第二十話 長い旅の始まり

 遺跡攻略が終わり、俺達はレイベルさんから多額の謝礼を頂いてミルキアに戻った。


 その額何と、金貨にして千枚。それと、リュカが使っていたあの短剣もそのまま持っていていいと言われた。それほど彼にとっては最奥で見つけた指輪は魅力的だったのだろう。


 四人で分けても一、二年は何もせず暮らせる位の額の報酬。しかし、当面は使い道も無いので……共有財産として銀行に保管しておくことにして、俺達はギルドに依頼完了報告をしてしばし体を休めていた。


 そんなある日、郵便受けに入れられていた手紙に気づき、俺達はシエンさんの営む不動産屋を訪れた。どうも改まった話があるようなのだ……。



 そして今――。


「――ええぇぇぇっ!! あのお家……買う方が現われてしまったのですか!?」


 ……頭を下げたシエンさんが言った言葉に驚き、チロルがびっくりした悲鳴を上げたところだ。


「済まない、そういうことなんだ……こちらも商売なので断ることは出来なくてね」

「そんなぁ……せっかく色々揃えて、おいら達の家になって来てたのに~……」


 リュカもがっかりした顔をする。

 実は今回の報酬などを溜めて、じきにあの家を正式に買い取るということも考えていた位、チロルやリュカはあの家に愛着が湧いていたらしい。


「こらこら、仕方ないだろ。好意で住ませてもらってたんだから文句言うな」


 俺はそんな二人を軽く叱る。

 気持ちはわかるが、元々そういう話だったからシエンさんに非は無い……むしろ、今までただで済ませてもらっていたのを感謝するべきなのだ。


 だが、心なしかライラも残念そうに言う。


「それじゃあ、また他で家を探さないといけないわね。丁度いいからシエンさんに良い物件を紹介してもらいましょうよ」

「ん? このまま一緒に住むでいいのか?」

「え、別々に住むの?」


 当然の様に俺を見つめていた彼女は、自分の言ったことを反芻はんすうして、しだいに顔色を紅くしていく。


「ち、違う……! これはどうしてもあなた達と住みたいとかじゃなくて! これまで問題も無かったし、生活のスタイルが変わるのが面倒ってだけで……決して寂しいからとか、そういうのじゃないって……!」

「そうか~……なるほどな、わかったわかった。寂しいんだな」

「ちょっと、違うから! ちゃんと聞いて! 聞きなさい!」


 言い訳を重ねて自分で墓穴を掘りだすライラの言葉に俺がうなずくと、嬉しそうに彼女の左右から獣人娘二人が飛びつく。


「おいらも、ララ姉がいないと寂しいからやだ!」

「わたしなのです~!」

「……もう、やだ……」


 恥ずかしい気持ちのやり場を失くしたライラは、かがんでチロルの体に顔を埋める。いつもはしっかりしてるからか、たまに失敗するとこういうところを見せてくれるのはちょっと可愛い。


「と、いう訳なんで……なんかいい家ありますか? 多少金も入ったし、これからはちゃんと家賃も払えると思いますんで」

「ははは、ずいぶん仲良くなったんだね。そんな君達に提案と言ってはなんなんだが、良かったらここミルキアから離れて、ハルトリアという大きな街に移住して見ないか?」


 俺が尋ねると、シエンさんは地図を書棚から取り出し、拡げて見せてくれた。


「ここから馬車で大体十日位の場所にある街だ。丁度エルスフェリア王国の真ん中にある街だから、人の出入りも多いし、情報も集まりやすいと思う。確か、そっちのウサギちゃんは人探しをしているんじゃ無かったかな?」

「は、はいなのです……。恩人の方に一目会ってお礼を言いたくて」


 以前シエンさんには、チロルの探し人について相談したことがある。

 物知りの彼なら、風の噂にでもそういう人物のことを聞いたことがあるかも知れないと思ったのだ。


 その時は残念ながら情報を得ることは出来なかったのだが、ずっと気にかけてくれていたのだろう……シエンさんはチロルを穏やかに諭した。


「なら、こんな小さい街でずっといたって、少しも進展しないと思うよ? 幸い僕はあっちの街にもいくつか物件を持っていてね。知り合いもいるから色々融通してあげられると思う。ライラ君にしても、ここよりは同族に話を聞ける機会は増えるだろう。記憶が蘇るきっかけになるかも知れない」

