◆細工師ギルド長、因果応報をその身で思い知る(細工師ギルド長・ゴーマン視点⑥)

◆(細工師ギルド長・ゴーマン視点)


 ゴーマンは、テイルを拘束するのを失敗した後、冒険者達に不審人物として簀巻すまきにされて気絶し……そのまま連行されたロブルース領の近隣の街の留置所で、しばらくの間囚人として過ごしていた。 


「なぜ、私がこんな目に遭わねばならんのだ……私はオルドリゲス伯爵家の一員だぞ。それが……一体、どうして」


 包帯をあちらこちらに巻いた酷い姿で愚痴るゴーマンの前に、一人の男が現われ、彼はハッと顔を上げた。


「レイベル殿おっ! ようやく来てくださいましたか! 私は何の罪も犯しておりません……それをあの冒険者達がッ! 早くこの牢から出して下され! 慰謝料を請求せねばなりません!」


 牢屋の柵をつかんでわめくゴーマンに対し、レイベルは苦笑いをして答える。


「ええ、すぐにここからお出ししましょう。ですが、それよりもこちらをまずご覧になった方がよろしい。きっと驚かれると思います」

「実家の者を早く呼んで下さればこんなことには! な、なんです……それは」


 ゴーマンは眉をひそめながら……レイベルが拡げた書状の写しを柵越しに見やった。


 しかし……それは彼にとって予想もしないものだった。 

 ゴーマンは目を剥き、額を強く牢の柵にぶつける。


「あがっ! な……なんだと!? ”……オ、オルドリゲス家の伯爵位を剥奪し、土地屋敷、各種権利諸々全ての財産を法の下に、国家へと返納することを命じる”……だと!? な、何が、一体何が起こっている! ち、父上は? 兄はどこへ」

「聞いた話ですと、既に資産をもって国外へと逃亡されたとのことです。あなた一人を残してね。つまりあなたはもう、伯爵家貴族ではなく、ただのゴーマンという一人の人間でしかありません」

「そそそんなバカな話があるかっ……! い、いや、しかし……私にはまだ、ミルキア細工師ギルド長という肩書がある! す、数年あれば没落した家の再興も……必ず成し遂げて見せます! レイベル殿、ここは是非、お力添えをッ!」


 こうなっては恥も外聞もない。ゴーマンは地面にへばりついて頭を下げ、彼に懇願した。


 だが、目の前のレイベルは答えずに痛ましそうな瞳を向けただけだ……それが妙にゴーマンの不安を煽った。


「な、なにか……まだ、あるのですか?」

「……ご自分で確認された方が早いでしょうね。お前達、彼の拘束を解いてやってくれ……ミルキアの街に連れて行こう」


 二人の衛兵が、牢を開けるとゴーマンを引っ張り出して両脇を抱える。


「こ、こら貴様ら、もっと丁重に扱え! 私はミルキアの街のギルド長、権威ある立場なのだ!」

「うるさいぞ、ここに捕えられた以上貴様が犯罪者であることに変わりはない! きりきり歩け!」

「くそっ、こんなことをしてただで済むと思うなよ! その顔、覚えておくからな!」


 衛兵に乱雑に扱われながらゴーマンは馬車に詰め込まれ、ミルキアの街に移送されて行く……。


 そして数時間後……レイベルは彼をミルキア細工師ギルドの門前まで送り届けてくれたが、そこでゴーマンは、恐ろしい事実に直面する。


「――こ、これは……一体!? なにが……何が起こっているんだぁぁっ!」


 車窓から見えた驚くべき景色に、馬車から転がり出るように出て来たゴーマンは、呆然と立ち尽くす。


 なにしろ、その建物は多くの王国兵によって封鎖され、そして内部から続々と金品や装飾品の在庫など価値あるものが運び出されていくのだ。


 我に返ったゴーマンは、王国兵に掴みかかってそれを止めさせようとするが……。


「き、貴様らやめんかぁっ! それは我がギルドの大事な商品で……!」

「はあ? 何を言ってんだ……このギルドは先日破産したよ。何でも、長を務めていた奴が問題に対処もせず遊び惚けていたせいで、商品に物言いがが立て続けに入って、貴族達が裁判を起こしたんだと。おかげでひどい返金騒ぎで資金も底をついて、あっという間に潰れちまった。どっかのお貴族様だったらしいがね、無能な奴がギルド長なんざやるからこんなことに……おいあんた、どうした?」

