ジャンルの判断って、難しいよね
「た、助けてくれーっ!」
蘭学荒野に、時ならぬ叫びが響き渡る。いや、ある意味では日常的な悲鳴であろうか。しかし、此度ばかりは様相が違った。逃げるのが一人ならば、追うのも一騎。しかも逃げる方は、筋肉質の体に直接蘭学武具を装備していた。すなわち強者――蘭学武装集団――の一般兵装だ。だが今、彼はべそをかき、息せき切って、たった一騎の戦士から必死に逃げ延びていた。
「ど、どうして、どうして……」
混乱した頭で、兵士は考える。彼の頭は、決して優れていない。田畑を失って蘭学武装集団に入り、上役の言うままに弱者を虐げてきた。今回もそうだった。蘭学武装ジープに乗って弱者を追い回し、食料を奪うだけの簡単な作戦。そう思っていた。
それが崩れたのは。彼は思い、後ろを見た。おお、幾度見てもその姿は変わらない。幽鬼じみた陽炎に、時代がかった大鎧。兜と面頬に阻まれ、表情さえも読み取れぬ。彼にはそれが、恐怖だった。
「はあ、はあ、はあ……」
彼は気づかずして、涙をこぼしていた。もう限界だった。肺は爆ぜそうだし、足はとっくにもつれていた。しかし彼の頭は優れていない。その姿が、先刻まで自分たちが追い回していた相手の姿だとは、全くと言っていいほど思い至らなかった。
「ううっ!」
もつれた足が、彼を地面へと転ばせた。ここぞとばかりに、馬が追い付いてくる。目と鼻の先に、恐怖の象徴が君臨してしまった。
「い、命だけは……」
鼻水を垂らし、息も絶え絶え、股間からは小水をこぼしながら、彼は最終手段、命乞いに打って出た。だが、武者は意に介していない。無言のまま、彼が向かう予定だった方角を指差した。
「え」
「拠点は、あちらの方角か」
武者は言葉少なに口を開いた。しかし嘘は許さぬという態度が、その口ぶりからにじみ出ていた。だから彼は、必死にうなずいた。そうすることで命が助かるのなら、魂だって差し出せる。そんな心境だった。
「そうか」
「はい」
武者がじっと己を見る。だから必死に見返した。己は嘘をついていない。だから見逃してほしい。必死に思念を、伝え続けた。が。
「え」
彼の視界が、突然高くなった。自分の力で、視野が動かせなくなった。ぐるぐると回る中、ようやく下の世界がが目に入る。自分の身体から、首が消えていた。武者の手には、四尺の十文字槍。
「あ」
彼は現実を悟る。自分は、自分は――。それが最期の、彼の思考だった。
***
穏やかならざる知らせが城塞の頂上、本丸に飛び込んできたのは、昼飯をたらふく食ったあとのことだった。
「なぁにぃ? 十番隊が戻って来ないだとぉ?」
「へ、へぇ。昼の点呼に現れず、半刻待っても戻ってきやしねえんでさぁ!」
「なんと」
他九隊の頭目がどよめき、首領は怒る。彼らは、最近になって勢力を伸ばし始めた武装集団だ。迂闊に破れるようなことがあっては、他の連中にナメられてしまう。そうなれば、待ち受けるのは滅びへの一直線だ。故に、首領は情報を望む。
「よその連中か? それとも愚民どもの反抗か? 調べをつけにゃあなるめえ」
「首領、その役目は私に」
「いや俺に」
暗に偵察を出すと告げた首領に、頭目たちが口々に告げる。当然だ。彼らは砦を建築できる程度には安定を得ている。外部の敵が少ない以上、必然として敵は同輩となっていく。誰もが手柄を欲し、次なる首領への足掛かりを作りたがっていた。
しかし、彼らが偵察を出す必要は皆無だった。
バスン!
力強く本丸の壁に突き刺さった矢。全員が身を固める中、頭目の一人がそれを引き抜き、確認する。彼は一応の嗜みとして、侍の文化にも通じていた。
「鏑矢……。敵襲か!」
彼は気付く。それがかつての戦国の世、戦の発端を告げるものとして鳴らされた物であると。故に、真っ先に本丸から外へと身を乗り出し――
「ぐあっ!」
いの一番に眉間を射抜かれ、絶命した。仰向けにすっ転び、血を流していた。その事実が、武装集団を現実に引き戻した。
「敵襲ーっ!」
「出会えーっ!」
「その前に敵勢を確認……なにいっ!?」
頭目どもが騒ぎ立てる中、首領は冷静に外へと身を乗り出す。当然、
敵はただ一騎、蘭学荒野に毅然と立っていた。幽鬼じみて周囲には陽炎をまとい、時代がかった大鎧を身に着けていた。乗騎も蘭学改造されたものではなく、生粋の日ノ本馬だった。
「敵は一人……押し潰せ!」
首領は吠えた。吠えたが同時に、本丸のさらに奥、配下たちにも支給していない武器の隠し場へと飛び込んだ。彼は脇の下に、じっとりとした感触を得ていた。面頬と兜に阻まれた
「やられる……奴らは殺られる……。だが俺は……」
必死に兵装を整える首領。彼の脳内には、己の生存のみが駆け巡っていた。
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