第十五話 伝手を辿って
「ふざけないでよっ……! どういうことなのよ!」
蔦屋敷に帰った俺がまず直面しなければならない問題、それがこれだった。
目の前には、烈火のごとき怒りを見せるライラの姿がある。
ついさっき、事の次第を皆に報告し、ピピの身柄を引き取るのに必要な金を集めるため、しばらく俺が冒険者として活動できなくなると説明したところなのだが……。
「すまない……厄介なことに首を突っ込んじまって」
そんな俺の謝罪に対し一番苛烈な反応を示したのはライラだ。
カトリーヌさんの魔法石修復を任せたあたりからややご機嫌斜めだったのだが、それがここに来て爆発してしまったようだ。
「もう! 最近そんなことばっかりやってるじゃない! いくら人助けだからって限度があるわよ!」
「だけどさ……」
「仕事そっちのけで、頼まれたか知らないけど変な宝石を治すとか、今度は借金を肩代わり!? あなた私たちのリーダーだって自覚あるわけ? わけわかんないことばっかやってないでよ!!」
「ラ、ライラさん……そのくらいで」
「おいらは仕方無いと思うけどなぁ~……あにきなんだも~ん」
チロルやリュカが取りなそうとするも、ライラは怒りを収めようとしない。
「あなたたちがそんなふわっとした感じだから私が言わないといけないんじゃない! 私はね、このパーティーとあの子とどっちが大事なのって聞いてるの!」
「わぁ、ララ姉、すごいやきもち~。ね~チロル」
「やきもちもちなのです~」
「――茶化すな、そこのふたり!」
「「ひゃい!」」
ふたりはあまりの剣幕に抱き合い震え上がる。
ライラは腕を胸の前で組み、顔を寄せて俺を威圧する。
「テイル……どうなの! ちゃんと答えて!」
「……わかってるって。お前らの方が大事だってば」
「嘘、絶対わかってない! 私は――」
「ララ姉。そのくらいにして上げて」
俺の肩をつかんで怒りをぶちまけようとするライラを止めたのは、意外なことにリュカだった。
「ふたりが喧嘩するのなんてみたくないもん。それに……おいらだってその場にいたら、あにきみたいにうまくはやれなくても、絶対どうにかしようとしてた。ピピを奴隷にするなんてそんなの、許せない……。それを見捨てるなんて、そっちの方があにきらしくないよ」
俺を庇ったリュカのしかめ面に、ライラは少し声のトーンを落とす。
「気持ちはわかるわよ、私だって……。それに、なにも自分たちの都合ばかりで言ってる訳じゃない。そんなことばっかりしてたら、いつかテイルが自分自身まで犠牲にしそうで、私はそれが怖くてたまらないのよ……! いつか、前みたいに……っ」
「前って……。なにか、思い出したのか?」
ライラは、自分でも動揺したかのように目線をあちこちに彷徨わせたが、やがて首を振る。
「……わからない。とにかく……もっと自分のことも大事にしてよ。あなたがいなくなったら、私たち……どうしたらいいの?」
どうやら、俺の身柄を案じてくれたからこその怒りらしい。
そう言って向けられる彼女の紫の瞳には必死さと、妙な実感が籠っている気がして、俺は目が離せなかった。
「ごめん、強く言い過ぎたわ。謝る……。でも、あんまり危ないことばっかりしないで……」
その後ライラは顔を俯け、肩を震わせた。
語尾が涙声となっていたので、さすがに俺も焦る。
「ちょっ、気を付ける。今後気を付けるから……! 泣くんじゃない」
「……泣いてない」
彼女は心細そうな声で、俺がつい頭にやった手を振り払い、赤らんだ目元を拭う。
「と、とにかくさ。無理にとは言えないけど、お前らの手も借りたいんだ。助けてくれないか? いくつか考えもあるんだ……」
しばし気まずい沈黙が続き、それを払うように俺が一生懸命頼み込むと、なんとかライラは顔を上げてくれた。
「……わかった。協力するからもう一回、ちゃんと最初っから話して」
まだ仏頂面ではあったが、ライラはようやくテーブル席に腰を下ろし、ホッとして顔を見合わせたチロルとリュカも席に着く。
叱られて情けないようなありがたいような気分になりつつ、俺は彼女たちに、再度ピピを助けるための条件を話す。そこでリュカ以外は雷にでも打たれたような顔で固まった。
「「30万金貨!?」」
「さんじゅ~まんって……? じゅう……ひゃく……せん……もっと上?」
顔にクエスチョンを浮かべたリュカがテーブルにコトコトとクルルの実を置いていく。
