第十七話 古代遺跡ウィルベル探索 ~インターバル~
「――よっと、皆お疲れ。今日は向こうで休ませてもらおうぜ」
初日の探索から帰還した俺達が外に出ると、辺りはもう夕方だった。
あの後、なんだかんだで五階層までたどり着いた俺達は、石碑から地上に帰還し、レイベルさんに挨拶して天幕の立ち並ぶ一角へと戻ってきた。
サンドスライムの核、ラージセンチピードの殻、ニードルリザードの棘など……色々なドロップアイテムが手に入ったが、この辺りは装飾品の材料になる物もあるので売却するか少し迷っている。
しかし一つだけ、鑑定で見つけた隠し扉の奥から貴重品を取得できたのは幸運だった。
《
スロット数:2
基本効果:攻撃力+50
追加効果:【凍結効果付与】【‐】
今リュカの腰に下がっているのがそれだ。宝箱に入っていたこれをリュカに試しに使わせてみたが、サンドスライムのような軟体も凍らせて切れるので重宝した。後でレイベルさんに提出したが、遺跡攻略が終わるまでは使って良いと言われたので、しばらくはリュカの愛剣となりそうだ。
「……く~た~く~た~なのですぅ~」
冒険者専用に用意された天幕の一つの中に入ると、まず一番に、体力の無いチロルがくたっとへたばった。これでも真面目に訓練をこなしているおかげで体力値は、元の18から30まで上昇しているが、まだまだ俺達に着いて来るのは苦労している。
一般的な冒険者の体力値がD等級――50から100程度の範囲だと考えると、彼女がそれに追いつくにはもう少し時間が必要となるだろう。
「こらぁチロル、そんな風になまけてると、こちょこちょしちゃうんだから~」
「や~め~てぇ~……もう動けないのですぅ、ふひゃん」
またリュカが馬乗りになってチロルを弄っているが、抵抗する気力も無く、なすがままにくすぐられている……
しかしすぐにリュカは別のことに意識を移して立ち上がる。
解放されたチロルは息も絶え絶えだ。
「あっ……ご飯の匂いがして来たよ。もう夕方だもんね」
「公爵家から派遣された人たちが炊き出ししてくれてるってさ。後で取りに行こうな」
「何が出るのかな? 楽しみ~!」
あの家にいても食事を作るのは大体俺だったから、楽が出来るのは助かる。
天幕の中に入って荷物を置きながら、俺はつい、ライラの方をじっと見てしまった。
うちの女性陣は、料理があまりうまくない。チロルは母親を手伝っていたので少しできるが、リュカは刃物の扱いは上手なのに他が大雑把で任せられない。そしてライラに至っては……なんとなく察して頂けるだろうか。
『――簡単なものくらいだったら作ってあげてもいいわよ? 今日は任せて!』
俺は、加入した当初を思い出す。
ほのかな期待を寄せて一度任せた事があったのだが、数時間後自信満々だった彼女がかき混ぜていたのは、漆黒の夜空のごとき見た目のシチュー(彼女談)だった。
『ま、魔族の土地の香辛料とは、勝手が違うのよきっと! それに、見た目と匂いはあんまりだけど、味はだいじょう……』
時が数秒凍り付いた後、味見したライラの腕からおびただしい量の魔力が噴き出し、それを包み込み虚無へと葬り去る。
その後、彼女はにっこり笑顔を浮かべた。
『きょ、今日はちょっと失敗しちゃったから、また今度ね♪』
そんな出来事があって以来、彼女が厨房に立つ姿はついぞ見ていない――。
……別に、女性だからどうのとかは言わないけど、せめて誰か一人位はまともな食事を作れる者がいて欲しかった、とは思う。あの家に俺が残っていなかった時のことを想像すると……暗い食卓が浮かんでやるせない。
「何よ……?」
「いや、なんでもない! さ~リュカ、飯を貰いに行くぞ~」
「うん? どしたの、あにき。なんか変だよ?」
悲しみのこもった視線がバレそうになった俺は、リュカを連れて天幕を出た。
残念ながら調理術スキルは存在するが、料理というアビリティは無かったはず。彼女の作る食事がまともになる日が来るとは……いや、それもきっと本人の努力次第か。
(頑張ってくれ、ライラ……俺はお前を信じてる)
「あにきが面白い顔してる……」
決してあきらめない希望を胸に俺は、首を傾げてこちらを見上げるリュカを伴い炊き出しの列へと加わった。
◆
寝苦しい。
初夏の頃だから仕方ないのかも知れないが、この生暖かさは……人肌か?
バサッとまくり上げた薄い寝具の下で、俺の腰から下に絡みついて熟睡していたのは……。
「あっついと思ったら、お前かよ……」
「ぐふふふ~……」
やはりリュカで、俺は頭痛がした。人の寝床へ知らぬ間にもぐりこむのはマナー違反だろう。
支給された天幕に予備が無かった為、せめて中央にロープを張って布で仕切りをして、しっかりこちらに来ないよう言い聞かせたというのに、これでは意味がない。
(幸せそうに寝やがって……このバカは)
一族の性質なのか、どうも彼女は引っ付き癖があるようで……借家でも始終誰かと一緒に過ごしているが、よりによって俺の所に来なくてもいいだろうに。
特に暑いのはこの、もっこもこの尻尾だ。触り心地はいいが……この季節、密着すると非常にうっとおしい。
(ちと早いが、喉も乾いたし起きるか……)
幸いもう日は出ているようだった。
満足そうに涎を垂らしたリュカを引っぺがし、むき出しの腹に寝具を掛けてやると俺は朝の空気を吸いに出る。
「確か、水場があったんだよな。顔でも洗おう……」
さすが公爵家、水を貯蔵している魔道具まで用意してくれてきていたのには驚いた。
管理している兵士に挨拶して俺は水を使わせてもらう。飲用しても問題ないらしく、程よく冷えたそれを口に含むとはっきり目が覚めた。
近くの草原に少し腰を落ち着け、朝焼けを眺める。
自然の風が気持ちよく、ブラック細工師ギルドに務めていたころの生活と比べたら、雲泥の差だ……。そんな幸せを嚙み締めた後戻ってみると、いかにも怪しげな男が周囲を伺いながら近づいていくので声を掛ける。
「おい、あんた何してんだ? それは俺達が借りてる所だぞ?」
「ひっ! ふ、ふん……なんでもない! 間違えただけだ!」
(態度の悪い奴だな……。でもこの声、なんか……嫌な感じだ)
いそいそと去ってゆく、顔を隠した男の後ろ姿を睨みつけた後、天幕の中に戻ろうとすると垂れ幕がぱさっと開いた。
「なんなのよもー、うるさいわね。テイル、どうかした……?」
そこから顔を覗かせたのはライラだった。
眠たげな目をこすりながら出てきた彼女の、着崩れたネグリジェから覗く肌は暑さで上気して少し色っぽい。
「なんでもない。まだ早いからもう少し寝てな」
「ん~……」
普段とは違うその姿に、目の保養をさせてくれてありがとう、などと思いながら背中を押して天幕の中に戻る。
朝食までにはまだ時間があり、俺は細工道具を取り出すと新しいアクセサリーの製作にかかることにした。仲間達との冒険で素材がそれなりに集まったし、自分用のアクセサリーも幾つか作っておきたい。特にライラに渡したようなスキル付きのものは、俺にとって貴重な戦闘の手段となるから。
後ろからは能天気なリュカの寝息が聞こえ、何となく落ち着く。
俺は無心になって手元作業に集中し、日が昇るのを待った。
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