第十二話 いわれなき襲撃

 今、小さな茂みの陰に、俺達は隠れている……。

 Dランクになった俺達が今日訪れているのは、ミルキア南側のとある森だ。


 依頼のついでではあるが、あわよくば、この近くで出るある特殊なモンスターに出会えれば……という狙いもあった。


 クリスタという魔物の亜種、ホワイトクリスタ――無機物系に属するモンスターで、八面体をした鉱物の結晶のような体はどういう原理か知らないが、宙に浮いて移動する。


(……あっ! あれなの?)

(ああ……) 

(不思議な魔物なのです……。ほわっと浮いてて……)


 運よく木々の向こう側から浮遊して来たそれを見かけた俺達は、息を潜めながらそれが近づくのを待つ。


 悪いが今回は、二人はお預けだ。

 おそらく彼女達の攻撃では、あの硬い殻を傷つけることが出来ない。

 そして奴は、他の魔物がいない状態ではこちらに襲い掛かって来ず、逃げを選ぶ。一撃で仕留める必要があるのだ。


 こちらの攻撃が届く所までもう少し……そんな時だった。


 ――へくちっ。


(ばっか……!)


 緊張に耐え切れなくなったのか、リュカが小さなくしゃみをする。

 それと同時に俺は飛び出し、奴は体の中央を光らせて逃げ始める。


 起伏や障害物の多い森の中、浮かんでいる奴の方が移動に有利なのは言うまでもない。


(くそっ……当たるかっ!?)


 じりじりと離されて行く距離を前に、俺は握っていた木剣をやり投げの態勢で握り、投擲する。


 ――ガキンッ!


 《偽槍術・ツムジ》――風をまとい回転する木剣が正確に八面体の頂点へ突き立った。奴は地面に転がりしばらくは点滅していたが、やがてそれは端から灰となる。


「ふ~っ…………。リュカ!」

「ごめぇん」


 口を押さえて謝る彼女を睨みつけながら、俺は灰の中からそれを拾った。

 魔石とは別の、うっすら黒っぽい透明な宝石。


「それが、ダーククリスタルなのです?」

「ああ……」


 チロルがとてとてと寄って来て俺の手の中を覗き込んだ。

 俺がこれを探していたのは理由がある……それはこのパーティに治療師ヒーラーがいない為だ。


 Dランク以降の依頼では、ちょくちょく危険な魔物と出くわすことが多くなる。

 特殊な状態異常を持つような攻撃でなければ、ポーションで間に合う事も多いが、そうでない場合もしくは道具が尽きた場合に頼れる切り札となるのが、魔法による回復手段だ。


 だが現状俺達の中にはそれが可能な人間がいない。


 そもそも専門のヒーラーというのは数が少ない。街中の治療院で勤めるだけでも結構な収入になるのに、冒険者になろうなんていうのは、相当な変わり者……しかも周りから引っ張りだこになる。そんな中で新参のパーティー入ってくれるような人間に出会えることはまず無い為、自前での回復手段がどうしても必要だった。


 そのために俺は、このアイテムを落とすこの魔物を倒しに来たのだ。


「それが、《ヒール》の魔法を使えるようになる装飾品の、材料になるんですね……」

「ああ……本職程の効果は見込めないかも知れないが、魔力が高い人間が使えばかなり深い傷も治療できるはずだ」


 俺はそれを大事に布でくるむと、ポーチに入れた。

 リュカは何だか鼻をこすりながら周囲を警戒し、そしてもうひとつくしゃみをする。


「へへ……へぷちっ」

「リュカ……お前大丈夫か? 風邪でも引いたか?」

「ん~? なんかね、背筋がぞわっとしたんだ。や~なかんじ……」


 鋭い獣人の感覚は無視できない。

 俺も周りを見回してみたが、今は何も見つけられない。


「……取りあえず、依頼だけとっととこなして戻るか。後はファルム茸の採取だけだから、リュカの鼻が頼りだ、よろしくな」

「ん、頑張るよ! ……こっち!」


 ファルム茸――別名火薬茸と言われる物騒なアイテムを探し、鼻を引くつかせて先頭に立つリュカの後に続く俺達。


「……――――!? 二人とも、しゃがめ!」


 しかし、その時言い知れない殺気を俺も感じ、二人に大声で指示、というか押し倒した。


 ――ゴウッ!


