第四話 賢金(セジェル)と霊刀

 新しい住居の片付けや、これからの生活の為の準備も大体済み、そろそろまた冒険者としての活動を再開しようという頃。


 中層街にあるという冒険者ギルドに訪れる前に、俺たちはひとつの店舗に立ち寄っていた。


 《武器屋ドムリエル》――そう看板の掛けられた店舗の扉をくぐると、ここでも受付にはドワーフが座っていた。どことなくミルキアにあったバウハウゼン武器防具店の親父さんと似ていて、軽いデジャヴを感じる。


「いらっしゃい、冷やかしはいらねえぜ」

「どうも。俺たち冒険者でちょっと見てもらいたいものがあって来たんだけど、今いいかな?」

「おう……素材の類か?」


 資格証を見せるとドワーフは納得した様子で頷き、俺は鞄からある物を取り出す。遺跡で巨大な赤サーペンティンから出て来た、元魔道具だったという謎の金属。


 すると、彼は目を輝かせた。


「ほ~う。こいつぁ……金と魔銀の合金だが、かなり古いもんでしっかり魔力を吸って《賢金セジェル》化して来てやがるじゃねぇか……いい音だ。こいつを売ろうってのかい?」


 懐から取り出した小さなハンマーで軽く叩いて音を確認すると、彼はこちらを商売人の目で見上げた。


 《賢金セジェル》――数十年以上の長い期間高濃度の魔力に触れることで、変化してできた合金素材。硬度は金剛鉄アダマント不折鋼ダマスカスに劣るが、魔力との親和性が特に高く、魔法使いの武器などにはもってこいの素材である。


 もちろん、これをここに持ち寄った目的は売ることではない。


「いや……武器に打ち直してもらいたい。こいつの杖と、こいつの短剣に」


 俺がチロルとリュカ、ふたりの背中を押すと、彼女たちは慎重な面持ちでドワーフの前に進み出る。するとドワーフは、値踏みするような視線でふたりをじろじろと見まわした。


「ふ~ん? こんな嬢ちゃんたちが武器を振り回すなんざ、冒険者ってのは因果な商売だぜ」

「む、おいらたちだってまだDランクだけど、これから立派になるんだから! いいの作ってよ、おっちゃん!」

「もっと強くなりたいのです……お願いします!」


 リュカたちは真剣な眼差しで頭を下げ、店主はふごふごと鼻を鳴らしながら、杖をコンコンと叩く。


「造っちゃやらんこともないがなぁ……だが、《賢金セジェル》の加工は高くつくぜ? 金剛鉄アダマントやらには劣るが、硬えこいつは通常の方法では加工できねぇ。なりかけと言ってもかなりの時間がかかるだろう。時間が一月と後は、金貨千枚ってとこか」

「千枚!? そりゃ高えよ、おっさん!」


 法外ではないが、予定していたとのは桁ひとつ違う値段。材料持ち込みだからもう少し安く見てもらえると思ったのだが、これでは預金を全額下ろしてギリギリ足りるかどうか。


「そうは言うがオメー、《賢金セジェル》っていうのはな、中々市場に出回らねえ。これをこのまま売るだけでも十年や二十年は遊んで暮らせる一財産になるような代物なんだぜ? そいつを加工して使いもんになるようにしてやろうってんだから、そんくらいの技術料はいただかねえとな」


 淡々と告げるそのドワーフの様子は足元を見ているという風でもない。

 俺たちは顔を見合わせて大いに悩む。


 個人的には出してやりたいが、額が大きすぎて俺の一存で決めるのは……とくにライラには悪いだろう。いつか魔族の国に帰るため、少しずつ資金を貯めるのだと聞いているから。


