第二十三話 覚醒する霊刀
驚くことに、刀と大鉄鎚の激しい打ち合いは、こちらの圧倒的な優勢に傾いていた。
「ごぁぁあっ、な、なんなんだその刀はぁッ! どうして折れねえ! 刃こぼれすらしねぇだと!?」
賞金首のウルガンが、恐れたようにわめきたてる。
その畏怖も当然。今この手に握る薄紅の刃は火花散れど欠けもせず、自重の数十倍の金属塊をやすやすと受け止めている。
柄頭から先まで、まるで一本の棒であるかのように揺るがないその刀身の頑強さに、使用者の俺すら目を見張っていると、頭の中で霊刀クウが得意そうに笑う。
(ふっふ~ん、なっ、すごいじゃろ? そろそろ我の強さを崇め奉ってもよいのじゃぞ? にゃーっはっはっは!)
(っ、思考を読んでんじゃねぇ! ついでに人の頭の中で爆笑すんな!)
(ふわはは、先日の貢物のせいで、我の力も多少は戻っておるからの~! 主の思考など、だ・だ・も・れじゃ~! 愉快じゃのう!)
(うっぜぇ……あれはお前が勝手に食いやがったんだろ!)
クウが言うのは、先日倒したジュエルビーストの灰の中から見つかったドロップ品のことだ。下層街の孤児ネミルたちが、セインと合流した時にそれをわざわざ届けてくれたのだが、クウはなんとひとりでに鞘から抜け出すと、刀身から伸ばした手でそれを奪い取り、食ってしまった。
おかげで力をいくらか取り戻したようだが、人の思考まで読むとは聞いていない。俺はうるさい高笑いにイライラさせられながらも、しかしその性能には本当に戦慄する。
あの大きな鉄鎚が受け太刀するだけでどんどんぼろぼろになってゆき、ウルガンの奴も異様な光景に顔を青ざめさせている。
「な……なんなんだァ。ひ、卑怯だぞテメェ、そんな業物、どこから……!」
(俺も知らねぇんだって……)
(前に言ったじゃろ、メイゼン産じゃと。しかもあの国でしか取れぬとびきり希少な鉱石を膨大な工程を経て鍛造したのが我なのじゃ。本来なら限られた物しか目にすることもできぬほどの至高の一品! 触れられることを誇りに思うがよいぞ!)
クウの仰々しい説明に、俺はかつてエニリーゼから聞いた話を思い出す。
――南方国家メイゼンとは、俺たちのいるこの大陸とは別に浮かぶ、ふたつの島の内のひとつだ。
こちらとは違った特徴的な文化を備え、太主という神の化身の末裔だとかいう胡散臭い存在が治めており、本来行き来は困難。
険しい海流が行く手を阻み、正常な国交も開かれておらず、こちらに伝わっていない技術や未知の素材のひとつやふたつ、あって当然とも言えるだろう。ごくたまにエニリーゼのような、そこ出身の流れ者がこの大陸にやっては来るが、魔族よりもその数は余程少ないという――。
それを読み取り、複雑そうな顔をしたクウはとんでもない事実を明かした。
(ちなみに言うとの、エニリーゼというのは偽名じゃぞ? 本名は、アズサ・クラウチというのじゃ。あやつめ、護り手の立場を放棄して我を持ちだし、あんな鍛冶屋へ置いていきよって……)
(偽名!? まったく、とことん謎の多い女だな……)
新事実が俺の頭を混乱させたが、今はふたりの馴れ初めより、目の前の敵の片付けが大事。
「わりぃが、このまま押し切らせてもらう!」
「ひっ!」
意識を絞り、攻めに転じる俺。
少し気を纏わせただけで、瞬く間にウルガンの大鉄槌が三本に別たれ、奴は柄だけになった武器を両手に震えあがった。
「ちっ、ちくしょうが!」
だが、賞金首だけあって、往生際の悪さだけは一人前。手に持つ柄を俺に投げつけ間合いを取ると、奴は先端の金属塊を地面に打ち付けて叫ぶ。
「へへへ、《グラウンド・ブレイク》!」
槌術スキルで発生したのは、地面を打ち崩す扇状の衝撃波。
それをめくらましにして逃げ出したウルガンが嫌な笑みを浮かべるのを見て、俺の背中に緊張が走る。
(まずい! あっちには……リュカとチロルが!)