 樹々を薙ぎ倒しこちらに迫るのは、紫色の一抱えもある魔力の球体。

 事前に察知したおかげでそれは頭上を通り過ぎ、背後へと消えてゆく。


 そしてそれを放った主が木々の奥からこちらに姿を現す。


「……魔族!?」


 褐色肌に銀髪と紫の目、露出の大きな体のあちこちに特徴的な刻印を刻んだ女は、焦点の合わない目でこちらを見ている。そして、俺の言葉には答えずに躍りかかって来た。


「二人とも、離れて隠れてろ!」

「「はいっ!」」


 邪魔になることを悟った二人が俺達から離れ、女は手に持つ剣――魔力の塊で俺と打ち合う。だが、なんとなく動きがぎこちない……。


 そもそも襲ってきた理由が良く分からない……魔族はこちらの地方では珍しい種族ではあるが、現在人間と敵対しているわけでは無く、個人的に襲われるいわれもない。


 魔族は魔力を武装化するスキルを使用できるらしく、今も魔力弾を片手から打ち出し、反対の手で生成した魔力剣を振るい激しく攻撃を繰り返している。


(くそ、こいつだとちょっと厳しいな……)


 回避には余裕があるが、もうすでに訓練用の木剣はぼろぼろで、攻撃は通らないだろう。

 仕方なく俺は戦闘のスタイルを変えた。


「《偽拳術・レンキ》!」


 剣を投げ捨て、両腕を交差して集中。黄色い光がうっすらと体を包む。

 肉体そのものを武器と化す、本来は拳技スキルで使用できる技能。


 これなら魔力による防御も貫けるはずだ……強化した生身で俺は魔族に打ちかかった。


 機械のような冷たい瞳で襲い来る相手の攻撃をさばく途中、その首元になんとなく視線が引き寄せられて、隙を見て俺は着けられた装飾品を鑑定する。


★★★★ユニーク 怨魔の呪輪 (装飾品)》

 スロット数:2 

 基本効果:魔力-30

 追加効果:【呪い(傀儡化)】【呪い(着脱不可)】


(これのせいかよ!?)


 首輪を取り付けた何者かの命令に従い、俺の命を取りにきたとでもいうのだろうか……?


 魔族は強制的に動かされているのか、息が荒く……このままでは死ぬまで力を絞り出すのかもしれない。そうなっても文句を言われる筋合いなどないが……話を聞く為にも、できれば動きを止めて助けてやりたい。


 新しい魔力球を出した彼女の口から血が垂れ……これ以上は危険だと判断した。

 ダメージ覚悟でそのまま突っ込み押さえ込もうした時……。


 ――ボゥンッ!


 横合いから放たれた火球が魔族の手元に合った魔力球を散らせた。


「テイルさん、今なのです!」「やっちゃえ、あにき!」

「……よくやった!」


 爆炎を目くらましにして魔族の体を羽交い絞めにした俺は、暴れる彼女の首に手を当てて叫ぶ。


「《付与破棄ディスカード》!」


 装飾品細工スキルLV50で習得できる技能……《付与破棄ディスカード


 怪しい黒い首輪から光で出来た文字がすっと飛び出し、風に巻かれるように宙に消えていく。


「…………ごほっ」

「っとぉ」


 途端に力が抜け倒れ込んだ魔族を支え、俺はほっと額を拭った。

 彼女は意識を失っており、目を覚ます様子はない。


「上手く行ったか……」

「……な、何をしたのです?」

「この首輪に呪いが掛けられていたんだ。だから特殊な技でそれを無理やり剥がした。誰が作りやがったんだか、こんなもん……」


 割れて二つになり、女の首から外れたそれを俺は摘まみ上げ、貴重な証拠なので布で包んで鞄に入れた。そしてチロルに礼を言う。


「ありがとなチロル。おかげで痛い思いをしないですんだ」

「えへへ……わたしもたまには、テイルさんのお役に立つのです。リュカちゃんもタイミングを教えてくれたんですよ」 

「そっか。でも二人ともヤバいと思ったら、ちゃんと逃げるんだぞ」

「あにきを置いて逃げるなんて、絶対しないもん!」

「そんじゃ、俺と並んで戦えるようにとっとと強くなってくれないとな」


 ぷいっと顔を背けるリュカの頭を撫でると、彼女は黙って体を寄せて来た。

 久々の強敵だったから心配させたのかも知れない。


 魔族の女は息も浅く顔色も悪い……早く治療院にでも見せた方がいいだろう。


「仕方ない、依頼はまた後日にして一旦帰るか」

「それなんだけど……ほらみて、あにき! 見つけたんだよっ!」


 リュカは、後ろ手に隠していた物を俺に見せる。

 そこには三本のファルム茸。


「お前、さすが幸運持ちだなぁ、偉いぞ!」


 彼女は抜け目なく、ちょうど依頼達成に必要な分を見つけてくれていたようだ。

 俺が褒めてやると、彼女は一声「わぉん!」と嬉しそうに小さく鳴いて答えた。

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