第五話 冒険者ギルドあるある

 魔力暴発未遂を起こさせた後、俺はチロルを伴い冒険者ギルドに戻る。


「お疲れさん……報酬をもらったら飯でも行こうぜ」

「本当ですかっ!? 楽しみなのです! ~♪」


 機嫌よく歌い出したチロルの鼻歌……それはしかし、目の前にしたギルドの入り口扉が突然吹っ飛ぶように開いたことで、中断された。


「――あうっ!!」

「ぴゃっ! 何ですかっ!?」


 大慌てで背中の後ろに避難したチロルを庇うようにして、俺は扉から出て来た人物を見やった。


 外の地面に叩きつけられたのは、垂れた犬耳と尻尾が特徴的な、活動的な服装をした長い髪の女の子だ。次いで、慌てた表情の受付嬢ミュラが飛び出して来る。


「――リュカさんっ! 大丈夫ですか!」

「……さわんなっ!」


 リュカと呼ばれた少女は、支えようとした彼女の腕を強く振り払って立つと、扉の奥を睨みつける。


 そこから重い足音を響かせて姿を現したのは、禿げた大男だった。


「おい、テメエのせいで騒ぎになっちまったじゃねぇか。どうしてくれんだ?」

「しるかっ……元々あんたが上前をかっさらおうとしたからだろっ!」


 すごんだ男に女の子も引かずに言い返す。

 どうやら何か依頼絡みのトラブルのようだ。


「ミュラ、どうしたんだ?」

「テイルさん、それが……」


 口ごもる彼女を余所に、言い争いは過熱する。


「もともと依頼料はあんたらとおいらで七、三の割合だったはずだろっ! それがなんだよっ、銀貨一枚って、これじゃ子供の小遣いにしかならないじゃないかっ!」

「はん、そりゃあ働きが良かったらの話だ。オメェはなんだ、こっちの連携を乱しやがるし、勝手な行動ばっかりとりやがって、迷惑にしかなってねえんだよ! 逆にこっちが金を払ってもらいたい位だぜ……」

「ぐうぅっ……」


 少女は覚えがあったのか、悔しそうに歯を噛み締める。

 そして男は下品な眼差しを向けて笑う。


「ははは、お前みたいなのがこんな仕事やってるからそうなるんだよ……。そこの居酒屋で愛想でも振り撒いてたらどうだ? そしたら常連になってやってもいいぜ、お嬢ちゃんよ」

「――ふざけんなぁっ!」


 激高して男に走り寄る少女。

 だが、余裕の大振りの蹴りが横合いから襲い、彼女を再度吹き飛ばす。


「ブハハ、このBランク冒険者ジェンド様に挑むなんざ百年早えんだよっ!」

「……げほっ、ち、ちくしょう……」

「だだ、大丈夫なのです!?」


 吹っ飛ばされて転がってきた少女を、チロルが助け起こす。

 身体から力が抜けて動けないのか、彼女は悔しそうに唸った。


 しかしそんな凶暴な冒険者にミュラは勇敢にも食って掛かる。


「……ジェンドさん、やり過ぎですっ! 女の子なんですよ?」

「ああん? だから有難い忠告をくれてやっただろ、女は女らしく、男に媚び売ってりゃいいってよぉ。ミュラ、せっかくだからお前が付き合えよ……いい酒場があるんだよ」

「止めて下さい!」


 そう言って男は、今度はミュラの手首をつかみ上げた。

 ここまでいくともう見過ごせない。目立つ真似はよしたかったが、俺は男に声を掛けた。

 

「おい、放せよおっさん。そいつの仕事に接待は入ってねぇだろ」

「あん……?」

「このギルドの質も落ちたもんだな……。昔あいつらといた頃は、こんな奴にのさばらせては置かなかったのに。誰か止めろっての」


 周りに良く聞こえるように言うと、冒険者達が気まずそうに目を逸らす。中には顔見知りもいて俺はがっかりした気分になる。


「てめえ、新参が……俺が何者か分かって言ってんのか? ランクはなんだ」

「Eだよ」

「E!? Eだと……ぶっひゃっひゃっひゃ!」


 男は誇張するように懐からカードを取り出して見せた。

 その縁は赤く輝いている。赤はBランク――中堅上位の証。


「黄色いヒヨコ風情が粋がって口出してんじゃねぇよ! 叩きのめされたくなかったら、とっととそっちのガキ連れて家に帰んな! ママのおっぱいが待ってるぜ?」


 ヒヨコというのはEランクのカードの縁が黄色く塗られていることに起因する蔑称べっしょうである。ランクだけで能力を判断できると思っているこういう馬鹿はどこにでもいるのだ。


「あんたがミュラのことを離すんだったら、別にそうしてやってもいいけどさ」

「はぁん? ……嫌だって言ったらどうすんだ?」

「痛っ……」


 ジェンドはミュラの腕を捻り、自分の元に引き寄せる。

 どうやら交渉の余地は無さそうだった。


 ――次の瞬間。


「ごぶぇっ!」


 魔銀の指輪をめた俺の拳が、ジェンドとやらの頬に突き刺さる。

 そして緩んだ腕からミュラを奪い返すと、建物の中に背中を押しやった。


「テイルさん……」

「いいよ、仕事に戻れ。わからせとくから」


 吹っ飛んだジェンドはなんとか立ち上がるが、彼の膝はがくがくに揺れている。


「おおおまっ、お前ぇっ! 何者だ……ジェンド様だぞ!? このミルキアの街で名の知れた《猛牛のジェンド》に手をだすたぁ……」

「――猛牛? 養豚じゃなくてか?」

「んだと……がっばぁ!」


 奴の顔面に思いっきり靴裏を叩きつける。

 景気のいい音がして奴は思いっきり後ろへ仰け反り、その場で膝をつく。


 だが奴は、顔面を靴の形にへこませた状態で何とか踏みとどまると、鼻血を噴き出しながら二人の取り巻きに指示を下した。


「でめえら、突っ立ってねえでそいつぉを捕ばえろ!」

「「へいっ!」」


 両側から襲うのは似た恰好をした男二人の挟み撃ちだ。


(遅っそ……)


