第二十四話 楽しみな未来

 賞金首ウルガンを倒した後、奴らの根城となっていた洞窟の奥の小さな空間に詰め込まれていた二十人程の子どもを連れて、俺たちは外へと出る。


 チロルやリュカも軽い怪我などの応急処置などはしてくれていたようだが、何人かひどい熱を出している子どもたちがおり、ライラのヒールでも症状の改善しか見込めないので、街に戻り医者に見せるため、できるだけ先を急ぐ。


 洞窟を出ると、数時間ぶりの日差しが目に突き刺さった。戦闘は終わったようで、野盗たちはことごとく捕縛されていた。


 入り口にたどり着いた俺たちを、《灰被り鼠グレイ・ラット》の面々が出迎え諸手を挙げて歓迎すると、子どもたちは涙ぐみ、抱き合ってお互いの無事を祝う。


 激しく戦ったのか、体中を傷だらけにしたアルトロがこちらにやって来た。


「ありがとよ、手下も中々手強くてな。あんたたちに頼んで正解だった……!」

「賞金首は奥に転がしてある。体調を崩してる奴らがいるから、早く戻らせた方が良さそうだ」

「ああ、こっちで預かろう。賞金首も後始末はしっかりやっとくよ。そんじゃ、早速戻るとすっか。なにか急ぎの事情があるみたいだったからな。……よしおめーら、勝利の凱旋がいせんと行こうぜ! 勝鬨かちどきを上げろ!」


 ウインクしたアルトロが腕を突き上げると、それに応えるように勝利の雄叫びがひびき渡る。


 俺たちは灰被り鼠グレイ・ラットの面々に背中に背負った子どもを引き渡すと、彼らに案内された馬車に乗りこみ、窓から喜ぶ人々の姿を眺めた。


「えへへ……よかったね! みんな嬉しそう!」

「は、はぅ~! 頑張ったかいがあったのです……!」


 両手を頭の後ろで組んで、誇らしげに言うリュカと、赤い目を潤ませたチロル。


 達成感に包まれた下層街の人々を祝福するように、遠くでは沈みゆく太陽がハルトリアの街を照らし茜色に輝かせていた。



「へえ、これがテイルの作る作品のモチーフになるのね……素敵」


 ライラが布に包まれた宝石を目にして言う。彼女だけが後から合流したため、これを見るのが初めてなのだ。


 《竜の涙》――砂粒程の小ささで十倍のダークエメラルドをも凌駕する価値の石。しかも指先くらい大粒のものが今俺の手の上に乗せられている。それは透明だが、ダイヤモンドとは違いオパールのように温かな虹色の光を放っている。


「若え頃の旅はしとくもんだよな。そいつぁ、たまたま冒険者からカードの賭け代がわりに随分と昔にいただいたのさ。いつかふさわしい女でもいりゃ、婚約指輪でもこさえてやろうなんて格好つけて見たものの、いつのまにかもうこんな年でさ。でもあんたらみてえなのに使ってもらえるなら、このまま仕舞っとくよか断然価値がある」


灰被り鼠グレイ・ラットのアジトで、アルトロは気前よく金庫から取り出したそれを俺の手に握らせ、そしてニカッと笑う。


「噂に聞いたぜ。中層街で無理やり奴隷にされちまったマガビトの娘を助けようと、30万金貨を揃えるって大見え切ったバカがいるってな。悪党が目の前の金貨に唸る様を考えただけで胸がすくねえ。……頑張ってくれよ、成功したら総出で盛大に祝ってやるからさ。他にも協力できることがあればなんでも言ってくれ」

「ああ、その時は頼りにさせてもらう。世話になった」


 俺はアルトロと握手を交わし、そのまま踵を返そうとしたが、最後に彼は低い声で忠告する。


錆鎖ラスティ・チェーンだけには気を付けるんだぜ。今回の誘拐にも奴らが関わってたみたいだしな。名前はそこかしこで聞くくせに、未だアジトの場所も構成員の多くも判然としねえ、得体の知れねえ奴らだ。もしかしたら……奴らは上層街、貴族連中とも関わりがあるかも知れねえ」