 だが、そこでライラは予想外の行動を起こしてくれた。


「ねえ、おじさま。そこをなんとかもう少し……考えてもらえないかしら?」


 カウンターに手をついて前かがみになり、にっこりと可憐な笑みを浮かべる。

 途端にドワーフは視線をあちこちに散らし、どぎまぎし始めた。


「か、かか、考えるってのはどういうこったい。こ、これでも安くしてやってんだぜ? 冒険者からは儲けねえってのが、俺の信条だ……うッ、嘘は言ってねぇ」

「素晴らしい志だと思うわ……そう、私たち冒険者なの。だからなにか頼みたい事とかないかしら? もしおじさまの困り事を私たちが解決してあげたら……あなたも助かって、私たちもお金が節約できて、お互い幸せになれるんじゃない? とってもいいことだと思うのだけど……。ね、どうかしら?」

「そうは言ってもなぁ……」

「私たち、そんなにたくさんお金がないの。お・ね・が・い……」


 ライラが背中側に回り、肩に手を当てて耳元から色っぽく囁いたのに耐え切れず、ドワーフは真っ赤になった顔で台を叩いた。


「たは~っ! も、もういい……わかったわかった、そうまで言われちゃこのドムリエル、協力しなきゃ男がすたるってもんだろうよ!」 

「ありがとうね、おじさま!!」


 武器店の看板に掲げられたのと同じ、ドムリエルと言う名前を名乗ったドワーフは赤らんだ顔をバンバンと叩き、こちらを真剣な顔で見据える。うまくやったライラはちろっと舌を出した後、こちら側に戻って来た。


「そんじゃあ、ちと頼みがあんだ。今使ってねぇ大型の炉の魔道具の触媒には、稀炎晶ってアイテムが必要なんだが……最近めっきり市場に出回る数が減っちまったせいでとんでもない値段にまで高騰してやがる。あんたらにはそれを、ここから東にあるヒョーゲル鉱山ってとこから取ってきて欲しい」

「危険なところ……なんだよな?」


 俺の言葉にドムリエルさんは重々しくうなずく。


「まあな……そこはかつては有名な採掘地だったが、人の立ち入れない奥の方に魔力溜まりができ、湧き出した魔物のせいで廃棄されちまったって話だ。詳しい情報は冒険者ギルドにでも聞いてみるといい。稀炎晶、それも拳くらいの大きさのが三つ欲しい。それさえこなしてくれりゃ、タダにしてやる。……だが、こいつはちと危険な依頼だ。無理だと思ったら大人しく諦めな。言っとくが、これ以上の交渉は無駄だぜ」

「……わかった。助かるよ……ドムリエルさん」

「へへ、そいつは成功してから言いな。だが怪我だけはすんじゃねぇぞ……」


 口々に感謝する俺たちにドムリエルさんは鼻をこすって首を振る。話がまとまり、当面の目標が決まるが……ついでにひとつ聞きたいことがあった。これからの冒険に備えて、俺もちゃんとした武器を用意しておきたいと思ったのだ。


「ドムリエルさん、ここに刀って置いてないか?」

「刀か……また兄ちゃん特殊な物を欲しがるな。剣じゃ駄目なのか?」


 その言葉にドムリエルさんは驚いた顔を見せた。

 確かに、刀は切れ味は剣に勝るが折れやすく、手入れも扱いも難しい。

 実用性を考えるとあまり冒険者が使いたがる品では無く、彼が妙に思うのもうなずける話ではある。


「剣だとちょっとしっくりこないんだよな。教わった奴が刀術使いだったし」


 俺が戦い方の師匠でもあったエニリーゼの姿を思い浮かべると、ドムリエルさんは額に指を当ててなにかの記憶を探り出す。


「……ん。まて……まてよ。まてまてまて。黒髪に黒目の、腰に細工道具を付けた冒険者……お前もしかしてテイルとかいう名前か?」

「なんで知ってんだ?」


 今度は俺が驚く番だ。

 この店に以前訪れたことは無い……冒険者づてに名前を知られたという線も薄いはずだし、どうして……。


「ちょっくら待ってな……」


 疑問を解消する間もなくドワーフは奥に引っ込むと、やがて肩に背負って来た一振りの刀を台の上に置いた。


「こいつは……?」

「エニリーゼって姉ちゃんから頼まれた。お前がここに来ることがあれば、こいつを渡してくれとさ」

「……まじか?」


 俺は目の前に出されたその刀を手にして唸る。


 刃渡り80チル程の打ち刀。

 黒白まだらの鞘に収まったその刀は、かなり古いものだと察せられる。

 鑑定スキルで詳細を見てみるが……。

 