「は……?」


 ――ドサッ。


 膝から崩れ落ちたゴーマンは信じられないという面持ちで、かっての職場であった建物を見上げる。


 そして、このギルドを率いて装飾品業界を牛耳り、歴史に偉大なゴーマン・オルドリゲスの名を残すという彼の壮大な野望は……今をもって完膚なきまでに潰えたと知った――。


「……ギルド長の野郎、雲隠れしやがってよ……一体どこに行きやがったんだ」

「見つけたら、ただじゃおかないわ。……あぁっ!? 見て! あ、あいつよ! お前のせいで私達まで仕事を失う羽目になったじゃない、この無能の最低カス野郎!」


 そこに奥から現れたのは、かつての部下たちの姿だ。


 真っ白に燃え尽きたゴーマンの姿を見つけた元ギルド職員たちが鬼のような形相で押し寄せて来る。


「ひっ、な、なんだ貴様ら! 私はお前らの上司だぞ……それを」

「まだそんな口を叩きやがるのか! お前のせいで一体どれだけの人が迷惑を受けたと思ってる!」

「石でもぶつけてやれ!」

「ひぎゃあ! やめろ、やめてくれ! た、助けて下さい、レイベル殿おっ!」


 しかし公爵は、冷たい目で見下ろすだけだった。


「残念ながら、それはできません。あの後、私の方でも少し調べさせていただきましたが、テイル君……彼に過酷な労働を強い、不当な処遇を与えあげく追放したのはあなただったと聞きましたよ? そして、彼が去った後のミルキア細工師ギルドのこの没落ぶりは明らかにあなたの不徳が招いたものだ。その報いは受けるべきです」

「そうだっ、二度と表を歩けないようにしてやる!」「吊し上げちまえ!」

「そ、そんな……いだだっ! ひっ、来るな、来るなぁぁッ!」


 その手に棒や石を持った元従業員達に追われ、ゴーマンはふらふらになりながらその場を逃げ出していく。


(敗者の末路はいつ見ても悲惨なものだな。教訓にさせて頂こう……)


 それをしばらく虚しそうに見つめていたレイベルはその視線を切ると、馬車に乗り込みすぐにその場を去って行った……。




 時は進み――数週間が経過した頃。


「うぅ……」


 ゴーマンはしぶとく生き延びていた。

 かつて艶の合ったその髪はぼさぼさにほつれ、ひげは生え放題。

 ぼろをまとい、骨と皮だけの手で道行く人間に空の器を差し出している。


 そう、悪評が広まった彼から細工の腕を取れば、その能力は凡人以下。

 まともな仕事にもありつけず……こうして物乞いをするしか生きていく術は無くなってしまった。


「お慈悲を……」


 つい最近までは、見下していた人々に頭を垂れつつ小銭を求める。

 しかしもう、それを悔しがる気力もない。


 そんな彼の頭の上にすっと一つの影が差した。


「こんな所にいらっしゃったんですね、ゴーマンさん」

「……?」

 

 自分の名前を呼ぶ声の主を、ゴーマンは虚ろな目で見つめた。

 怪しい黒眼鏡を掛けた胡散臭い人物……こんな人物に覚えはない。


 しかし、その声はどこかで聞き覚えがある気がした。


「覚えていらっしゃいませんかねぇ……ほぉら」


 彼は眼鏡を外し、目の上と下を隠した。

 その姿に、記憶が電撃のように駆け巡る。


「貴様ぁッ……情報屋か! 貴様がっ、あんな、使えない奴らを寄こしたせいで、私は……ぁぁッ!」


 ゴーマンが立ち上がって手を伸ばしたのを、男はうっとうしそうに蹴って突き飛ばす。


「冗談を言わないで下さい、彼らから聞きましたよ? あなたは勝手に自分で外れくじを引いて自滅したと。おかげで私達も働き損だ……まあ、成功したとしてあなたに支払い能力が残っていたかどうかは、疑問でしたがねぇ」

「き、貴様、もしかして……貴様こそが闇――」


 ――ベキッ。


「命が惜しければ、滅多なことは言わないほうがいいですよ?」

「ヒイッ!」


 上から強く踏みつけられたせいで、器は音を立て砕け散った。

 震えあがるゴーマンを前に、男は懐からある物を取り出す。


「しかし、あなたのこんな姿が見られて溜飲が下がりました。これはそのほんのお礼というやつです。さ、どうぞ」


 にこやかに微笑んだ男が投げ放ったそれが空中でくるくると回り、地面に澄んだ音を立てて落ちる。


 ――それは、一枚の銅貨だ。

 

「……か、金! かねぇぇぇぇ! キィ――ッ」


 転がるそれを追って――プライドも品性も全て失ったゴーマンは獣のように四つん這いで路地裏へと消えてゆき……それを見て、黒眼鏡の男はひっそりと呟く。


「おしまい、おしまいってね。さてと……」


 彼は人気のない所で、懐から四角い箱のような魔道具を取り出した。


 魔導通信機――王国軍でも限られた部署にしか支給されない、遠方への通信を可能にする特殊な魔道具。それを耳に当てると、彼は話し出す。


「あ~、あ~、聞こえてるかな……? 今いい? 多分、もう少ししたら僕の知り合いがそっちに着くから。うん、例の……だから厄介ごとに巻き込まれても大丈夫なように面倒見てやってくれるかな? ああ、僕もしばらくしたら一旦王都へ戻るつもり……はい、はい、よろしく。はい、じゃあね……」


 通信を打ち切ると、彼はそれを懐に戻して顔を上げた。

 そこにはただ青い空が広がるだけなのに……彼はそこにいる誰かの存在を確信したような瞳を向け続ける。


(……さて、この世界の神様は、今一体どんな顔で僕らを見下ろしている? もう時間は、案外残されていないかも知れないよ――?)

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