第十三話 頼もしい新戦力

 しばらくぶりに訪れた冒険者ギルドにて――。


「あら、テイルさんお久しぶりで――……」


 出迎えてくれた受付嬢ミュラの笑顔は俺の隣を見るや、なんとも白けたような冷たいものに変わった。


「……しばらく姿を見せないと思ったら、それで……? へ~、ほ~?」

「いや、色々あったんだって……」」

 

 俺は愛想笑いを浮かべたが、ミュラはいつもより一段階温度の低い視線で体を左右に傾けじろじろと見まわして来る。


 本日は彼女――魔族ライラの冒険者登録をしに来たのだが、どうしてこんな反応をされなければならないのか……。


「随分とお綺麗なお姉さんじゃないですかぁ~? ふ~ん……」

「あのな……成り行きで仲間になったってだけで、他意はないぞ。ちょっと事情があってさ……」

「初めまして……。ライラという名前よ。どうぞよろしく」

「魔族の方ですか。あ、別に偏見は無いので……ご安心ください」


 辺りをきょろきょろ見まわしていたライラは控えめにお辞儀をした。


  長いローブを羽織りつつも顔は晒している為、ミュラにもそうだとわかったようだが……周りから感じる視線は敵意や嫌悪というよりかはむしろ、好奇心の方が強そうだ。大都市ならいざしらず、中小都市では魔族の姿は多く見かけないから無理もないだろう。


 挨拶が済み、ライラが冒険者になりたいと思っていることを伝えると、ミュラはいつも通り再度その意思を確認した。


「でも、本当によろしいんですか? 彼らからも説明はある程度聞いていると思いますが、意図せず命の危険にさらされることもある仕事です。見たところまだお若いようですし、他に働き口も……」

「それは聞いたけど……このまま何も返さずに彼らと別れるのも不義理だし……。それに人の役に立つ真っ当な仕事だって、彼言ってたわよ? この二人だってやってるんだから、大丈夫なんでしょ?」


 チロルとリュカは揃ってコクコクうなずく。

 冒険者となるのに実質年齢制限はない……とはいえ、あまりに幼いものや興味本位で来たものなどはどうにか説得して辞めさせなければならない。ギルドの受付も中々大変な仕事なのだ。


「またテイルさん適当なことを言って。綺麗ごとばかりじゃやっていけない仕事でもあるんですから……。あのですねぇ……」


 ミュラは渋面で厳しい現実を伝えようとしたが、ライラはそれを遮り自分の考えを話す。


「待って。あなたに何を言われても、私この仕事をやるつもりよ。彼らは私の命を救ってくれたし、どうせならそんな人達と一緒に仕事をして見たいと思うのが人情じゃない? それにちゃんと自分の役割を貰ってるの。ほら、これがあれば彼らが傷ついた時、自分の手で助けてあげられるから」


 彼女は、首を傾けて長い髪の後ろに付けた髪留めを見せる。

 そこには、ぼんやりと光を放つ白い水晶が取り付けられている……先日ドロップしたダーククリスタルを使って俺が作成したアクセサリーだ。


★★★★★エピック 闇水晶のバレッタ(装飾品)》

 スロット数:3 

 基本効果:魔力+50、光耐性+20

 追加効果:【◇ヒール】【魔力自動回復(中)】【‐】


 気合を入れて作り込んでしまったせいか、チロルやリュカの物より一段階上の品質になった。付与スロットが一つ空けてあるのは、これからの必要に応じて後で追加しようという思惑があっての事だ。


 そしてヒールの効用はすでに実際に試してある。

 治療院に行くほどでもない怪我をした冒険者にヒールを使わせてもらった所、瞬く間に快癒した。これなら、かなり深い傷でも治すことが出来るはず。


 加えて、記憶を失った今でも魔力の扱いは体で覚えているようで、襲われた時と同じように武器や魔力弾へと変化させられることも確認済みだ。戦力的に充分すぎる程だろう。


「多分、戦いだってそう苦手じゃないと思うわ。覚悟はあるの……だから私を冒険者にさせてちょうだい。お願い」

「ううっ……」


 受付に腕を置いてしっかりと見つめて来る彼女に気圧されたか、ミュラは長く息を吐き出すと手を上に拡げる。


「危険は承知の上ということですね。わかりました……ではこの契約書にご記入ください。私としてもテイルさんはともかく、チロルちゃんやリュカちゃんが傷を負うのは嫌ですからね。頼りになる方が仲間になってくれるのなら、歓迎させていただきます」

「ふふ、ありがと……」

(ともかくって何だよ)


