この作品、ある種の挑戦である

 首領が己の武器庫に立て籠もる一方で、武装集団の兵士たちは鎧武者との交戦を開始していた。次々と蘭学武装兵士が城塞から飛び出し、下馬した鎧武者を取り囲んだ。


「ヒャッハー! 首領様に逆らう輩はおっ死ねえ!」

「今なら身包みで許してやるぞ!」

「いんや! 殺して外に野ざらしだ!」


 口々に脅し文句をのたまう兵士どもに続いて、散切り頭の頭目どもも顔を出した。多くで取り囲んでいることに安心してか、彼らの装備は雑兵に比して緩いものとなっている。慢心の、現れだった。


「……」

「兵士どもはこう言っているが、今なら見逃してやるぞ。己の無謀を認め、去るがいい」


 およそ一対百ほどはある戦力差に対して、なおも無言の鎧武者。それを怖気おじけついたと見たのか、頭目の一人が優しく妥協案を打ち出した。しかし。


 ブオンッ!


 それは、突然現れたかのように見えた。鎧武者が四尺の十文字槍を掲げ、一回転振り回したのだ。大鎧に身を包んでいるとは思えぬほどの軽快さで、鎧武者は鮮やかな翻りを見せつけた。


「うあっ!」

「ぎゃあっ!」

「ひいぃ!」


 この軽妙な回旋に、雑兵たちは恐れをなした。ある者は強かに叩かれ、ある者は腹を裂かれてのたうち回った。たたらを踏んだことによる押し合いも各所で発生し、小さくない動揺を隊列にもたらした。


「ハッ!」


 これを好機と見たのか、鎧武者は一気に動き出した。腰にいていた大太刀を引き抜き、一気呵成に前方、城塞に向けて斬り込んだのだ。雑兵たちが銃を構えるより前、風のように駆け抜けていく。


 ギンギンギンギンギン!


 銃を断ち、蘭学装備を斬り捨て、命を奪い、鎧武者は血路を開く。その目前には、散切り頭の頭目ども。彼らは指揮よりも、己の生命を優先していた。首領に助けを求めるべく、砦を駆け上らんとし……


「テメエら、俺のために死んでこいっ! この腑抜けどもがっ!」

「ぎゃあああっ!?」


 あえなく追い返された。いよいよ追い詰められた彼らは蘭学刀を抜き、死物狂いで鎧武者へと襲い掛かった。蘭学刀には、微細動による斬撃補助機構が備わっている。いかな鎧武者といえども、喰らえばひとたまりもない。しかし。


「え」

「お」

「あああ!?」


 鎧武者はあっさりと踏み込み、蘭学刀を斬り伏せた。鉄と鉄の激突、ましてや相手は補助機構の備わった蘭学刀である。にもかかわらず、それらをなますのごとく斬り捨てたのだ。そして直後。


「ぬぅん!」

「ぎえええ!」


 ほんの一投足で、全員を斬って捨てた。蘭学装備をした、複数が襲い掛かったにもかかわらず、そのすべてをだ。なんたる腕前。なんたる斬れ味。人ならざる者なのではとすら、錯覚しかねぬ。だがこの城塞には今一人、戦意を失わざる者がいた。


「どいつもこいつもだらしねえ……。俺様が引き締め直してやる……!」


 上階から、ノシノシと鉄塊じみた男が現れる。否、事実その姿は鉄の塊だった。丸っこい兜フルフェイスヘルメットが顔面を隠し、蘭学装甲服がやや緩みのある全身を覆っていた。足音は重苦しく、先に頭目どもが追い返されたのも得心が行く威容だった。


「まずは貴様を殺してその皮切りだ!」


 身体の大きさに比して、異様に早い踏み込みが鎧武者を襲った。首領の腰から抜かれたのは、彼が秘蔵していた蘭学光線サーベル。配下にすら秘匿していた、決戦兵器だった。


「キエエエイ!」

「ぬぅ」


 すんでのところでサーベルを受け止めた鎧武者は、勢いに押され、屍体につまづいた。見事に転げ、そこへまた高速の突きが襲い来る。だが凌ぐ。大太刀と身体を巧みに使い、攻勢をさばく。大鎧を付けているとは思えぬほどの身のこなしは、鎧武者を無事に城塞外へと導いた。


「死ねや!」

「ハッ!」


 ほとんど強引なまでに繰り返される突き。しかし此度、鎧武者はあえて前へと出、大太刀ですりあげた。想定外の光景に、首領はヘルメットの中で愕然とした。まさか。秘匿兵器が、まさか。否。己が鎧武者と対峙してから。

 そもそも光線サーベルは、「鉄をもたやすく貫き、断ち切る」という触れ込みで流れ商人から買い受けたものだ。にもかかわらず、あの大太刀は受け切っていた。光線サーベルを、ただの刀のごとく受け流していた。


「バカな」


 必殺を期したであろう大太刀をかわしつつ、首領はさらに思い至る。己の表情を隠すこのヘルメットには、最新鋭とはいかぬまでも、高性能の蘭学計算機コンピューターが仕込まれているはずだった。事実今も、彼の視界では様々な情報が交錯していた。彼に最適な動きを、提供していた。


「バカな!」


 彼は吠えつつ、計算機の指示通りに動いた。やや不安が残る機敏さには、蘭学装甲服が支援の手を差し伸べていた。ガシャガシャと音を立て、絡繰からくりめいて彼の動きを補助してくれた。最初に得ていた刺突の速さも、これによるものだった。

 だが、鎧武者はなめらかに付いて来ていた。かわしても、かわしても、幽鬼のごとくするすると追随して来た。


「バカなーっ!?」


 そしてついに、首領自身の恐慌が計算機の指示を凌駕した。回避の指示を見ながらにして、首領の脳は突進を選択していた。蘭学光線サーベルを振りかぶり、恐怖の対象を両断せんと突っ込んでいく。


「死ね、幽鬼め、死ね!」


 ヘルメットの下で口角から泡を吹き、首領は吠えた。装甲服の機構に助けられながら、全力の突進を見せつけた。だが鎧武者は、それすら難なく対応した。


「し……ね……」


 わずかにかわしての両断。ヘルメットの頂点からの、唐竹割り。硬質のはずのヘルメットが両断され、頭蓋を叩き割り、脳から顔、胸までも斬り裂いて死をもたらした。


「ぇ……」


 どしゃあと音を立て、首領は前のめりにたおれた。生き残りの雑兵どもは、その音で現実を取り戻した。


「首領様が死んじまった!」

「逃げろ! 武者に殺される!」

「逃げるならいっそ、金品を持ち出そうぜ!」

「蘭学装備は俺のモンだ!」


 無責任な叫びが響き渡る。城塞から駆け出していく者、城塞へと飛び込んでいく者。やがて同士討ちが起き、砦に火が掛けられ、彼らの栄華は、もろくも崩れ去った。


「……」


 生き残りたちの騒擾そうじょうが治まった頃。鎧武者と馬の姿は、すでに城塞跡からかき消えていた。

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