第二十二話 賞金首ウルガン

 木々が茂る深い森にさしかかり、孤児たちの救出部隊一行は一旦停止して、アルトロが直接指示を下し始める。どうやら洞窟はもう近いらしい。


「40……いや、50人ちょいってとこですか。今洞窟の中にいる奴らの数は……」

「よし……こっちは100人はいる。手筈通り、半数は洞窟から少し離れて待機させ、残りで突っ込む。気合入れろよ、おめえら」


 一定範囲内の人間や魔物を感知できるアビリティ――《察知》を持つのは、確かセインの案内の時に見た初老の男だ。彼の能力で、内部の様子を確かめたアルトロは部隊をいくつもに分け洞窟の周辺に放つ。もし野盗たちが別ルートで逃走するのを確認できた場合、呼び笛を鳴らし、ただちに集合して追い詰める予定だという。


「じゃ、あんたらはさっき言ったように《隠蔽套ハイド・クローク》を付け、見張りを始末して中に入ってくれ。それが確認できたら俺らもすぐ突っ込む。中のガキどもは任せたぜ」

「ああ……わかってる」


 俺たちはそれぞれ灰色の外套を手に取り、身につけていく。


「これで、姿消えてるです?」

「わぅ……ちゃんと見えなくなったよ、不思議! けど触れる。なんかやらかいな……」

「ちょっ……はぅん!! リュカちゃん、変なとこ触らないで! ダメです! ひゃぅ……」

「この子らは……遊んでないで、とっとと被れ!」


 気が抜けるから止めて欲しい。おそらく俺と同じことを思ったライラが、リュカに頭から無理やり外套を被せると、彼女は目を丸くして笑う。


「あっ……チロルが見えるようになった! おもしろ~い!」


 同じ外套を身につけたものに隠蔽は聞かないらしく、着脱してはケラケラ笑うリュカ。それを恥ずかしそうに体を抱えたチロルが後ろから刺すような視線で睨む。


「後で、覚えてるです……!」

(がんばれ、チロルよ……)

 

 いつもしてやられる側の彼女にエールを送りながら俺も袖を通し、晴れて無事全員の姿が消え、準備が出来たところでアルトロに合図を告げた。

 

「……それじゃ、俺たちは先行するよ」

「ああ、よろしく頼むぜ」


 もう彼らにはこちらの姿は見えないらしく、あらぬ方向に視線が向いている彼らの姿を少しおかしく感じながら、俺たちは行動を開始する……。


(さて、ここからはなるべく音を立てないように行くからな。声を出すなよ)

(れっつすに~きんぐなのです……!)

(すに~……?)

(いいから、口にチャック)

(ふわぃ……)


 ライラに左右から頬を引っ張られ強制的に黙らされたリュカが悲しそうな鼻声で返事をし、足音を立てないようゆっくり洞窟に近づくと……外側に男がふたり立っているのが見える。


 あれが見張りだろうが、警戒は緩そうだ。ひとりは土壁に寄りかかって船をこいでしまっている。

 

(ライラ、無力化できるか? 左の男を頼みたいが)

(……はいはい、やるわよ)

(おお……、そういう使い方もできるのか)


 まだ少し不機嫌ながらも彼女は大人しく従い、なんと魔力で地面との間にクッションを作り、ほぼ無音のまま男たちに近づいていった。魔力の物質化は本当に便利だ。


 俺も感心しながら、忍び足で接近……そして見張りたちの背後に佇むと、息を合わせ同時にアルトロから貰った薬を付けた布で、男たちの口を塞ぎ眠らせる。ロープとさるぐつわで拘束した彼らを近くの茂みに転がすと、リュカたちを手招きした。


(格好いいのです……おふたりとも、腕利きスパイみたいなのです!)

(こーさくいん! こーさくいん!)