「悪いが、俺たちはこれ以上あんたらの抗争に関わるつもりはねえよ」


 ライラの視線も痛いし、俺自身も本当は街の暗部などに関わらず、健全な冒険者生活を楽しみたいのである。その辺りはきっちりと線引きをしておかなければならない。


「……そうかい。ま、忠告だけは受け取っておいてくれ。じゃあ、達者でな!」

「ああ……」

「――テイルの兄さ~ん!」


 彼との別れを済ませ、俺たちが灰被り鼠グレイ・ラットのアジトから出ると、セインたちが駆け寄ってくる。その中には、ネミルがいなくなったと言っていた仲間たちもおり、その代表のオルズという少年が頭を下げる。


「テイルさん……本当にありがとうございました。ほら、お前たちも」

「「お兄ちゃん、お姉ちゃんたち、ありがとうました!! これ、どうぞ」」


 彼らが笑顔でどこから探し集めてきたのか、手製の綺麗な花束を手渡してくれて、俺たちはその気持ちを素直に受け取る。


「おう……ありがとな。家にでも飾るよ……リュカ、食うんじゃないぞ?」

「失礼だよあにき、匂い嗅いだだけ! おいらだってプレゼントのお花は食べないもん! ちょっと、美味しそうなのもあるけどさ……」


 ぷいと顔を背けるその仕草に笑いが広がり、それが収まるとオルズ少年がキラキラした瞳で俺を見上げた。


「俺……大きくなったら絶対に兄ちゃんみたいな冒険者になるよ!! 強くなってお金を稼いでさ、下層街の小さい奴らを助けてやりたいんだ」


 他にも同意するように頷く者が何人もいる。セインと言いこいつらといい、結構生意気なことを言うけど……貧しい状況でも自分たちで工夫して生きて来た彼らだ。案外立派になって、俺たちなんか及びもつかない英雄になってみせるのかも知れない。

 

 そんな彼らを、すっかり一人前になったつもりのチロルたちが諭す。


「冒険者としてやっていくのは大変なことなのですよ~! もし、あなたたちがどうしてもなりたいのなら、何年も体を鍛えて、自分にできることを探して、立派な大人にならないといけないのです!」

「そうだぞ~、かんたんに冒険者になるなんて言ってもダメ! 毎日走ったり、戦いの訓練したり、すんごく頑張らないと強くなれないんだからな! わかったか!?」

「「は~い!」」

 

 下層街でみなしごの彼らの未来は、この先もきっと平坦なものではあるまい。


 それでも、なにか良い出会いがあることと、努力がいつか実を結ぶことを願うばかりだ。ウルガンの賞金はアルトロに預けてある。彼ならうまく、孤児たちを助けてくれるだろう。


「お前ら、生まれだけで勝負を決められんなよ。お前らの人生だ、今はなにも持ってないかも知れねえけど、試行錯誤したり、人真似だっていい。必要なものひとつひとつ自分で探して集めてけ。それが学ぶってことだ。それを続けてりゃいつかきっと、代わりのいない自分ってのが見つかるはずだからさ」


 俺の言葉に彼らは力強くうなずき、オルズが言う。


「うん、俺たちこんなところだからって、全然諦めないし……それに、皆がいるから。こいつらと一緒に絶対、生き方を選べるよう強くなってみせるよ!」


 この下層街には、貧しくたってなにかを自分たちで変えていこうという活気にあふれている。それがなによりも、彼らの目的を成し遂げるための支えとなってくれるはず。俺はそう信じ手を差し出すと、子どもたちと握手して背を向けた。


「その意気だ。じゃ、またな」

「「「助けてくれて、ありがと~!!」」」


 気付けば、後ろには大勢の人たちが集まっており、笑顔の彼らに見送られながら俺たちは下層街から、元来た道を辿ってゆく。


「彼らみたいな子たちが……いつか街を変えていくのかもね」

「ああ、きっとな」


 それを見ていたライラはどことなく嬉しそうにしていたが、俺と目が合うと、またツンと顔をそらす。すっかり機嫌を直してくれたのかと思ったが、どうやらまだお許しはいただけないらしい。


 ――ともあれ探し物が見つかり、本番はここから。最高のアクセサリーを作り、ピピを助けるため……今から俺は孤独な戦いへと全力で挑むのだ。

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