第二十六話 定例品評会

 王都にて開かれるエルスフェリア王国定例・装飾品品評会。

 本日は、各地から予選を通過した猛者たちの作品が集められる本選が行われる。間違いなく王国の細工師たちにとって国内最高峰の大会となるはずだ。


 ハルトリアを離れた俺たちは数日の旅程を経て、当日その会場、王都ジールベルヌ細工師ギルド本部へと乗りこんでいた。カルミュ様の権力で、本選に無理やり捩じこんでいただき出場することができたのだ……できたのだが。


「……周囲の視線が痛いんですが」


 受付を済ませ会場の内部に入った俺は、こちらに向けられた珍妙なものを見るような視線にうんざりしながら、隣に立つカルミュ様に愚痴る。


「案外様にはなっているわよ? クリムゾン」

「これが……? 俺はあんまりこういう派手なのは……好きじゃないですね」


 クリムゾン・ストロベリル――というのが本日の俺が登録した出場者名。もちろん偽名である。


 俺のような無名の細工師の名前を知っている者はほとんどいないとは思ったが、念のため偽名で登録してもらったのが失敗だった。


 というのも……カルミュ様の命名のセンスが最悪だったのだ。参加できたからなにも言うまいが、訳すれば深紅の苺となる。苺って……。


 そして格好までもが、豪奢な赤いドレスに身を包むカルミュ様に劣らぬ派手さで……。


 深紅を基調とする金の刺繍で彩られたコートやパンツ、ブーツ、そして顔には一応正体がバレないよう顔の上半分を隠す、これまた真っ赤な仮面が装着されている。


 ちなみにところどころあしらわれたドットの柄は、苺のつぶつぶを表しているらしい。鏡に映る自分の姿を、俺は二度と見たくないと思った。


「我慢しなさい、せいぜい我がジェレッド家お抱えの細工師として、目立って貰わないといけないんだから。ここまで面倒な手回しをしたんだから、その分働いてもらわないとねぇ?」

(走り回ったのはあなたの部下でしょうに……)


 そんなこと聞いてないとげんなりしつつ、だが周囲の視線をものともしないカルミュ様の存在は心強くもあった。後ろには護衛や侍女も控えており、今のところは成り行きに任せておいていいだろう。


 彼女は俺の腕をぐいと引き寄せ、野次馬たちに手を振った。

 

「さ、もっと寄って。どうせなら周囲に存在をアピールしておかないと、目立ち損でしょう? じゃあクリムゾン、行くわよ?」

(まあ、俺だとバレなければいいか……)


 余計なことを言って彼女の機嫌を損ねてもなんだし、俺も遅れて足を踏み出す。しかし、腕を組んでいるのでふらふらと歩いてきた人物を避け切れなかった。


「……あうっ!」


 ぶつかった女性が地面にべちゃっとへたり込み、掛けていた眼鏡が地面に転がる。慌てて俺は組まれた腕を離すと、それを拾って手を差し伸べた。


「大丈夫か?」

「あ~……すみません。め、眼鏡は……。あっ、ありがとうございます! これが無いと、視界がぼやけちゃって」


 彼女は俺の手から眼鏡を受け取り、すぐに掛けてニコッと笑う。寝癖が目立つ柔らかそうなブロンドの下、目には薄っすら隈が浮いており、大分疲れていそうだ。その様子が数日前の自分の姿と重なり、思わず共感の気持ちが込み上げる。