 不満顔の俺を気にせず契約書の説明をさっさと済ますミュラ。それにならい、ライラは受付台に備え付けられた羽根ペンで一つ一つ必要箇所を記入していく。


「わぁ、ララ姉、キレイな字だな、いいな~」


 手元を見つめるリュカの羨ましそうな視線をくすぐったそうにするライラの上から俺もそれを覗き込み、不思議な気持ちで眺めていた。


(魔族も俺達も、使ってる言語は同じなんだな。世界は広いのに……面白いもんだ)


 そしてそれを書き終え、計測用の水晶に手を添えて能力値を測る姿には、今や多くの冒険者達(主に男性)の視線が注がれている……。


 それを見守り、受付に寄っかかっていた俺に、ミュラがこっそりと耳打ちして来た。


(最近、注目されてますよ……あなた達。ジェンドさんを倒したこともありますけど、結構コンスタントに依頼をこなして貢献度を上げていますからね)

(俺にとっては二周目だからなぁ……)


 さして驚くことでもあるまいと思うのだが……それなりに早くDランクに昇級出来たためか、最近は臨時的に組んで仕事しないかと誘わたり、正式なパーティー合併の勧誘などを受けることも増えて来た。


 とはいえ、俺達は俺達のペースがある。当面は食うに困らない程度に稼げていればいいし……地道な基礎能力訓練で土台をしっかりさせるべしと思いほとんど断っている。


 後正直……ちょっと腹が立つ、という気持ちもあるのだ。


(どいつもこいつも調子がいいもんだ。チロルやリュカが一人でいた時は見向きもしなかったクセにさ……)

(……それは仕方ないですよ。みんな自分の生活を守るのに必死ですからね。私からすればテイルさんの方が変なんだと思いますよ? ま、こんなことが続いてハーレムパーティーだなんて揶揄されることのないよう気を付けて下さいね?) 

(うはは、そりゃないだろ……こいつらにゃ後十年は必要だな)


 十分声をひそめていた俺の言葉は、地獄耳の獣人少女二人に聞こえていたらしい。

 彼女達は首を勢いよく向けると、こちらを咎めて来た。


「ひどいのです!」「がるるっ!」

「ってぇ! 本当の事だろ!」


 チロルがばしばし背中を叩き、リュカは俺の腕を甘噛みする……こういうところがお子ちゃまだというのだが、それを言い返すと泥沼にはまりそうだ。


「終わったみたい」

「ええ、では少しお待ちください……どうぞ、こちらです」


 そんな下らないやり取りの間にどうやら読み取りは完了した様で、ライラが声を上げ、ミュラはそれに答えると発行された冒険者カードを取り出した。


 晴れて完成したそれを神妙な顔のミュラが受付台の上に置き、俺達は集まって眺める。


【冒険者名】ライラ 【年齢】19 

【ランク】E 【ポジション】後衛


《各ステータス》


 体力 (C) 124

 力  (C) 138

 素早さ(D)  87

 精神力(D)  76

 魔力 (SS)336

 器用さ(E)  31

 運  (E)  34


《スキル》魔導戦術(37) 固有魔法:■■■

《アビリティ》 


「ふわぁ魔力がすごいのです……! 達人さんだったですか!?」

「こら、あんまでかい声で言うなよ……」

「すみません……」


 びっくりしたチロルが首をすくめて口を押さえる。


 マナー違反はさておき、彼女の言う通り目を見張るのはやはり魔力の数値だ。チロルの倍近くある。魔族の標準的数値なのかもしれないが、それにしても高い……。


 そしておそらく、この魔導戦術というスキルが魔力をそのまま使用して戦闘する技術なのだろう……。これも中々のレベルに達しており、これなら大きく戦力として期待できそうだ。 


「すごいですね……ライラさん。種族としての特性もあるかもしれませんが、私も初回の計測時にこれ程の高い数値を見たのは初めてです」


 先程から真剣な表情でライラを見つめていたミュラ。

 しかし彼女は、背筋を伸ばしこちらの思いもしないことを告げ始めた。


「……ともあれこれで晴れて冒険者ギルドの一員として登録されたわけなのですが、一つギルドの規定にてご説明させて頂くことがあります。初回登録時に能力値ランクに一つでもSS以上の能力値が有る場合、ギルドの推薦により、国薦冒険者試験に臨むことが可能ですが、どうされますか?」


 ――ざわわっ!