「その上の上なのです!! クルルの実が、一生食べ続けても食べきれないくらい山盛りに出来るです!」
「わぅ!? おいら……想像だけでしあわせになるぅ~……♪」
「リュカちゃん……よだれが」
チロルが垂れそうな涎をそっとハンカチで拭う。
天井を向いて目を細めたままトリップしてしまった残念なリュカは置いておき、ライラは頭を抱えて言った。
「はぁ、いったいどうする気……? まともな方法で集められる額じゃないじゃない」
「じ、実はテイルさん……影の権力者で、隠し財産を山ほどお持ちとか……?」
「ないない。でもまあ、できる限りのことをやるしかないな。いくつか、当てはないこともないんだ」
正直、今回のことは自分の力だけでは限界がある。俺にはふたつの算段があった……ひとつは、ある人に連絡を取ること、もうひとつは……。
「ライラ、魔力補充の調子はどうだ? うまくいってるか?」
「え? うん……もうほとんど、傷も目立たなくなってきてるけど」
「助かる……」
ライラが補修してくれているダークアメジスト――カトリーヌさんの婚約指輪、あれが鍵になる。
「しばらく忙しくなるけど、皆協力してくれ。よろしく頼むな」
「当たり前だよ、あにきとピピのためだもん! おいらがんばる!」
「わたしもお手伝いするのです……!」
「はぁ……そんな簡単な話じゃないのに。できるだけのことはやるけど……」
リュカとチロルが元気に席を立って片手を突き上げ、ライラはいまだ浮かない顔でこちらを睨む。一応これで全員に納得してもらい、晴れて俺はピピの自由を取り戻すことに集中できるようになった。二か月の後、事態がどう転ぶかは、これまで培ってきた自分の技術次第になってくるだろう。
◆
それから一週間も経った頃、レティシアさんに連れられた俺は、再度カトリーヌさんを尋ねてシルブラウン伯爵の屋敷へ赴いていた。
もちろん、約束の品を渡すためだ。
「どうぞ、開けてみてください」
「え、ええ……」
彼女の震える指が俺が渡した小箱を開き、その目が一点を凝視する。
元の石座に収まる、紫の大粒の宝石。かつての輝きとはわずかに異なるものだろうが、立派に一級の装飾品としての輝きを取り戻した指輪を見て、カトリーヌさんは口を両手で押さえた。
「まあ……! この輝きは、あの頃と同じ……! すべて完璧な状態で……」
「無事、修復が完了しました。再研磨のためわずかにサイズは縮んでしまいましたが……」
「いいえ、いいえ。なんにも問題はないわ……なんとお礼を言ったらいいか」
彼女は涙に瞳を滲ませながら箱から指輪を取り出し、愛おしそうに太陽の光にかざしたが……自分の指には嵌めようとせず、小箱に戻す。
「ありがとう、本当に嬉しいわ。私にはもう十分……今度可愛い孫が結婚式を挙げるから、その子にこの指輪は受け継いでもらうの……。大きくなったらあげると約束していたから」
彼女は大事そうにその小箱をしまうと、俺に深々と頭を下げた。
「テイルさん、どうもありがとう。あなたのおかげで主人との思い出が蘇ったわ。なにか、お礼がしたいのだけど……私こういったことの相場がよく分からなくて」
こういう場で打算的な考えを披露したくはないが、ピピを助けるためには必要なステップだ。俺は躊躇いなく、思っていたことを口にする。
「お金は要りません。ですがひとつ、お願いがあります……」
「……なにかしら。私にできることであれば言ってちょうだい」
「俺を、なるべく高位の貴族の方に紹介していただくことはできませんか?」
「それは……どういうこと?」
そこからは、ピピが多額の借金と引き換えに身柄を奪われたことなどを、彼女と信頼関係のあるレティシアさんに説明を代わってもらう。
「――というわけで……彼は今私欲のためではなく、憐れなひとりの少女にただ自由を与えるために奔走しているのです。カトリーヌ様、なにとぞお力添えをいただけないでしょうか……」
そんな立派なものではないので気恥ずかしいが、話を聞いたカトリーヌさんはやがて小さくうなずき、はっきりと答えた。
「そう……。ならば、私より夫の方が適任でしょう。これから少しお時間をいただけるかしら?」
「は、はい……ありがとうございます!」
「安心してちょうだい。必ず悪いようにはしないわ」
微笑む貴婦人が退出し……侍女の人たちに素晴らしく香りのいい茶を振る舞われ、待つこと数時間。
