第十二話 中層街露店市

 露店市――快晴の元、日差し避けの色とりどりの帆布タープが貼られた広い市場。ハルトリアの中層街東区にあるここを俺が今覗いているのは、あるアイテムを探すためだ。


 その名を《魔源液マナ・ソース》――なんらかの影響で自然界の魔力が凝縮した時に発生する、魔力溜まりから採取可能な特殊な素材……それがどうしても必要となった。


 魔原液の外見は紫色の粘液といった感じで、相場としては手のひらサイズの小瓶一本で金貨十枚くらいという、なかなかの値段の代物。


 なぜそんな物を探すのかを説明するためには、しばし、先日レティシアさんと行った上層街赤傘区……シルブラウン伯爵家のカトリーヌさんとの会話を思い返さねばならない……。



『――これを修復、ですか?』

『ええ、そうなの……色々な方に頼んでみたのだけど、断られてしまって……』


 挨拶が済んだ後、レティシアさんは、俺を腕利きの細工師でもあると彼女に紹介した。以前に、装飾品の修復について相談を受けたことがあったそうな。


 俺は目の前に置かれた、プラチナの石座ベゼルから外れて砕けたアメジストをじっくりと眺める。指先ほどもある大粒のそれは、中央から真っぷたつに亀裂が入り、見る影もない。


『う~ん……』


 俺は悩む。カトリーヌさんの話によると、この指輪は夫であるシルブラウン伯爵から婚約時に送られた思い出深い品なのだそうだ。


 しかし……普通の宝石は一度割れてしまうと、金属の様に表面を溶かして繋ぎ合わせたりすることはできない。もし接着剤のようなもので無理やり繋ぎ合わせても、返って傷が目立つだけだ。


『やはり、無理なのかしら。他の職人にも再加工はできるが、繋ぎ合わせて元通りにするのは不可能だと何度も言われてしまって……』


 ――残念ながら無理だ。


 俺の顔付きを見て答えを察したのか沈み込むカトリーヌさん。しかし、できないことをできると見栄を張るわけにもいかない。俺は役目を終えたように輝きを失ったそれを、細工道具からルーペを取り出してじっくりと見つめた後、やがて首を振ろうとした。


(ん……?)


 だが、あることに気づくと、もう一度それを凝視して呟く。


『……もしかして……!?』

『おっ、なにかいい方法でも思い付いたの?』

『ええ……』


 肩越しに覗き込んだレティシアさんに俺はうなずく。


『いけるかもしれない。……実はこれ、普通の宝石じゃなくなってて、魔宝石であるダークアメジストに変化してるんです』

『えっ!? そ、そんなはずは……当時の保証書には普通の宝石だと確かに……』


 魔宝石――自然物の結晶である宝石は魔力に馴染みやすく、内部に強い魔力が蓄積することで黑化した場合、そう呼ばれることになる。


 カトリーヌさんは口に手を当てて否定するも、中央から薄っすらと暗くグラデーションがかかるようにぼやけているのは、通常の宝石には見られない特徴だ。


 俺は思い当たるひとつの可能性を挙げる。


『これ、今まで強い力を持つ魔道具とかと一緒に保管されていませんでしたか?』

『確かに……いくつか手持ちの装飾品の中に護身用の魔道具もあったけれど、それかしら』


 彼女は俺の意見を肯定する。であるなら……おそらく間違いない。


『数十年単くらいで強力な魔道具に触れ続けたアイテムが魔力を宿すのはままあることです。おそらくこれが変化したのもそのせいだ。なら……なんとかできるかも知れません』

『本当に!?』


 カトリーヌさんは驚いて口を押さえ涙ぐんだが、俺は一旦それを止めた。


『あくまで希望があるというだけなんで、そこまで大きくは期待しないでください。もし正式に任せようと思われるのでしたら、二週間ほど俺にこれを預けていただけますか?』


 俺みたいな、さして製作者として名が売れていない者の提案。信用できないと一蹴されてもおかしくないはずだが、彼女も他に縋るものが無かったのか、即答に近い勢いで首を縦に振った。

 

『元々見込みがなかったし、あなたに聞いて無理ならもう、諦めようかと思っていたの……。でも、少しでも可能性があるのなら……是非! ああ……神様、ありがとうございます!』