 それに反応して聞き耳を立てていた冒険者達も一斉にこちらを振り返り、口々に囁き合う。


『オイ、聞いたかよ……年間数人しか選ばれねえ国薦冒険者の候補者が出ちまったぜ』

『何それ? 有名なの?』

『新人のお前は知らねえかも知れねえけどよぉ。国薦冒険者つったら、国直々のお抱えになる冒険者のトップオブトップよ。ギルドにも数人しかいねえ最高ランクのL級と肩を並べ、常に王都に駐在して有事の際は各地へと派遣され、それを解決する。まさしく国の英雄たちってわけさ』

『……なんでアンタが偉そうなのよ。ウザイんだけど……』


 どこにでもいそうな三人組の冒険者が話す通り、国薦冒険者とは通常の冒険者とは一線を画すエリート。王都にある冒険者本部に務め、通常の冒険者では手に負えない凶悪な魔物を倒したり、特殊なスキルを用いて困難な事件の解決などに当たるという。

 

 その資格を得るには、冒険者として最高峰のLクラスに登り詰めるか……もしくはミュラが言うように試験資格を得て、晴れて合格するかの概ね二択。そしてその試験すら、通常の冒険者では受けることが出来ない……。何年かに一度稀に将来を嘱望されるトップクラスの才能を持つ冒険者がギルドの推薦により受験資格を手に入れられる位だ。


 もちろん、彼女の場合冒険者としての適性を充分に見極める為、様々なテストや教育を受け、それに合格した上でのことで、それには年単位で期間がかかるそうだが……。


 ライラはミュラからそんな説明を真剣に聞き、俺達はその姿を静かに見守る。


(もしかして……ライラさん、遠い所に行ってしまうですか?)

(さあな、本人次第ってとこだろ。自分の能力を生かせるところで働けるなら、誰だってその方が幸せだし、それはあいつが決めることだよ。お前らも変に口挟むなよ)

(ララ姉……)


 俺は不安そうにする二人を連れて少し距離を離す。

 そして大体の話が済み、改めてミュラは彼女に問う。


「……どうでしょうか。もし試験に臨まれるなら、必要経費は国が負担します。将来の為に一度、挑戦してみるのも良いことだと思いますが……」


 しかし、彼女は一つ肩を竦めただけで、さらっと断った。


「悪いけど、やめておくわ」

「一応……理由をお聞きしても?」


 ミュラの顔が少しだけ引きつり、周りの冒険者達から落胆の声が漏れた。


「だって最初に言ったじゃない……私は彼らの力になりたくてここに来たって。お金とか名誉は何かを叶える手段で、したいことを諦める理由にはならない……そんな風に何となく思ったの。だから待遇がいくら良くても、この話は受けられないわ」

(ふ~ん……)


 そして離れていた俺達に不審げなライラの目が向く。


「ちょっとあなた達、なんで離れてるのよ……?」

「いや、すまん」


 俺は苦笑いで近づきながら、内心ほっとする。


 実はこの時まだ……俺は彼女に対して少しだけ疑念が拭えていなかった。しかし図らずも、この二択で彼女が自分の利益を優先するような人間でないことが確信できた。


 一応これでもチロルやリュカを守ってやらないといけない立場だから、色々と気は使っていたが……これからはそんな負担も少しは軽減されるのかもしれない。


「そんじゃこれから……よろしくな、ライラ」

「なんか腑に落ちないけど……いいわ。よろしく、テイル」


 俺達は改めてしっかりと握手を交わした。

 そんな様子を見て、ミュラは説得は無理だと悟ったらしい。


「……お気持ちは分かりました。あ~あ残念。この街から紹介した方が国薦冒険者に認められたら、私にも特別ボーナスが支給されるはずだったんですけど」

「なんだ、打算ありきのことだったの?」

「失礼、口が滑りました」


 苦笑するライラに小さく舌を出したミュラは、あらためてその細い手を差し出す。


「ではライラさん、その分頑張ってテイルさん達と共にこのミルキアの冒険者ギルドに貢献して下さいね! 期待してますから!」

「ありがとう、やれるだけやってみるわ」


 そしてその手を握り返す彼女を、周囲の冒険者達の拍手が歓声が包む。

 どうやら周りの冒険者達も彼女の決断を好意的に受け入れてくれたようだ。


(美人って得だよな……)

「ほらほら、見世物じゃないんですよ~皆さん。散って散って!」


 ミュラが手慣れた様子で野次馬たちを散らし、チロルとリュカがライラに抱きつく。


「嬉しいのです……これでこれからも一緒にお仕事できるのです!」

「やったやった! おいら達、ララ姉に一杯助けてもらうからね!」

「……うん。二人とも、なにかあったらいつでも助けてあげるから、頼りにしてちょうだいね」


 ライラは髪をかき上げてウインクする。

 こうして、晴れて俺達はライラを加えた四人パーティーとなった。


「そんじゃ早速初仕事と行こうぜ……当面の目標はライラのDランク昇級だな!」

「「おー!!」」「はいはい、さくっと追いついてやろうじゃない」


 二人は元気よく手を上げ……ライラも満更でもないというように、楽しそうに口角を上げ微笑んで見せた。

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