 それも俺には止まったように見えていた。

 魔銀ミスリルの指輪で能力値を補正した俺の前では、ゴブリンとさして変わらない。


 C級くらいかと当たりをつけつつ、雑に二発蹴りと拳を入れて沈ませる。


「……は!? ぢ、ぢぐしょぉ!」


 すると男は腰の手斧を抜いて打ちかかって来た。

 先程よりは速いが、まだまだ余裕で対応できるレベル。

 

 俺は手首に手刀を打って斧を放させ、ぐらついた男の足を払い体勢を崩す。

 次いで下がった頭に踵を落とした。


「ぼぎぇぇぇぇええ!」


 まさに豚のような悲鳴を上げて男が倒れ込むが、それでも奴は何とか体を起こす。俺は更に追撃を仕掛けようとしたが、ふと手を止めた。


「あ~……しまったしまった。簡単にケリ着けると、実力の差が良く分かんないよな。良し、めっちゃ手加減してやるから、かかって来い。ちなみに俺、元Aランク」

「……え? 今なんて言っ……言い、ました?」


 指先を挑発するように内側に振ると、男が額に青筋を浮かべながら急に肩をすぼめだしたので、リクエスト通り復唱してやる。


「元A――」

「ずびゃぁぁぁ、すあっせんっしたぁ!!」


 それを最後まで聞かずに男は慌てて地面にうずくまり、ひれ伏した。

 完全に怖気づいて、額を地面に着けたまま顔すら上げようとしない。


 しかし、俺は追及を辞めない。

 爽やかな笑顔でしゃがんだ奴に言葉を掛けた。


「なに、A級って言っても元だ。ちょっとやって見ようぜ。今のBランク冒険者の実力ってのを見てみたいんだ……痛くしないからさ」

「も、もう既にめっちゃ痛いっす! これ以上やられたら、死んじばいばす! どうか、許じて下せえ!」


 どうやら完全に戦意を喪失してしまったらしい。

 猛牛はどこへ行った。


「え~……そんじゃ、ミュラとあの女の子に謝れ。んで、ちゃんと最初に取り決めた金額を払ってやれ。後ギルド内で今後暴力行為は禁止な」

「ぶぁい、すんません、すんません! ……くそ、この役立たず共が、さっさと立て! 行くぞ……!」


 男は俺の指示通り、ギルドの中にいたミュラとリュカと呼ばれた女の子にぺこぺこ頭を下げ、報酬の入った金袋を投げ捨てるように置いて手下どもを連れて去ってゆく。


(本当、どこでもいんだよな……ああいうの)


 それを見送っていると、隣から遠慮がちに声がかかった。

 倒れていた女の子が起き上がり、俺を見上げている。


「……あ、あの。ありがとう……」

「お? いやいや、気にすんな。知り合いが襲われてたから助けただけだ。金も手に入ったんだし、今日は無理しないでゆっくり休むんだな」


 その子に声を掛け金袋を渡すと、彼女は興味深そうに俺を上目遣いで眺めた後、名前を名乗って来た。


「あ、あのな……おいら、リュカ。リュカ・アルカイズ。あんたの名は?」

「テイル・フェイン。これからしばらくミルキアのギルドで世話になろうと思っててさ。よろしくな」


 俺の顔と差し出した片手の間で、彼女は目線を往復させると、顔を輝かせて尻尾をばさばさ振った。


 そして両手できゅっと俺の手を握る。


「よろしく! あ、あのなんか、お礼をさせて欲しいな。ご、ご飯とか……どうかな」

「んな気を遣わなくてもいいって……連れもいるし。お~い、チロルなに隠れてんだ?」

「ひぇ! は、はぁぃ……」


 なぜか人混みに紛れてこちらを伺っていたチロルをこちらに呼び寄せて挨拶をさせる。


「こいつ、俺とパーティーを組む予定のチロルっていうやつ。年も近そうだし、良かったらよろしくしてやってくれよ」

「よよ、よろしくお願いいたしますのです」


 さっきの怒った姿が怖かったのか、ちょっと距離を開けてチロルは言う。

 そんなチロルに、リュカはぐっと体を寄せ鼻をぴくつかせると……いきなり頭をつかんで撫でくりまわした。


「ぴゃっ、何するです!?」

「この匂い……耳……!? わっ、やっぱり獣人だ! 種族は何!? おいらイヌビト族! 年は?」

「うう、ウサビト族で、えと、えと……」

「会えてうれしい! よろしく、よろしく!」

「あぅあぅ……」


 いきなり抱きつかれ、そのオーバーなリアクションにチロルは目を回す。

 騒ぎが収まったのを聞きつけたのか、ギルドから出て来たミュラがこちらに駆け寄って来る。


「――テイルさん、ありがとうございました! ごめんなさい、受付をさばくのに時間がかかって……。あれ、あの二人……もう仲良くなったんですか?」

「もうって……もしかしてあれか? 問題児っつーのは」

「獣人同士、気が合うかな~って思って。さぁて……」


 元々その気だったのか、ぱんと手を打ち合わせて彼女は提案する。


「こんな往来で立ちっぱなしもなんですし、時間も遅いですから皆ご飯、食べに行きましょ!」

「あー……そうだな? うん、そうするか」


 なにか乗せられているようで釈然としないが……ミュラにも何か思惑があるようだし、俺も腹が減っていたので結局その言葉に乗っかることにした。

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