通し】。これにて決まりでござる」
鎧武者の頬に、一筋の冷たいものが流れる。武者を見上げるその顔は、昨日遭遇した忍者その人であった。忍者はくるりとバク転を打つと、さらに言葉を続けた。
「まあまあ、驚き召されるなでござる。拙者がこうしたのも、すべては貴君と語らいたかったがためにてござる」
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