「――失礼。お初にお目にかかる……私がこの屋敷の主ヴィンセント・シルブラウン伯爵と申す者だ。今回は妻の願いを聞き届けてくれたそうだな。大いに感謝する」
現れた初老の人物がカトリーヌさんの隣に立ち、俺たちは跪く。
老齢だが背筋はしっかり伸びており、強い威厳があった。
「あなた……この方たち困っているみたいなの。助けて差し上げるわけには……」
「ああ、ならば事情を聞こう」
伯爵は俺たちの話を真剣に聞いてくれた後、少し考え込む。
「ふうむ、金貨30万枚とはな……。さすがに我が私財でもおいそれと用意できる額ではないが……あの方なら。カトリーヌ、指輪を貸してくれ」
シルブラウン伯爵は、俺の整えた指輪を見て、強く感慨を抱いたように目を細める。
「見事な腕前だ。私も貴族の端くれ……品を見分ける眼は持っていると自負している。……いいだろう、私が直々に、ジェレッド公爵へと君を紹介しよう」
(……よし)
カトリーヌ婦人を足掛かりに、より上位の貴族に取り次いでもらうという作戦は、思いのほか上手くいき、俺は胸中で拳を握る。
ここまでくれば、計画の七割方は成功と言っていいだろう。
後は俺の腕前と、もうひとつの要素が成否を分ける。
「ただ、充分に気を付けてほしい。ジェレッド公爵は若く、気性の激しい御方……なにか気に入らぬことでもあれば、その場で手打ちにされてもおかしくない。それでも構わないという覚悟があるなら……五日後、我が屋敷を訪ねてくれ」
「「ありがとうございます……!!」」
感謝する俺たちに、伯爵は目尻の皺を深くする。
「いいや、礼を言うのは我々の方だ。この指輪が在りし日の姿を取り戻すとは夢にも思っていなかったよ。若い頃を思い出して力が湧いてきた……。ハッハッハ、こんな朗らかな気分は久しぶりだ。喜んで若者たちの助けになろう」
その後彼は順番に俺たちと握手し、わざわざ帰りの馬車を手配して中層街でまで送らせてくれた。その中で、俺たちは今後について話し合う。
「うまくやったじゃない……後は、公爵様の出方次第かねぇ」
「ええ。ジェレッド公爵がどんな人物かですが……。レティシアさんは彼女についてなにか知ってませんか?」
「……聞かない方がいいかもよ?」
「聞かせてください」
彼女は迷っている様子だったが、どうせ知らなくても数日後には対面するのだ。俺が強く求めると、しょうがないと肩を竦めて口を開いた。
「当代の七公爵家の当主のひとり、カルミュ・ジェレッド。その気位の高さは折り紙付き。若干十六歳で公爵位を継ぐやいなや、じぶんの気に入らない家臣の半分以上を罷免、投獄、都市から追放したいう暴君さ。本当に、なにか機嫌を損ねれば首を飛ばされてもおかしくないだろうね」
レティシアさんの言葉はイメージ通りのもので、俺は追加でもうひとつ尋ねる。
「彼女は利に聡い人物だと思いますか?」
「君も大概怖いもの知らずだね。ま……それはそうでしょ。彼女が公爵家を継いでから、年々ハルトリアは発展し、外からも人が集まって来てるから。実は、下層街が出来たのはそれで住むところが無くあぶれた人がいたせいでもあるんだよ。統治手腕とがめつさは歴代公爵の中でも指折りだろうね」
「うん……それなら。なんとなくいけそうな感じがしてきました」
彼女の話を聞いて俺は、交渉の余地がある手ごたえを感じている。
要は俺の存在が、公爵にとって有益になると思わせられればいい。
口元に笑みを浮かべた俺を見て、レティシアさんは笑い声を漏らした。
「くく……訂正。今の話を聞いてそんな顔するなんて……怖いもの知らずどころじゃないね。それとも、それが冒険者ってやつなのかな? さっすが、シエンさんが送った子だ……君ちょっと、どっかで頭でも打ってないか医者に調べてもらった方がいいかもよ?」
失礼なことを言いながら彼女の目は面白いものを見つけたというかのようににんまりと細められている。
「俺が……? ただの一般人を捕まえて、変人扱いしないでくださいよ」
「自覚無しって……こーりゃ参った! アハハハハ」
レティシアさんがおかしそうに腹を押さえ、足をばたつかせて馬車が揺れる。
そんな彼女を横目で睨みつつ俺は、こちらからすれば得体のしれないのはあなたとシエンさんの方なんですけどね――という言葉を無理して胸の中へと飲み込んだ。
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