 他にも受け取る時の手や細工道具を見たところ、同業者なのは間違いないだろう。


「あなたももしかして出品されているのかな?」


 つい変な言い方になってしまっているが、これも別人を装うためだ。

 今の俺は公爵家お抱えの細工師クリムゾン・ストロベリルであるのだから、面倒だが紳士っぽく振る舞わねばならない、らしい。


「ええ。わたしこのジールベルヌ細工師ギルドに所属する、リンジー・フェルトニーと言います。もしかしてあなたも出品者ですか?」

「ああ。クリムゾン・ストロベリルという。どうぞよろしく」


 しかし、自分でも名前を言ったそばから笑いそうになった。そんなヘボ役者のような佇まいに隣のカルミュ様すら顔をそむけてしまう。


「ク、クリムゾンさんですか。ス、ストロベリル……? か、格好いい仮面ですね! 派手で似合っています!」

「ありがとう……。わ、我が一族のしきたりでな」


 リンジーの気遣いが逆に心に刺さり、やや落ち込み黙り込んでいると……話を逸らそうとしたのか、彼女は意識を隣のカルミュ様に移す。


「ええと……。お、畏れ多くもお尋ねしますが、も、もしかしてそちらの御方は……ジェレッド公カルミュ様なのでは!?」

「ええ、その通りよ、よろしく。でも此度はわたくしではなくこちらがメイン。我が家お抱えのクリムゾン・ストロベリルの実力を天下に知らしめてやろうと思ってきたの」

「そそ、そうなのでしたか! 私、立場もわきまえずご無礼を」


 慌てて跪いたリンジーにカルミュは鷹揚に言葉をかける。


「構わないわ、本日は観客として来ているだけだし、そうかしこまる必要もない。立ってちょうだい」

「はぁ~、ありがとうございます……」


 リンジーはカルミュ様のよそ行きの笑顔にぼうっとしつつ、肩を竦め立ち上がると、俺の顔をじっと見つめてこそこそと囁きかけた。


「すごいですね、公爵家のお抱えだなんて。……でも、なんとなく納得です。あなた、すごい物を作りそうな気配がしますから……! わりと当たるんですよ、私の勘。とと、こんなことをしてる場合じゃなかった! 私、ここの職員なんです。おふたりとも、準備が有るのでこれで失礼します!」


 彼女はぺこぺこ頭を下げ、小走りにどこかへ駆けていく。

 そして、隣ではカルミュ様が口元に手を当て肩を震わせた。


「なかなか面白い寸劇だったじゃない。戻ったら喜劇役者の仕事でも紹介してあげましょうか?」

「やりませんよ……」


 しかし、表情は笑みの形を保ちつつも、リンジーの背中を追うその視線は鋭い。


「……でも、油断は禁物ね。さっきの彼女、リンジー・フェルトニー第三リング部細工士長は、このギルドで一二を争う腕前だと聞いたから」


 カルミュ様の話すところによると、王都ジールベルヌの細工士ギルドは巨大で、それぞれピアス、ネックレス、リングの三部門に別れているらしく、彼女はその内リングを製造する部門の責任者だそうな。


「強敵あらわるってわけですか……」

「そういうこと。今回の品評会では他にもこのギルドの腕利きや、国内でも有名な製作者が出品しているわ。といっても、今さらどうのこうのできるわけでもないけれどね。わたくしたちも会場内に向かいましょう」

「わかりました」


 遠方から作品だけを送る場合もあり、直接来場する出品者はそこまで多くないようだが、周りの人々が凄腕の細工師だと思うと、俺も少し興味が湧いてくる。


 周りを窺いながらカルミュ様に腕を引かれていると、やがて品評会本選の会場の扉が見えてきた――。



 品評会の開始直前。

 ここはギルド内の……ミルキアの数倍もの規模がある建物内に作られた特設スペース。


 広間の最奥には舞台があり、そでの控え室で今俺たちは、自身の製作した作品と共に出番を待っている。


 品評会の形式は、舞台上でひとつずつ作品が発表され、それらに対して審査員が値付けを行い、平均評価額で上下を競う形式となる。


 よって、いわずもがな順番が後ろのものほど、期待値の高い作品となるのだが……。


「クリムゾン、番号は?」

「八番ですね」


 並んで立つカルミュ様に、俺は進行係のギルド員から言い渡された番号を伝えた。本選の作品数は十点なので、後ろから三番目。


「フン……最後尾には捩じ込めなかったのね。まあ、充分優勝は狙える位置でしょう。後はあなたの作品次第よ」

「ええ、自信はあります」

「そう。それじゃ私は貴賓席に移動するから――」


 予選をスキップさせた上、そこまで無理を効かせようとしていたとは……。

 さらっと怖いことを言うカルミュ様にも俺はしっかりと頷くと、彼女は満足そうな笑みを浮かべ踵を返そうとした。


「――ご無沙汰しているがネ、ジェレッド公爵!」


 その足を止めさせ、歩み寄るのはひとりの人物。

 俺たちの赤ずくめに勝るとも劣らぬ、全身趣味の悪い金色に飾り立てた見るからに裕福な男性。彼はひどくだぶついた体を揺すって笑っている。


「ホーッホッホッ、相変わらず下品な色を好むようでなによりだがネ」

「あら。品性から存在、名前に至るまですべからく下劣な者には言われたくないわね、エロエロ公。消えて」

「いきなりなんだネ! それに違うネ! 我が名はウジーエロ・リズィエローなのだがネ! 縮めて呼ぶでない、無礼者が!」

「相変わらず豚のようにうるさい……。精神が汚染されるからあまり関わりたくないのだけど、用件だけ聞いてあげるからさっさと話して。なに?」


 冷たく吐き捨て手を振ったカルミュ様に、同じ公爵位を持つ男はパンパンに膨らました顔で憤慨した。


「赤女狐が、ならば聞け! そこのクリムゾンとやらは、ジェレッド領直属の細工師だと言うではないかネ! 貴様のことだ、優勝を狙っておるのだろうが……逆に大差を付け、恥辱の海へと沈めてやるわ! 当家で召し抱えたこの、敏腕細工師ゴールドマン先生がな!」