 《★★★★★★★レリック 霊刀・クウ(剣)》

 スロット数:5

 基本効果:攻撃力+100

 追加効果:【◆神霊・クウ】【×】【×】【×】【×】

 特殊効果【◆神霊・クウ】……■■■■■■■■(用途不明)


「うわ……」


 表示にゾッとした。レリック……俺の作れる限界のエピック品、そしてこの間見たレジェンド品より更に上の品質なのにも驚くが、さらに恐ろしいのは追加効果スロットの状態だ。一か所を除いて×で埋め尽くされている……つまり、このたったひとつの効果が全ての容量を占有してしまっているということだ。


 強力な付与エンチャントの追加効果でスロットをふたつ食ってしまっているのは俺も見たことがあるが、レリックなどという稀にしか見ない品質のアイテムのスロットを、すべて使用しなければ入りきらないほどの付与効果など、一体どんな恐ろしいものが詰め込まれているのか……。


「あんまり……受け取りたくねえんだけど」

「金さえもらってなきゃ俺だってこんなもん置いときたくはねえよ……。要らないんなら売るなり、本人に突っ返すなりしてくれや。いちおう中身は研いであるが、なんも無かったぜ」

「本当かよ……」


 ドワーフの愚痴交じりの言葉に俺はそろっと刀を抜く……確かに、刀身はわずかに赤みを帯びた美しい普通の刀で、おかしなところは感じられない。

 

「……きらきらなのです」「切れ味よさそ~」


 チロルやリュカが覗き込むと、刃の上に顔が映り込むくらい研磨されている。

 これなら、充分に武器として扱えるだろう。


「……ならまあ貰っとくか。ありがとな、ドムリエルさん」

「礼はいらんが、扱いには気を付けろ。武器には魂が宿ることもある……」

「ん~……?」


 俺はその呟きを不思議に思いながら、腰にそれを下げた。

 思ったよりもしっくりと馴染む。


 そのまま俺たちは礼を言うと武具店を後にし、冒険者ギルドへと向かう。

 

「しかしライラ、あんな交渉もできるんだな。驚いたよ」


 俺の言葉に彼女は目線を逸らすと、ごにょごにょと愚痴を言いながら口元を尖らせる。


「ふん……私だってやりたくてやったわけじゃないけどさ。でも先々のことを考えると……できるなら戦力の強化もお金の節約もどちらも必要だもの……より良い方法を選びたいじゃない。年長者としてそれくらいは貢献しないと大きな顔できないわ」

「ララ姉頼りになるぅ~」「自慢のお姉さんなのです~」


 羨望の眼差しをして抱きつくチロルたちがうっとうしくなったらしく、ライラは両手で跳ね除けた。


「あ~もう、くっつかない! あなたたちもいつまでも子供っぽくしてないで、ちゃんと成長を見せなさいッ! ……それとテイル、なぁにその目は」

「いや、ライラさんがいい女で良かったな~って」

「……私だけ、安上がりで済んで良かった~、なんて思ってないでしょうね?」

「……ねぇよ」


 鋭い視線にギクッとなる。この様子だと、ライラは魔力を武器化して戦うから、特に武器は要らない……とてもお金のかからない良い女だ、などとサイテーなことを少しだけ思ったのが、どうやらバレてしまったらしい。俺がこんな風に考えてしまったのも元パーティで、財布係としてさんざ金銭面で苦悩させられた経緯のせいなのだが、そんな言い訳は通るまい。


「この埋め合わせはなにか他のことでしてもらうから……こら、ちょっと、真面目に聞きなさいよ!」

「わーったわーった。ほら、行こうぜ」


 怒ったライラの厳しい視線にひやひやしつつも、しかし腰に加わった刀の懐かしい重みは少し嬉しく……生返事を返しながら、俺はギルドへと向かう足を速めだした。

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