第五話 臨時パーティー
「ヒョーゲル鉱山へ入りたい、ですか」
武器屋ドムリエルの後に訪れた、ハルトリア冒険者ギルドの受付嬢――名札にレノン・ヒ―シュとある彼女は、俺たちの言葉を聞くなり冷たい目をして眼鏡を押し上げた。
「ああ……ちょっと手に入れたいものがあって……」
「――止めておいた方がいいかと思われます」
きちりと頭の上で髪をまとめた気真面目そうな雰囲気の受付嬢は、そのイメージにたがわず、俺の話を斬りつけるように鋭く、途中で否定する。
「仕事を受ける際はご自身の実力を
目的まで見透かされていたようだ……。おおかたこう言った一攫千金に挑戦する冒険者は後を絶たないのだろうし、うんざりするのもわかる。しかしチロルとリュカのためだ、一応俺も食い下がってみた。
「俺は元Aランクだが、それでもダメか?」
「元Aランクだと言うなら、なおさら認められません。あなたが多少無茶をして押し通せても、他のメンバーはそういう訳にはいかないかも知れないんですよ? 希望のアイテムは手に入れられたが、最後に立っているのはあなただけだった……なんてことにはなりたくないでしょう?」
厳しいが、彼女の言うことはもっともだ。
仲間を残して俺だけが生き残るなんて事態にさせるつもりはないが、魔物の棲み処では最悪を想定するのが基本……くわえて彼女からすれば俺たちは単なる下位冒険者の集まりに過ぎない。遺跡攻略の実績などを話に出しても、信用してはもらえまい。
「魔物はどの程度のランクのものが出るんだ?」
「確認されているだけでも、第一層でCランク・スケルトンソルジャー、同ランク・ベノムスパイダ。第二層ではそれらに加え、Bランクのゴーストメイジ……そして交戦記録はありませんが、リッチがうろついていたという話もあります。第三層以降は潜って帰ってきた者はいません」
俺の問いかけに、レノンは神妙そうに答える。なかなか厄介そうな面子だ。スケルトンソルジャーはまだいいとして、ベノムスパイダはかなり強い毒を持っている。ゴーストメイジは物理攻撃が通用せず、そしてリッチは……俺も戦ったことはないが、魔力と生命力を吸い取って自分の力に変えるという話だ。神聖系の魔法などによる攻撃手段が無いと、まともに戦えもしないと聞く。
「わかってもらえましたか? ギルドからの正式な依頼でもない以上、私がとやかく言う話でも本来はないのですが……いたずらに死亡者を増やすような事態は見逃したくないのです。もしどうしても侵入したいというのであれば、最低でもCランクに皆さんが到達してからにしてください。それでぎりぎり、第一層の探索ならば認め、地図などを手配しますから」
「Cランクか……しばらくかかりそうだな」
どうやら、鉱山周辺は王国軍の見張りも置かれているらしく、むりやり強硬手段を取って侵入することも難しそうだ。
「わかった。あんたの言う通り地道にやるよ……取りあえず今日のとこは、俺たちでも受けられるような依頼をいくつか頼む」
「お預けかぁ……」「でも、安全第一が長く続ける秘訣だと思うのです!」
肩を落とすリュカに続き、なんとなくそれらしいことを言ったチロルに、レノンさんは表情を少し緩めた。
「それがいいと思います。では……DからCランク下位の依頼を渡しますから、しばしお待ちください」
フォルダから数枚の依頼が取り出され、俺たちは揃ってそれを覗き込む。
【E:ハルトリアの街のでの配送業務補助×10 報酬:5銀貨】
【D:ローベルト湖にて聖水の汲み上げ・運搬作業 報酬:人数×8銀貨】
【C:ファイアバードの討伐×10 報酬:1金5銀貨】
「ミルキアとあんま代わり映えしないな~……」
「こらリュカ、文句言うな」
「無理にとは言いませんが、長く滞在されるのでしたら広い街ですから一度とは言わず何度でもご自分の足で回ってみることをお勧めしますよ。では、お気を付けて」
「ああ、助かる……ありがとう、レノンさん」
Eランクの依頼、配送業務補助は彼女からの気遣いだ……しょんぼり気味のリュカを注意し、有難くそれを受け取っておく。
そしてファイアバードの討伐……。あのフリットのジューシーな味わいが口に蘇り、俺は生唾を飲み込んだ。どうもなんとなく縁があるような気がして来たところ、開いた入り口扉の方へリュカが走っていく。
『あっ、ピピだ! こんちは~!』
『どうも……あなたたちも依頼?』
『そうなのです! ハルトリアの街での初依頼……頑張るのです!』
『先輩として色々話を聞かせてもらえると嬉しいわ。よろしくね?』
『ん……よろしく』
俺が依頼の手続きを済ます中、他のメンバーもそちらに向かい囲まれるピピ。
こういったことに慣れていないのか、質問攻めに合う彼女は若干目が死んでおり、困った様子で俺の姿を探した後、ゆっくりと近づいてきた。
「よっ。こないだ言ってた食材の仕入れってやつか?」
「そう。切れた食材は補充しないといけないから……ファイアバードとかね?」
ほらきた、ファイアバード……。
こないだのことを気にしたか……少し申し訳なさそうな顔をするピピはなかなか可愛らしい。