チロルとリュカの力ではあの男を止められない……。
子供たちを人質に取るつもりだと判断した俺は必死に後を追うが、そこで計算外のことが起きた。
「うわぁぁぁん、怖いよ、助けてぇっ!」
「ま、待って、わたしたちは――っ!?」
折り悪くパニックに陥った子供がこちらに駆けて来る。追っていたチロルがその子を捕らえた時には、もうウルガンの目の前だった。
奴が武器を振り上げる。
「げへ、へへへへ。丁度いい、どうやら運に見放されてはいなかったようだぜ! ……だがなぁ、人質なんざひとりで十分なんだよ」
「――ぁ、いゃぁぁぁぁぁっ!」
子供を庇ってその場にへたり込んだチロルが、悲鳴を上げた。
彼らとは距離が開き、とても間に合わない。俺の頭は焦りで乱れ、思わずクウに怒鳴る。
「くそっ、クー! こないだみたいに力を貸してくれ!」
(誰がクーじゃ! ク・ウじゃ!)
「どっちでもいい! あいつらを助け――」
(焦るな……)
だが、その後訪れたのは時間が切り取られてしまったかのような不気味な静寂だ。その中で、刀の中の彼女は感情が凍りついたような瞳をこちらに向ける。
(……助ける、か。ならば問おう)
(んなこと言ってる場合じゃ……)
(案ずるな。今はお主と我の思考に携わる時を大きく引き伸ばしておる。その証拠に今、お主も周りも動いてはおらんじゃろ?)
彼女の言う通り、時が凍ったように周囲の光景もウルガンの身体も停止している。
俺自身も指一本、口の先すら動かせないのに気付き、頭の中での会話にようやく専念する。そして彼女は静かだが、はっきりとした問いかけを発した。
(お主も見たはずじゃ……我の力は零と一の狭間の無限を操る、実なき術。そのようなもので一体なにを成そうとする?)
(零と一……無限? わけわかんねえ。もう少し具体的に言ってくれ)
(察しの悪いお主のために、もう少し詳しく教えてやる。……メイゼンには古来より、三つの霊刀が奉じられておった。万物を生み出すユイ、塵すら残さず消し去るレイ、そして、我、クウはそれらの狭間、無から有、有から無への過程の操作を司っておった……)
(また小難しいことを……)
他ふたつの、生み出す、消すというのはまだ直接的でわかりやすいが、肝心のクウの力というのはよく理解できない。すると彼女は、概要をさらにくだいて解説してゆく。
(想像せよ。この世の中の万物――あらゆる存在には強度や、数値的な強弱が設定されておるとする。例えば、耐久性。仮に紙であれば一、鉄であれば百であるとしようか。当然、紙は簡単に切断できるが、鉄を割るにはかなりの労力が必要となるじゃろう。しかし、その数を操り、紙と鉄の耐久性を同等にできるとすれば?)
(……もしかして、鉄だろうがなんだろうが、簡単に切れちまう、ってことか……? それじゃこの間の技は)
(さよう、我が力により刀身が触れた部分の耐久性を限りなく零に近づけ、弱体化させた。なんの抵抗もなく刃が入ったじゃろう?)
彼女は頷く。ジュエルビーストの身体を簡単に断ち切れた絡繰りが明らかになり、俺はごくっと喉を鳴らした。
(そんな風に、全てを操れるっていうのか……?)
(いいや。無論できぬことも多い。大きな力を使おうとするほど、膨大な魔力が必要となるのでな。そのために我は魔物の一部などを所望したのじゃ。しかしそれを差し引けど、人の手に余るこの力。お主がそれを望むのであれば、この力を持ちてなにを成すかを我に認めさせねばならない)
(だから、言っただろ! 俺は仲間を助けたくて……)
クウは表情を変えず、静かに遮る。
(今はな。じゃが、この力を持ちその価値を理解した時、果たして私欲のためにそれを振るわぬとお主は誓えるか? 大きな力を正しきことに使うと、なにを持って証明するのじゃ?)