 感極まり、目尻から涙をこぼすカトリーヌさん。

 それを見て、俺も全力を尽くそうと覚悟と決めた。


『わかりました……できる限りのことをさせていただきます』

『ええ……よろしくお願いします』


 そう言って頭を下げる彼女に恐縮しつつ、指輪を預かった俺は、レティシアさんと共に屋敷を出る。


『責任重大だねぇ、テイル君』

『やったことないし、成功する保証はできないんですけどね……。ってか、レティシアさんもこんなことを任せるつもりなら、さきに言っておいてくれれば良かったのに』

『さてね~、知~らない。さあ、帰りは君が前に出て。道は覚えてるんでしょ?』


 確信犯の笑みを浮かべるレティシアさんに愚痴りつつ、俺は作業工程に頭を抱え、屋敷に戻ったのだ……。



 ――魔原液を探す必要ができた経緯はそんなところである。


 さて、俺の思い描いた方法だが……それは預かったなりかけの魔宝石を魔源液に漬け込むことで変化を促進させ、さらに外部から強い魔力を供給することで修復力を強化し再生させるという力技だ。強力な魔力を持つ魔宝石ほど強い自己修復の力を持つようになるから、うまく魔源液が浸透し内部が固着すれば元通りとなる可能性はかなり高い。


 問題は魔力の供給役だが、それはライラに頼むもうと思っている。SSクラスの魔力値を持つ彼女なら、申し分ないはず。完成状態を想像しながら俺は、注意深く露店を見て回る。


 目的の物は比較的すぐに見つかった。

 だが、すぐに手を出してはいけないのが、こういう場所の怖いところだ。


(一瓶8金貨か……妙に安いな?)


 色も記憶にある物とは違って変に薄く感じる。

 もちろん俺は即鑑定した。


★★アンコモン 希釈済魔源液50%(素材)》


 詳細説明:魔力溜まりから採取された、凝縮した魔力が溶け込んだ液体。紫色でねっとりとしているが、やや希釈され効果が薄まっている。


(薄めすぎだろ。安酒場じゃあるまいし、アコギな商売しやがんなよな~……)

「……なんだい兄ちゃん、買うのか買わねえのかはっきりしてくんな」


 品を扱う髭面の男がしれっと俺を睨むので、屈んで悩むふりをしつつ、ギリギリ聴こえるくらいの声で呟く。


(50%希釈か……あんまりやりすぎると、手が後ろに回っちまうぜ?)

(お、おめ……なんでそれをっ)

(鑑定だよ。あそこの兵士にでも通報されたくなかったら、わかるよな)


 俺は親指で肩ごしに立っている衛兵を指す。

 たちまち男は脂汗を浮かべ始め、歯ぎしりする。


(……いくらで欲しい)

(まともな奴を3本、10金貨で)

(ふっざけ――)

「すんませ~ん」


 見張りの兵士がジロリとこちらを見たので男は慌てて口を手で覆う。

 俺が黒い笑みを浮かべて10枚の金貨を差し出すと、男は渋々三本の濃い色の小瓶をこちらに渡して来た。


「ありがとさん」

「……二度と来んじゃねぇ」


 寄ってきた衛兵に、桁を見間違えたと言い訳をして追い払い、俺は店を離れる。

 普通に買えば30金貨程度だっただろうから、大分節約することが出来た。

 抜き打ちで検査なんかも入るのか、ちゃんとしたものも用意している辺り、結構売り手側も心得てうまくやっているんだろうなと思う。


 通報してもいたちごっこだろうし、後はどうぞご勝手にといったところだ。

 魔原液を鞄に仕舞い、他に掘り出し物でも無いか眺めていると、すぐ近くで聞き覚えのある声が上がった。


「――ンだよっ、おい、離せ!!」

(…………セイン?)


 ひとつの露店の前で、デュゴルさんの孫セインといかつい格好の男たちが言い争っている。


「おい、坊主邪魔すんじゃねぇ……そいつ下層民だろうが。んな奴にこんなとこで商売されると俺らが困んだよ」

「縄張り荒らしはご法度だぜぇ……まったく、どこで集めてきたのか知らねぇが、ゴミみてぇなもん売りやがって」

「やめてっ!」


 露店主はまだ幼い少女で、山野から集めて来た花や鉱石などを敷物に置いていたが、それを男たちが足で蹴り飛ばす。


 激高したセインが男に殴りかかった。


「てめぇっ! ……ぐぁっ!」

「でけぇ声あげんじゃねぇ! おい、ここじゃ面倒だ……アジトへ連れてくぞ! そっちのガキもだ!」

「きゃ……むぐっ」


 だがセインは一撃でのされ、気絶した奴と口を塞がれ暴れる少女を拘束し、男たちは素早く露店から出ていった。


(なーにやってんだかあの野郎は……。仕方ねえな、デュゴルさんには恩も有るし、連れ戻すか……)


 セインたちを攫った男たちは体のそこかしこに揃いの入れ墨を彫っていた。

 なんらかの組織で……デュゴルさんにまで迷惑が掛かったらせっかくできた有望な取引先が失われるかも知れない。


 予定外の事態に辟易しつつ、俺は男たちを尾行しだした……。

 

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