(頼むから騒ぐな……! よし、他は誰もいないな)


 ほめそやすふたりを軽くはたいて黙らせ、俺たちは洞窟内に踏み入る。

 入り口は薄暗く……奥まで見通すことが出来ない。明かりをあえて点けていないのは、もし敵が侵入した時内部で迷わせて時間稼ぎをする意図があるのか。


(ここからはリュカ、お前が頼りだ。よろしくな)

(うん! こっちだ……)


 夜目と鼻の効くリュカに先導を任せ、しばらく俺たちが歩いていくと……やがて明かりでぽつぽつと照らされたエリアが目に入ったので、リュカの肩を叩いて止めた。


(この辺りが奴らの本拠地らしいな。少し、この辺りで待機しよう)

(おっけー)


 外で騒ぎが起き始めたのが聞こえ、俺たちは洞窟の窪みに身を潜ませる。

 少しして異変に気付いたひとりの野盗が走っていき、泡を食って戻ってゆく。


「やっべぇぞぉぉぉぉ……攻めて来やがった! おぉい、おめぇら敵襲! 敵襲だァァァ……!!」


 ――ビュィィィィィ!


 耳障りな音を出す笛をそいつが吹くと、たちまち奥から大勢の野盗たちが武器を手に走ってゆく。その数を俺はざっくりと数え、40に達し後続が途切れると行動に移る。


(賞金首は出て来なかった。多分奥だな……そろそろ行くぞ)

(外套の魔力がもうないわ。効果が消えちゃうかもしれない)

(急ごう。リュカ、先導してくれ)

(うん。多分こっち!)


 ライラの指摘に小走りになる俺たち。リュカの案内は迷うことなくスムーズで、いくつかの小部屋を経由した後彼女の背中越しに広がったのは、先程までより一回り大きな空間。いくつか横穴が有り、そこかしこに生活物資やゴミが散らかっている。


 中央ではふたりの男が慌ただしく金品をそこかしこから持ち出し、荷物袋に詰め込んでいた。


(賞金首ですね……)

(ああ、間違いない)


 チロルの指摘通り、内ひとりはあの人相書きに出ていた《大鉄槌のウルガン》とかいう男だ。背中に金属製の巨大なハンマーを背負っているし、間違いない。


「お、お頭、どうすんですか!? やべえっすよ!」

「出口は一個しかねえんだ。あいつらが戦ってるスキに、どさくさに紛れてとんずらこくに決まってんだろ! くっちゃべってねぇで、とっとと袋に金目の物を詰めやがれ!」

「へ、へい! ですが、《錆鎖》の奴らとの契約は……」

「仕方ねえだろが、破棄だ破棄! 手下も金も、俺さえ無事なら後はどうにでもなるんだよ!」


 どうやら、子分たちは放っておいて自分たちだけ姿をくらますつもりだったようだ。


 《錆鎖ラスティ・チェーン》――アルトロの言っていた非合法の仕事をこなす闇ギルドとも関わりがあるようだが、小物臭さが行動からにじみ出ていて見ていて虚しくなる。こんな野盗崩れになにを期待するものでもないのだろうが。


 とはいえ賞金首、このまま逃がして出入り口のアルトロとぶつかれば被害が出る可能性もある。叩くならここだ。


(どうするの?)

(この場で無力化を図る。リュカ、子供たちの場所は分かるか?)

(うん……!)

(チロルを連れて、子供たちの治療と、動けるように解放をしてやってくれ)

(わ、わかりましたです)

(頼むぞ。それじゃライラ、俺たちであいつらを引き付けるぞ)

(ええ……)