そんなこと、俺にわかるはずもない。チロルを助けようとするのだっていわば個人的な、大切な人を失いたくないという希望に過ぎない。もしそれを、なにか世界にとって大きな影響を与えるものと天秤に掛けたとしても、俺はチロルの身柄を選ぶだろう。それは、正しいとは言えない気がする。
(正しいって……なんだよ)
なにが正しいだなんて禅問答みたいなものだ。人によって答えは違うし、俺は世の中の大勢を助けたいと願うような善人じゃない。彼女の認めるような答えなど思い浮かばず、結局俺は素直に思ったことを伝えるしかなかった。
(責任なんか持てねえよ。証明も出来ない。俺はそんな大層な力を振るえる人間じゃない)
(ならば、これ以後力は貸すことはできまい……)
クウはかぶりを振り、冷淡に拒絶する。だが……。
(待て。それは……困る)
(は……?)
俺はここで諦めるわけにはいかない……。未だ約束も叶えていないのに、ここでチロルを見捨てるなんて、絶対にありえない。
(俺はあいつを助けなきゃならない、どんなことをしようとだ。だから、お前が力を貸してくれないと、非常に困るんだ)
(……駄々っ子のようなことをいうのう)
(そもそも、お前自身はどうなんだ?)
(我がなんだというのじゃ?)
(力の持ち主のお前にとっての正しさ――お前がなにをしたいんだってことだよ。認めるってのは、世界や国をどうこうしたいと願えば満足すんのか? 誰かを助けたいなんて個人的な願いじゃ、ダメなのか? 今まで、ひとりでどこかに閉じ込められていたのか知らないが、エニリーゼが連れ出してくれて、色んな場所を巡って、お前自身は、なにかをしたいと思わなかったのか?)
(我の、したいこと……とな?)
不思議そうに目を瞬かせる彼女に、俺は自分なりの考えを語る。
(それが分かってないから、お前は俺に尋ねてみたんじゃないのか? ……お前の力は、お前自身の物だろ。重大な役目とか責任とかもあるのかもしれない。けど、今は一旦忘れてさ、それをはっきりさせろよ」
(ふむ……)
(考える頭は持ってんだろ。なら、お前がしたいことのために、その力は使われるべきだと俺は思う。んでさ、もしまだそれがわかってないのなら、交換条件ってのはどうだ?)
クウは訝しげな顔でこちらを睨む。
(……お主は我を誑かそうとしておるのか?)
(違うよ。まあ聞け。俺はお前をこれから色んなところに連れていって、色んな体験をさせてやる。きっとその道中でお前にとっての、大切なものが見つかるはずだ。その代わり、今だけでもいい……力を貸してくれ、頼む!)
俺は心の中で深く頭を下げ、それを受けてクウは、ぼんやりと考え込むように呟く。
(……我の願い、か)
反応としてはささやかなものだったが、声音はどこか高揚する気分を隠しきれていないように思える。もう一押しなにかがあれば……。
(好き嫌いはあるんだろ? なら、俺が色々な魔物の素材を集めてやるよ。協力してくれりゃ三食昼寝付き、世界を巡る自由な物見遊山の旅ってわけだ。悪くないだろ?)
俺が彼女に対して提示してやれることと言えば、それくらいだ。
そんな冗談めかした俺の言葉に……彼女はやっと渋面だった表情をわずかな笑みへと変える。
(……お主は、面白い男じゃ。そうじゃな、せっかく外に出て来たのじゃ。少しだけなら、よいかもな。うん……。……よし、始めて我の意志で、力をお前に貸すことにする。後悔は、しないな?)