 ――その時、後ろでなにかがのそりと動く。


 エロエロ公――もといリズィエロ―公爵の背後で微動だにせず光り輝いていたのはどうやら背景の一部ではなくひとりの人間だったようだ。後光でも差しているのか勘違いしていた。


 黄金の甲冑にくまなく身を包む、全身金色の人物は無言でリズィエロー公爵の隣に立ち、頭を下げた。俺のこの姿でも大概だと思っていたのに、さらに度を越す者が現われるとは。さながらこの周囲だけ、仮装パーティーかのような雰囲気が醸し出されてしまった。


 無言で俺と見つめ合うゴールドマンとやらに、太った公爵は発言を促す。


「せ、先生……ここはビシッとなにか奴らに言ってやって欲しいがネ!!」


 すると、彼は黄金仮面の奥の目をビキッと光らせ、そして――。


「……気が、合いソウダ」


 俺の前に手を差し出した。


「あ、ああ。よ、よろしく……」


 俺は迷いつつ、敵意も感じられなかったため、一応握手を交わしておく。

 それを見たリズィエロ―公爵の顔はさらに赤みを増し、大きく地団太を踏む。


「違っがーうネ! 友好を深めるのではなく、戦意を失うようなキッツイ一言をかましてやって欲しいのだガネ……! くっそ~、まあよいわ。この当家専属細工師ゴールドマン先生の腕前を見て、童のようにむせび泣くがよいわ、クリムゾンとやらめ! ホーッホッホッ! では、先生、お願いしましたぞ!」


 リズィエロー公爵は高慢な笑い声を響かせ、どこかへと移動していく。

 カルミュ様はそれを見て渋面で吐き捨てた。


「まったく、あのエロエロ公……。実はあの男、わたくしがまだ爵位を継いでいない時期に求婚して来たのよ。断わって以降も事あるごとに突っかかってくるし、何度痛い目に遭おうと懲りないのよね。油樽みたいな体付きをして……もう少し身の程を知ってもらいたいものだわ」


 カルミュ様は本気で嫌っているらしく、顔も見たくないと言った感じだ。

 なるべくならそんないざこざ、俺のいないところでやっておいて欲しいものだが、彼女はそれにひとつだけ言い添える。


「しかし、あの公爵も金目のものにかけての目利きだけは相当よ。奴が連れてきたとなれば、そこのゴールドマンなる細工師、よほどの腕前でしょうね。なかなか今回の品評会、盛り上がりそうじゃないの……」

「確かに……」


 カルミュ様は未だ傍に佇むゴールドマンを挑戦的な視線を向ける。

 彼の金甲冑や仮面はおそらく自作ではないか……そう思ったのは、付けられた装飾品が、相当精緻なものであったからだ。おそらく、金の扱いに特化した細工師と見た。


 金は加工性に富み緻密な細工が可能な反面、その分柔らかく耐久性に不安がある。その点をどうカバーして、いったいどんな作品を作り出すのか、俺も結構楽しみになってきた。


「ふふ、クリムゾン。では私も行くわ」

「ええ、吉報を待っていてください」


 今度こそ控え室から出ていったカルミュ様を見送り、俺はゴールドマンとふたりでその場に佇む。気まずい沈黙に包まれるが、意外なことに先に口を開いたのは彼の方だった。


「クリムゾンと言ったナ。オ主の作品を是非、間近で見せてもらいたいのだが、ドウダ?」

「ん? 別に構わないが」


 予想外の提案だったが、壇上に上がってしまえば、ここからでは作品は良く見えづらい。ここには出品者以外、関係者しかいないし構わないだろう。俺は台座に乗せられ、暗幕で隠された作品から、覆いを取り払う。