「う~ん……」


 復活したライラも、口に指を添えて考え込む。ようやくこの街に慣れてきたところだったのに、という表情だ。


 悩む二人に取り残されたような気分になったのか、リュカが勢いよく手を挙げる。


「は、はいっ! お、おいらは? おいらはなんかないの?」

「ワンちゃんは……ま、ここの冒険者ギルドよりか優秀な人材も多いだろうし、色々強い人に出会えるかもね。成長したいなら、他の人から学ぶべきことは多いと思うよ」

「そうなのか~……興味はあるな」


 彼女もちょっと心を惹かれた様子である。

 俺としては別にミルキアの街に固執するつもりはない。別に生家があるわけでもなく……前の冒険の後ここに戻って来たのも、単なる成り行きだったし。でもチロルの願いをかなえてやりたいのは本当だ。だからその意見を皆に素直に伝える。


「俺はこの街を離れてもいいと思ってるけど、皆はどうだ? チロルと俺は、どの道いつかはこの街を出ることになると思うけど……皆が嫌だっていうのならそれはしばらく遅らせてもいいし、別行動するのも有りだ。どうする?」


 皆は顔を見合わせる。

 だが、そこは阿吽の呼吸。少し見ただけでなんとなくお互いの意志を察したようで、同時に頷いて笑った。


「行こ!」「い、行くです?」「行きましょうか」


 三人の意志が固まったなら、もう迷うことも無い。

 シエンさんにその意思を伝える。


「それじゃ俺達、そのハルトリアって街に行ってみることにします」

「そうか……なら、一週間くらい後までに、荷物をまとめておいてくれるかな? 後で馬車で送ってあげよう。知り合いに手紙を送っておくから、ハルトリアに着いたら花屋のレティシアという女性を訪ねてみるといい。彼女が新しい家に案内してくれるからはずだ。当分はそこを拠点として、気に入らなかったら住み替えてくれてもいい」

「何から何までありがとうございます」

「いやいや、こちらの都合で悪いことをしたからね、これ位はさせてくれ。こちらでも何か情報が見つかったら手紙で送ろう。ウサギちゃん、その人物の容姿とか名前とかは分かるかい?」

「ええと……正確なお名前は知らないのです。お連れの方がフレアって呼んでました。後は冒険者だってことしか……ええと、人なんですけど、長いお耳をしてまして、長い金髪と青い瞳、真っ白な肌をしたとっても綺麗なお姉さんで……」


 シエンさんは、メモを取り出すと特徴をサラサラと書き留める。


「ほうほう……聞いた感じ、エルフ族だろうね、珍しい。冒険者でエルフのフレアって愛称の娘さんか。わかった……なにか分かれば知らせるよ」

「お願いしますのです」


 チロルが小さく頭を下げ……シエンさんは彼女の肩を叩いて励ましてくれた。


「うん、これだけ情報があれば、何らかの手掛かりはきっといつか見つかるだろう……頑張って。それじゃ皆さん、これからの旅の無事と幸運を祈らせてもらうよ。またこの街に戻ることがあったら、是非声を掛けてくれ」

「色々お世話になりました、ありがとうございました」


 口々に俺達はお礼を言い、黒眼鏡の奥でにっこり微笑むシエンさんの不動産屋を後にする。しかし……いずれはと思っていたが、こんな早くにこの街を出ることになるとは。


 ミュラにも挨拶しておいた方がいいだろう。彼女は俺達の活躍を喜んでいてくれたから、ちょっと申し訳ない気もするけど……こればかりは足踏みしていても仕方がない。またこの街に来たら、酒でも飲みに連れ出してやろう。


