メイド服には武器。たしなみです

 蘭学女中メイド服。長崎から入ったといわれる、近年流行の衣服だという。日ノ本ではあまり見られない、裾が広い形状の外衣スカートがまず主たる特徴だ。

 次に印象的なのが白と黒の対象的な色使い。外衣と上着が黒なのに対し、前掛けエプロンは、返り血が付けば汚れるような白一色となっている。どうひいき目に見ようとも、戦闘に向いた装束ではない。


「はっ! どうした、忍者に鎧武者!」


 しかし彼女は、躍動していた。蘭学荒野に馬の尾ポニーテールの長髪をなびかせ、蘭学銃と蘭学脇差ナイフを振り回していた。弾を撃つ。跳ぶ。回る。隙を見て踏み込み、刺す。すべての動きが滑らかだった。


「チイイッ! 拙者をナメてもらっては困るでござるよ!」


 だが、だからといって蘭学女中が優位に立っているというわけではなかった。むしろ彼女と相対する忍者も、恐るべき腕前であった。撃たれれば巧みな身のこなしでこれをかわし、跳び回る女中に向けて手裏剣を放つ。隙を見つけて踏み込まれれば、クナイをもって見事に対抗せしめていた。


「……っ」


 むしろこの状況に一番翻弄されているのは、鎧武者だったのやもしれぬ。飛び交う銃弾と手裏剣をかわし、両者の攻勢を大太刀でさばく。半ば巻き込まれたような本状況下にあって、むしろ大いに健闘しているともいえた。

 しかし挟まれているばかりに、どちらへも打って出られずにいた。このままではいずれ、最初に脱落するだろう。


「んもぅ! いい加減にどっちかくたばりなさいよ!」


 蘭学女中から、苛立ちの声が漏れる。さもありなん。一人で二人を相手するにあたり、体力面でひときわ不利に立つのが彼女なのだ。いかに身軽とはいえ、跳び回るような戦い方をしていては体力の消費も早い。息を切らしてこそはいないが、顔に一筋の汗をにじませていた。


「やってやるわよ! やってやればいいんでしょう!?」


 なにかに訴えるように、彼女は二度三度と飛び下がった。着地と同時に長い外衣の根元を持ち上げる。同時に武器が地面とぶつかり、ゴトンと重い音を立てた。蘭学携帯砲ロケットランチャーである!


「なっ!?」


 目をひん剥いたのは忍者だった。その反応も当然である。仮にかなりの軽量加工を施されていたとしても、蘭学携帯砲はそれなりの重火器である。だというのに、彼女はそれを保持したまま跳び回っていたというのか?

 ともかく忍者は急ぎ、バク転を取った。ここで蘭学女中にぶっ放されれば、己の生命は風前の灯だ。


「付き合ってられないでござる! 拙者はこれにて!」


 バク転で安全圏に避難するや否や、忍者は先手を打って煙玉を放った。たちまち巻き上がる白煙。鎧武者、そして蘭学女中から視界が奪われる。


「ごめん!」


 彼方から聞こえるかのごとく、忍者の声が荒野に響く。蘭学女中は腕で目を覆い、鎧武者から視線を切っていた。それが彼女の、不幸だった。


「ええっ!? なんでっ!」


 視界の晴れた彼女が、再び蘭学携帯砲を構えようとする。その瞬間には、鎧武者はすでに彼女の首筋に大太刀を突きつけていた。


「え、ちょ、殺すの?」


 携帯砲を落とし、両腕を上げる蘭学女中。武器がないことを、示すしぐさだった。しかし鎧武者は意に介さず、足で彼女の足を引っ掛け倒した。


「きゃっ!?」


 すると出るわ出るわ。スカートの中から次々に武器が溢れ出る。刀に脇差、銃器に大型の蘭学銃。こんなに隠していて良くも跳び回れたものだと思えるほどに、ガシャガシャと武器のたぐいが音を立てた。


「……参ったわね。こうなると蘭学女中戦闘術も、特製の装束も型無しだわ」

「……」


 苦笑いを浮かべて立ち上がる蘭学女中に、鎧武者が再び刀を突きつける。彼女は静かに、目をつむった。後は介錯あるのみ。勝負あったかに、見えたその時。鎧武者は、己が腕を動かせぬことに気がついた。


「あはっ! 蘭学女中戦闘術を見くびらないことね!」


 鎧武者を拘束していたのは、なんと馬の尾に括られていた長髪だった。彼女は髪を巧みに操り、伸ばし、右のかいなを絡め取っていたのだ!

 鎧武者が外しに掛かるワンテンポを利して、彼女は髪を縮めながら距離を取る。そして一息に詰められない箇所に立つや否や、見事な蘭学礼法の一礼を披露した。すなわち両手をへその辺りに置いた、四十五度の一礼である。


「それでは、此度はこれにて失礼いたします」

「っ」


 それまでの態度とはあからさまに異なる一礼に、鎧武者はまたも出遅れた。その一拍が、両者の間を絶望的に隔ててしまう。鎧武者が数歩踏み込んだ頃には、蘭学女中の姿は跡形もなく消えていた。


「……」


 残された武器やらなにやらの山にまみれて、鎧武者のまなこが光ったかに見えた。

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