(ああ、絶対しない)
(ならばよい……では、ゆくぞ)
俺に迷いが無いのを確認すると、クウは手を合わせた。刀を持つ右手が熱を帯び、激しく銀色の光が瞬くと、同じものを纏った彼女が厳かに告げる。
(【
なんの呪文かは知らないが、それと同時に異物感が生じ、なにかが首周りに装着される。
そしてクウは晴れやかで少女らしい笑みを向けた。
(……これでお主は正式に我が持ち主となった。よろしく頼むぞ、主殿)
(ああ、よろしくな、クー)
(ク・ウじゃ。何度も言わせるな。まったく……)
だがこうして穏やかに挨拶を交わしている余裕は無い。
(っと、わりぃが……先に今の状況をどうにかしてもらわないとな。できるんだろ?)
(誰に口を聞いておる。ではゆくぞ! 《無限術・
永い停滞の時間が解除されると共に、刃から細く伸びる灰色の光が俺とウルガンを繋ぎ、その上に数字が表示される。
(これは!?)
(奴との距離じゃ。これを限りなく零に近づける。後は煮るなり焼くなり好きにせい!)
(――っぉぉ!?)
数字が恐ろしい速さで減少していったが、もう俺はそれを見ている暇は無かった。光の上を高速でスライドしてゆく体を必死に安定させつつ、刀を振りかぶる。
その時もう、ウルガンの腕はチロルの頭目掛けて振り下ろされるところだった。
背後から急接近してそれを寸前で弾き飛ばし、奴の後ろから刀を振り下ろす。
「――人の仲間に手ぇ出してんじゃねぇーッ!」
「ながっ……テメェ、どうやっ……! うげぁぁぁ――ッ!」
鋭く叩きつけた刀身に、ウルガンは白目をむいて悶絶した。
巨体が崩れ落ち、その場に倒れ伏す。
衝撃で、我に返ったチロルが、恐怖で固まった顔に涙を浮かべる。
「はっ、はっ……テ、テイル……さぁん? わたしっ……う、うわぁぁぁん!」
そして彼女は俺に思いきり抱き着き、大声で泣きだした。
「バカ……気を付けろよ! 本気で心臓が縮んだだろ!」
「ごめん……なさい! ひぐぅっ……ふぇぇぇん」
「チロル~!」
声を聞きつけたのか、リュカがあわててこちらに走ってくる。
「な、なんかあったの? だいじょぶか、チロル? よしよし……」
「ちょっと危ない目に遭っただけだ。それよりリュカ、他の子供たちは?」
「う、うん……そうだ、怪我してる子がいる。ララ姉は?」
そういえば、ライラも手下の男と交戦していたはずだったが、いったいどうなっただろう。
「……チロル! 大丈夫!?」
こちらも叫び声に反応したのか、少し離れたところから彼女が駆けてくるのが見えた。
後ろには、手下のドビーとかいう男がボロボロの状態で、魔力で生成したロープにぐるぐる巻きに縛られ、引きずられている。相当の恐怖を味わったのか、彼は苦悶の表情を浮かべ気絶していた。
「そっちも終わったみたいね。ああ……これ? ちょっと痛めつけたらすぐに寝ちゃった。もう少しお仕置きしてあげても良かったんだけど……」
「お、おう……」
ふんと鼻を鳴らすライラはちょっと怖かったが、これで一件落着だ。俺たちは拘束した奴らを置いておくと、リュカの案内に従って子供たちの元に向かう。
そんな様子を刀の中から見ていたクウが呟いた。
(あの女は……?)
(ん? ああ、ライラって奴だけど。記憶を失っててさ。……それを取り戻すために俺たちと旅をしてるんだけど。そっちにはいなかったか、魔族?)
(……そうか、お主たちは知るまいな。……少しばかり気を付けておいた方がよいと思うのじゃが、まぁよい。契約に大分力を使ったからの、また少し眠る。主殿、後でなにか魔力を補給できるものを用意しておくのじゃぞ)
(ん? ああ、助かった。ありがとな)
どうにも引っかかる言い回しをした後、刀を取り巻いていた光はスッと消え、クウは沈黙した。
「――あにきーっ! なにしてるのーっ?」
「……わりぃ」
遠くではリュカが催促しており、俺はすぐにその場を小走りに離れた。
彼女の言葉は気になるし、エニリーゼがこれを俺に託した理由もわからないが、これから一緒に旅をするのなら、またいずれちゃんと尋ねる機会もあるだろうから。
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