「ハルトリア……どんな街なんでしょうか、テイルさん」

「ああ、大きな街だよ。ここなんかとは比べ物にならない位。国でも三本の指に入る位なんじゃないかな。楽しみにしとけ、色々面白いものが見られると思うしな」

「美味しいものも食べられるかな!?」

「ああ、もちろん。大陸のあちこちから色んな食材が集まってくる市場とかもあるからな」

「ほわぉお~……やぁったー!」


 リュカは色気より食い気で、今から妄想を膨らまし、口の端から涎を垂らしそうな勢いで喜ぶ。チロルもその姿を見て、口元がほころんでいる。


 ただ、ライラは少し考え込んでいるようだった。


「ライラ、大丈夫か? 何かあるなら言ってくれていいんだぞ? 急な話だったし……」

「ううん……ちょっとね。大丈夫よ、私もちゃんと楽しみにしてるから。他の魔族に会えるかもしれないしね」


 あれから彼女が何かを思い出したという話はない。

 皆気を遣って聞かないようにしているから、弱音を吐かない彼女の心中は推し量れないが、俺達がかろうじて出来るのは少しでも記憶を思い出さなくていい位、楽しい毎日が送れるよう一緒にいて支えてあげることだと思う。

 

 俺は努めて明るく聞こえるように言った。


「それじゃ帰って、家を片付けちまうか。あんまり荷物が多くなり過ぎないように、要らないものは処分すること! チロルは本、リュカはぬいぐるみを最近買いすぎてんだから、半分位は捨てるかあげるかしろよ! 」

「ほ、本は大事なのです! 先人の偉大な知識の集積ですので、持って行かせて下さい! なにとぞ、なにとぞ~っ!」

「おいらのぬいぐるみ達だって大事な家族なんだもん! 背負ってでも連れてくんだから!」

「そういうならあちこちに散らかすのやめろよ! ったく、ライラもなんか言ってやってくれよ」

「……そうねぇ。でも、テイルだって作業に集中してる時、色んなものをほったらかしにしてるんだから。人のことばっかりは言えないと思うわよ?」

「げ……そうか? すまん……」


 思わぬところからの反撃に、俺はバツの悪い顔をして頬を掻く。

 自分で自分の欠点ってのは気づかないから、確かにそう言われると無視はできない。


「いいんじゃない? あなたがわたし達を助けてくれてるように、私達だってあなたのこと支えたいもの。出来ないことはお互いに教え合って、補い合って足並み揃えて進んで行くのが私達。それでいいと思うわ」

「さすがララ姉、いいこというね!」

「でしょ……でもリュカも、チロルもちゃんと自分が悪いと思ったら直す努力をしなさい。じゃないとちゃんと大人になれないわよ?」

「「は~い!」」


 二人の返事を聞いて嬉しそうに頭を撫でるライラ。

 その表情は明るかった。


 気が付けばすっかり、皆このパーティーに馴染んでしまっている。

 きっと、求めている物……自分の居場所を見つけられたからだと俺は思う。


「あっ、テイルさん……見て下さい! 《星降り》です!」


 突然チロルが指さした彼方の空。

 そこには紫の光が幾つも空に広がるのが見える。


 《星降り》――吉兆とも、凶兆とも言われる謎の現象。地面に落ちたあの光がどこへ行くのかは誰にもわからない。たった数秒だが、幾筋も細長く尾を引く光が落ちていく様は、妙に幻想的なものだった。


「……数年ぶりか」

「キレイなのです……きっと、わたし達の旅立ちをお空の神様が祝福してくれていると思うのです」

「おいらはどうせなら、おにくを降らせて欲しかったなぁ……」

(リュカのはさておき、ずいぶんと都合のいい解釈だな……)


 もし、神様なんてものがいたとして、こんなちっぽけなパーティーひとつを応援する程暇ではあるまい。


 でも、こいつらのきらきらと輝いた瞳を見ていると……そんな風に思うのも悪くはない。何に希望を見出すかは、自分次第だから。


「ま、そういうことにしておくか」


 チロルの尋ね人や、リュカの成長した姿も見たいし、ライラが記憶を取り戻したら、一緒に魔族の国に行ってみるのもいいかもしれない。エニリーゼ達、前のパーティーの奴らとまた会うこともあるだろうし、今より強くなればきっと遺跡で見たあの指輪より良い物が作れるようになるかも知れない。


 他の誰のものでも無い俺達の新たな冒険は、きっとまだ始まったばかり。

 それを一番楽しみにしているのは、きっと……俺自身だ。

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