「オオ……」

「ほぉッ! 素晴らしい」「なんだ……この輝きは!」


 輝きが辺りを照らし、それを見てゴールドマンのみならず、周囲の人間もどよめいた。


「な、なんて瑞々しい光を放つの……わきゃっ! す、すいません」


 どこにいたのか、かぶり付くように寄ってきたリンジーが目の前でこけたが、差し出したこちらの手が目にも入らない様子で立ち上がると、姿を見せた《解放の光》を凝視する。


 そうして目の色を変え数十秒。ガラスケースに額をくっつけるようにしていたリンジーとゴールドマンは顔を離し、やっと息を吐いた。


「こ、これは……もしかして《竜涙》!? 素晴らしい輝きです! そして、それを彩るように包んだこのプラチナの精妙な細工。間違いなく超一級の作品――!」

「ソレだけではナイ。コノ、見ただけで人の心を奪う斬新なデザインセンス。ソウか、このチェーン部分が天使を縛る戒めの鎖を表し……ハァハァ、モット間近で見タイ!」

「そ、そこまでだ……!」


 また興奮してきたふたりがガラスケースをミシミシ言わせたので……気圧された俺は彼女たちを押しのけ、元通りにカバーを被せる。


「そのくらいにしておくのだな……。お前たちも自身の作品を発表せねばならないのだろう?」

「その点は、ご心配なさらず。クリムゾンさんの作品も素晴らしいものですが、私も自分の作品には自信が有ります!」

「ワタシも、金細工に関しては国内最高の腕前と自負してイル。カナラズそなたらを驚かせることができるダロウ」

「ほう……」


 あれほど人の作品をベタ褒めした上でそれを言えるということは、彼らも俺と同じく自分の作品に絶対の自信を持っているのだ。


「俺……いや私の番号は八番目だが、お前たちは?」

「わたしは九番ですね」

「十番……最後ダナ」

「なるほど……お互い、気の抜けない勝負になりそうだな」

「我ラの作品もぜひ見てもらいタイ」

「ええ、きっと気に入ってもらえると思いますよ?」


 この三人がトリを飾ると聞いて納得した俺も、ふたりの作品をぜひ見せてもらおうと、盛り上がってきたところだった。


 ――ズドォンッ! ズズ、ゴゴゴゴッ……。


「な、なんだッ?」

「地、地震!?」


 いきなり凄まじい轟音が外から響く――。

 酷い揺れに足元が震え、天井が軋み、埃が落ちてくる。

 たちまちパニックになる俺たちだが、それよりもひどい悲鳴が会場から上がり、背筋が凍った。


(なにが起きてやがる……?)


 控え室に駆けこんでくる人々に抗い、舞台に飛び出すと――見えたのは驚くべき光景だ。


 会場の外に面した壁が粉々に砕け散り、大穴が開いている。そこには球形に近い巨大な浮遊物が隣接しており、その中から続々と武器を持った者たちが降りてきていた。


 奴らは妙な瓶を取り出し、それを辺りにばらまいている。そこからは怪しい煙が湧き出し、周りに広がると人々はふらふらと気を失っていった。


「――おっと! 奥にもいたか!」

「――ッ、獣人!?」


 恐るべき気配の消し方で、突如何者かが俺の背後から襲い掛かり、俺は慌てて零刀クウを抜く。その相手は、素早い動きで二刀を振り回してこちらの急所を狙ったが、俺はなんとかその攻撃をしのぎ切る。


「ほぉ! 俺の攻撃を捌いたか、やるねェ兄ちゃん。だが……お前ら、やれ!」

(しまっ……)


 男は油断なく刀を突き付けたまま周りに指示し、いっせいに先程の瓶が投げ込まれる。煙を防ごうと口を覆うが、すぐに強烈な眠気が俺を襲う。


(っくそ……睡眠耐性は、無ぇんだよ……!)


 ぐらつく身体を必死に保とうとクウを地面に刺し体を支えたが、もう動けない。

 俺は先日の遺跡で出た、《仔羊のチョーカー》のような睡眠耐性を持つアイテムを製作していなかった己を呪った。


「ずいぶんと……懐かしい匂いのする奴だ。俺はフレド。ケチな賊の頭だ、今はな」


 ついさっき斬り結んだ、この怪しい一団の首領がゆっくりと歩み寄ってくる。


 しかし立っているのがやっとの俺は、顔を睨み付けるのがせいぜいだ。

 茶色のぼさぼさの長髪を伸ばしたイヌビトの獣人の笑い顔が、眠気のせいでぐにゃぐにゃ歪む。


「ハハ、その面構え、いいね。腕は立つやつは好きだぜ? だが運はねえようだ……しばらく寝てな」

「ぐぁっ……」

 

 ――ゴンッ。


 最後に頭に鈍い音が響くと、衝撃と共に俺の意識はバラバラになって闇へと吸い込まれていった……。

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