強敵の倒し方は難しい

 彼が目覚めた時、すでに仲間二人による暴行は始まっていた。『体』が強化された体躯と体力で早く、強い一撃を打ち込み、『技』が上からアクロバットな大技を叩き込んでいた。

 混ざりたい。彼は心底から思った。せっかくサイキック――蘭学用語らしい――の力を持ち、蘭学によって増幅されたというのに、今に至るまで僧侶に翻弄されてばかりだった。このまま弱敵とみなされて終わるのは、非常に心外だった。だから。


「二人とも……、俺にもやらせてくれ……」


 彼は、『心』は立ち上がった。はっきり言えば、体調は最悪だった。未だに視界は霞むし、引っ叩かれた箇所はズキズキ痛む。サイキックに必要な集中力さえも、心から練り込まなければ維持できない。


「ふーっ……!」


 彼は息を吐いた。そんな状態でも力を振るいたくなるのは、目の前でうずくまる男への怒りだった。怒りが痛みを和らげ、集中力を高めていく。まずは鉄槌を下さねばならない。『心』はイメージを形作る。僧侶を、ずたずたに切り裂く光景だ。無論殺しはしない。すぐに殺しては、面白くない。


「ぐがあああっ!!!」


 はたして、僧侶は全身を切り裂かれる激痛に見舞われた。否、実際に切り裂かれていた。衣服は裂け、全身から血が流れ出した。あまりの痛みに、思わず地面に倒れ伏す。しかし直後。今度は手も触れずして持ち上げられた。サイキック能力、その真の驚異をの当たりにし、僧侶は震えた。先に空間を打破できたのは、あくまで奇襲ゆえでしかなかったのだ。


「そぉら。俺が支えててやるから、いくらでも叩き伏せてやれ」

「良いねえ。たっぷり打ち込んでやろうか」

「しっかりお見舞いしてやろうぜ」


 『心』『技』『体』が好き勝手にのたまう中、僧侶はちらりと雌狐御前のほうを見た。彼女は幽玄の中にあっても優雅に佇み、扇子で己をあおいでいた。もはや勝負あったかとさえ見ているような、余裕たっぷりの姿だった。


「くっ……」


 僧侶は脳内で思考を回す。事がここまでに至った以上、もはや唯一の希望は鎧武者だった。だが鎧武者が白狼王を倒せるかは分からない。仮に白狼王を倒せたとしても、僧侶の行く末にまで気を回すかさえも分からない。しかしそれでも、かの武者を信じる他に手はなかった。


「へえ、面白い光景になってるじゃない」


 雌狐御前の、声が響いた。三人の男がどういたぶろうか話し合ってる間に、彼女が割り込んだのだ。悠然と近寄り、宙吊り状態の僧侶を見る。くすりと笑って、背を向けた。ふさふさの尻尾が、眼前を撫でていく。


「好きにしなさいな。ただし殺してはダメ。これほどの法力僧、使ってやらないほうが最悪よ。死ぬ寸前までいたぶって、アタシに捧げなさい」

「はっ!」


 三人が声を揃えた。最悪だと、僧侶は思った。死ぬことさえも許されず、たぶらかされて使い潰される。そうなる前に、いっそ舌でも噛んでやろうか。


「ほう、俺を相手に舌が噛めるとでも?」


 思考を読み取ったかのように、『心』が口を開いた。僧侶は、愕然とした。そうか、サイキックには。


「その通り。俺が本気になれば、思考を読み取ることも造作ではない。感謝するぞ。お前への怒りが、俺の力をさらに引き上げている」


 敵手の声が響く。本当に感謝していることが伝わってくるのが腹立たしい。いっそ一思いに殺されたい。連中の怒りを誘って、どうにかならぬか。いや、無理か。

 とりとめのない思考がぐるぐるとのたうつ中、ついに暴行が始まった。背中へ。腹へ。頬へ。時に拘束を外され、落とされて全身に衝撃。幾度となく、鉄槌が降り注いだ。蘭学強化された面々からの、容赦ない攻撃。僧侶に耐え切れず、何度も声を上げてしまった。

 僧侶が声を上げるたび、雌狐御前がクスクスとわらった。嘲笑した。それでも僧侶は、落ち切らなかった。気を失えば最後だと、最後の一線で必死に堪えた。


「強情ねえ」


 永遠かとも思えた拷問が一時止み、雌狐御前が僧侶の顎を扇子で持ち上げた。彼の目に光が残っているのを見て、端正な顔を大きく歪める。


「命乞いの一つでも、したら良いのに」

「お断りですな」


 唾の一つでも吐いてやろうかと思ったが、もはや口の中には血の味しかしなかった。口惜しさを胸に秘めながら、僧侶は御前と相対する。


「じゃあ、次に逢えるのはアタシに堕ちてからね」

「でしょうな」


 努めて口角を上げ、精一杯余裕の表情を作る。そうでもしなければ、腹の虫が収まらなかった。御前が退き、改めて三人が前に出る。いよいよかと思った、その時だった。


 ひょうっ、ふつっ。


 どこからか、矢の音がした。次の瞬間、『技』が眉間を打ち抜かれ、倒れた。

 『心』と『体』が辺りを見回す。同じ音がまた響いて、『体』が同じように、倒れた。


「くっ」


 『心』がやや乱暴に僧侶を地面へと落とし、全力の遠視を試みる。だが、またしても同じ音が響いた。『心』も眉間を打ち抜かれ、大の字に沈んだ。


「え……」


 突如の光景に、雌狐御前が立ち上がる。しかしそれすらも、射手にとっては格好の的だったに相違ない。四度『ひょうっ、ふつっ』が響き、これまた同じように眉間を打ち抜かれた。


「そん、な……。【でいもん様】……」


 か細い声を上げ、雌狐御前が沈んでいく。もはや立ち上がることさえも難しい僧侶は、せめてもの手向けに視線を贈った。


「かはっ!」


 だがいかに彼らが斃れたとて、彼らのもたらしたダメージは消えない。気を緩めた僧侶に、反動が一息に襲い掛かった。彼は血を吐き、床に倒れる。同時に幽玄の森が、一瞬にして消失した。開いたままの壁を見て、僧侶は力なく口を開く。


「やはり……貴殿でしたか……」


 ぼやけた視界に入ったのは、大鎧に幽鬼じみた陽炎をまとう、なんどきとて変わらぬ鎧武者の姿だった。

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