 俺たちの姿がうすぼんやり明滅し始めた。もう《隠蔽套ハイド・クローク》の効果はいくばくもない。急いで脱ぐと、先に俺たちが物陰から飛び出して注意を引きつけた。


「お前ら、黙って逃がしてもらえると思うなよ……!」

「てぇっ、てめぇ!? どこから出てきやがった!」

「聞く意味あるか? とにかく、大人しく捕まれ。そうすりゃ無駄に危害は加えない」

「そっちのあなたもよ……」

「お、お頭ぁ……」


 手下の男は動揺しているが、《大鉄槌のウルガン》だったか、賞金首の方は、背中の武器を構えふてぶてしい笑みを浮かべる。


「へ、へへ……舐められたもんだよなぁ、たかがふたりで。この大鎚がどれだけの野郎ども頭をかち割って来たか知らずによぉ……! ドビー、おめえは女の方をやれ!」

「へ、へぇ……わ、悪く思うなよ別嬪の姉ちゃんよ!」


 手下もナイフを取りだしライラに向けた。


 逃げだそうとしていたどの口でそれを言うのかと思うが、俺たちを見ていきなり強気に出た野盗どもに、反射的に憎まれ口を返す。


「……下衆な仕事専門の肉団子とその手下なんぞ知るわけねえだろ。そんなに割るのが好きなら鉱山でツルハシでも振るか、団子らしくころころ転がって岩に自分の頭でもぶつけとけ!」

「な……んだと!? この、地味顔野郎が、この美男をよりにもよって団子とは……。形も分からなくなるほど挽き潰してやらぁ……!」


 奴は禿げた額に血管を浮かべ、俺に向けて飛び掛かってきた。

 その動きは機敏で素早い。曲がりなりにも賞金首、舐めてかかると痛い目に遭いそうだ。振りかぶった大鎚が、風を巻いてうなる。


 砕かれる前の地面から飛びのき抜刀すると、俺はライラに声を飛ばした。


「っと……ライラ、手下は任せるぞ!」

「はいはい。あの子たちにやらせるわけにはいかないからね……!」


 ライラも、奴らの行いには怒りを感じているらしく、体から紫色の魔力を放出する。


「へへ……あんた魔族って奴か? 多少は魔法が使えるようだが……こっちも遊んでる暇はねえ、とっとと死んでもらおうか! 《ウィンドカッター》!」

「……救いようのない……!」


 手下のナイフ男が放つ風魔法を、彼女の魔力をこめた手刀が散らす。

 見ていられたのはそこまでだった。ウルガンの野郎が下品な笑みを浮かべ、横に構えた大槌ごと体を回し出したからだ。


「ゲハハ……そんなナマクラ、俺様の一撃で体ごと真っぷたつにしてやるわ! くらえい!」


 遠心力を利用した回転が、勢いを徐々に増しこちらに接近してくる。

 鎚術スキルLV35――《ウィールウインド》。


 まともにこの細い刀で受ければ、いかに強固な金属で造られていたしても無事では済むまい。

 俺は舌打ちしながら飛び退り、その一撃を躱す。

 

「威勢がいいのは口だけか? どこぞの冒険者が、大方賞金目当てで身のほども知らず挑んできたんだろうが! 今なら、身ぐるみ差し出して謝れば許してやるぞぉ!」

(……言いたい放題言いやがって!)


 奴のスキルの途切れを狙って攻める。そんな心づもりは、ここでもまた頭の中に響いた声に中断される。


(うるさいの……なにを騒いでおるのじゃ? ふぁぁ……)


 ――スッ。


 薄ぼんやりとした黒い光が刀身を包み出し、そして映り込むのは、この霊刀の魂であるとかいう、クウとかいう少女の姿。


(なんじゃ、あんな程度の相手に手間取るとは。お主雑魚だったのかえ? ざ~こ、ざ~こ!)

「うるせーよ! あんなゴツイのとかち合ったら、刀身がいかれちまうだろが!」

(なにぃ……?) 


 まるで敵のようにこちらを罵るクウは、俺の言葉に切れ長の目をすぼめる。


(舐めるでないわ! 我が刀身は《真朱銀ヒヒイロカネ》製ぞ!? あんな雑な造りの肉叩きごとき、屁でもない! よーっぽどお主の腕がポンコツでない限りはな~!』

「……言いやがったなぁ。壊れても知らねえぞ……!」


 未知の金属に興味を惹かれつつ、煽りに青筋を立てた俺はクウを握り込むと、切っ先をウルガンに向けた。そこまで言うならどれほどのものか試してやる。


「待たせたな肉団子、体は温まったか? 料理の時間だぜ。なにと一緒に茹でられたいか、考えとけ!」

「まだ言いやがるか! 二度とその口きけないよう、念入りにすり潰してやるぁッ!」


 互いの怒りと共に、振りかざされた得物が空間の真ん中で激突した――。

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