「この依頼か?」
俺がたった今受けた依頼票を見せてやると、彼女は素直に頷く。
「そうそれ。どうせ狩るならついでに稼ぎたいし」
「ふ~ん……だって、レノンさん」
カウンター越しに受付嬢の顔を見たが、彼女は困った様子だ。
「すみません。依頼票、どうやらそれが最後だったみたいで……」
依頼の発注数は発生規模などを考えて、ギルドが判断している。
よって希望する依頼が受けられないことはままあるが……それを聞いたピピの表情はたちまち沈んでしまった。
「そう……それじゃ仕方ない。狩りには行くけど、依頼の方は諦める……」
本当にファイアバードだけを狩るために来たらしく、肩を落として歩き去ろうとした彼女を慌てて俺は呼び止めた。
「ちょっと待て。これが無いと困るんじゃないのか? ……やるよこれ」
書きかけていたサインを消してピピに押し付けると、それは不思議そうな顔と共に押し戻される。
「……なんで? それが無いとあなたたちが困る。受け取れない」
「別に困らん。いや……むしろ受け取ってくれない方が困るな」
「どういうこと?」
意味が分からないと眉を寄せる彼女に、俺は苦笑して答える。
「こないだのアレ美味かったからさ…………また食いたいんだよ、すぐにでも」
すると、ピピの顔が少しだけほころぶ。
「そう……じゃあ一緒にやる? 手伝ってくれるなら、依頼が終わった後、一食分くらいはご馳走してあげてもいい」
「おぉ、ちょっとどうやって狩ってるのか興味はあるが……でもいいのか? 普段パーティーは組まないんだろ?」
「珍しいですねピピ……あなたがそんなことを申し出るなんて」
目を丸くしたレノンの言葉に、ピピは軽くうなずく。
「なんとなく。あんな小さな子たちも懐いているから、あなたは悪い人ではないと思った」
「ふ~ん……」
チロルやリュカたちも言うほど幼くはないんだが……獣人はどうも混じっている動物のサイズにやや体の大きさが引きずられる傾向があり、そのせいで少し幼く見えるかもしれない。そこを突っ込むと恐らく、また子供扱いしてと俺が悪者にされるので、無難に頷いておく。
それよりも、うまい食事屋の従業員と仲良くできるこの機会、逃す手はない……日々の食事は冒険者の大きな楽しみのひとつなのだ。すぐに仲間たちに承諾を取る。
「お~い、お前らもいいか?」
「わぅ! おいらはいいぞ。美味しいご飯楽しみ!」
「ライラさん……テイルさん、また女の子引っ掛けてますですよ? どうしましょう……」
「仕方ないやつねえ……。私も別にいいけど」
(俺がいつそんなナンパみたいな真似をしたんだよ……)
チロルの奴の心外な言い分は置いておき、全員笑って了承してくれたので、晴れてピピは臨時的にパーティーの一員となる。
「そんじゃ、今日のところはよろしくな」
「きゃほぅ、仲間が増えた!」
「リュカちゃん、先輩さんなのでお行儀よくするです! ……今後ともなにとぞよろしくお願いいたしますのです……」
「ご丁寧にどうも……」
「それはちょっと堅苦しすぎるわよ……。よろしくね、ピピ」
きっちりと向かい合って挨拶するチロルとピピの姿に、微妙な顔を見せるライラ。まあ、人懐こいリュカもいるし、すぐに打ち解けるだろう。
挨拶も済み、いざ出発……というところで俺は大事なことを思い出した。
「ほら、チロル。聞いとかなくていいのか?」
「ふぇ、なにをでしょうか?」
首を捻るチロルに俺はやれやれと肩をすくめた。
「お前、なんのために冒険者になったのか忘れたのか?」
「……ほわっ、そうでした!! お姉さん、もしご存じでしたら教えていただきたいことがあるのですっ! こ、こんな人がここに来たことはありませんか!?」
飛び跳ねながら彼女は受付台に突進し、かぶり付くようにして尋ね人について説明する。気真面目そうなレノンは、それを紙に書き写すとしばし唸っていたが、結局首を振った。
「……ごめんなさいね。少なくともここ二、三年の間でそのような方が訪れた覚えは……私の知る限りですがありません。一応、他の職員にも聞いてみますから、なにかわかったらまたお伝えしましょう」
「……お、お願いしますのです……」
意気込んでいた表情がたちまちしぼみ、チロルは両手をだらんと下げた。
俺はがっかりしたその背中を叩き、レノンに礼を言って受付から離れていく。
「ほら、んなくらいでいちいちしょげてたらキリないぞ。気を取り直して依頼依頼……そんじゃピピ、案内頼むな」
「わかったけど……いいの、あれ?」
「チ~ロ~ル~……元気出せ~。美味しいご飯が待ってるぞ~」
「はぅ~ん……」
なかなか動こうとしないチロルを、リュカが首根っこ掴んで強引に引きずるが、俺はあえて慰めも掛けずギルドを出る。
こんな広い大陸からヒトひとりを見つけ出そうと言うのだから、見つかったらラッキーくらいの気持ちで大きく構えていて欲しい。熱意が本物なら、こんなもので消えたりしないはず。この程度のショックは早く慣れてもらわないと困るのだ。
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