第十七話 モチーフを求めて
ハルトリアを治めるジェレッド公カルミュとの契約を達成するため、王国品評会へ出展するに当たり、まず乗り越えねばならないひとつ目の壁がある。
装飾品の
調達のために用意できる金額も多くない中、俺はチロルとリュカのふたりに協力を頼み、三人で露店市を見て回る。ライラは魔宝石の補修時にずいぶんと頑張って魔力を込めてくれていたので、今は家で休んで貰っていた。
「必ずふたり一組で回るようにな。なにかそれらしいものがあれば後で俺に伝えてくれ、鑑定するから」
「はいっ!」「おっけーだよ!」
チロルとリュカに指示を与えて別れると、俺自身も商品を観察してゆく。
手持ちの資金は銀行に預けてあった金貨千枚が全てで……なにかいいものが見つからなければ後は自前で魔物を倒してのドロップを狙うくらいしか方法がない。
河原から拾ってきたような石ころを磨いて高値で売りつけるような店も多い中、俺に声を掛けて来たのは、あんなことがあったのに懲りていないバカ野郎――骨董屋の孫息子セインだった。
「お、テイルの兄さんじゃん」
「……セイン。お前またこんな所で油売ってんのか……同じことになっても助けねえからな」
伸び放題な雑草のような緑の頭髪と、色んな布を体に縛り付けたような服装という特徴的な姿をした彼だが、それは妙にこの雑多な市場に馴染んでいるように見える。
「反省してるって……さすがにもうあんなことは懲り懲りだ。今はちょっとした小遣い稼ぎに見て回ってるだけ。なんか探してるものがあるのなら手伝うぜ?」
時間がないとはいえ、あまりこいつに気安くされたくはない。
先日の件を忘れて調子に乗られても困る。
「うるさいな。俺は忙しいんだよ……向こうへ行ってろ」
「そう言わずにさぁ。細工に使えるようなアイテムを探してんのか? ならちょっと当てはあるんだぜ。こんだけ広いとなかなか探しきれねえだろうし……助けてくれた詫びってことでいくつか信用のあるところを紹介させてくれよ」
奴は俺の背中をぐいぐい押す。
確かに数百以上はありそうな店をひとつひとつ見て回るとかなり時間が潰れる。人手が足りない以上、ある程度目星をつけて見ていった方がいいのかも知れない。
それに、こいつは俺がデュゴルさんと同じ鑑定のアビリティを持っていることを把握しているので、滅多な所には案内しないだろう。
「仕方ねえな、分かったから押すな。いい加減な所に連れてったら承知せんぞ、時間が惜しいんだ」
「分かってるって。こっちこっち」
セインは俺が付いてくるのを確認しながら人混みを掻き分けていく――。
――それからいくつもの店舗を回り、様々な宝石類や魔物の素材などを検討していく。さすが鑑定士の孫というべきか、奴の紹介した店はいずれも品ぞろえ良く、値段も法外ではなかったにせよ、これという物は残念ながら見つけられなかった。買い取って加工すれば儲けられそうなものはいくつもあるが、今そんな余裕は無い。
「あにき~!」「テイルさぁん、見っけなのです~!」
リュカとチロルが人混みを掻き分けこちらに合流する。
それを見てセインは口笛で囃す。
「へ~、前と違う女の子もいるじゃん。さすがテイルの兄さん、ニクイねえ、この」
「うるせえんだよ、ただの仲間だ。お前ら、どうだった……?」
「ぼったくりみたいなのが多すぎるよぉ~、ここ……」
「あんまり良さそうなものは見つけられなかったのです……」
ぺったりと尻尾や耳をへたらせてふたりは嘆く。
無理もない、俺もセインの案内が無ければもっと時間がかかっていただろう。
あまり期待はしていなかったためそこまで落胆はしないが、時間的な制約もあり、見切りは早めにつけた方が賢明だ。
「仕方ない……少し危険になるが、冒険者ギルドに行って大型の魔物の目撃情報を探すか――」
「っと待った。実は、とっておきがあるんだな……。ぐえっ!」
さっきの所で最後だと言っておきながらもったいぶるセインの野郎に、俺は軽く手刀をぶち込む。
「余計なことはいいから。あるんならとっとと案内しろ」
「痛ってぇ~……。そう怒んなよぉ、こっちにも段取りってもんがあるんだから。へへっ、着いてきな!」
案内をし出すセインを、リュカが厳しい目で睨み、指さした。
「だいじょぶなの? おいらくらいバカっぽく見えるよ、あいつ」
「なっ……」
結構きつめの発言を初対面のリュカから喰らい、セインは反論しようとするも、ぐっと飲み込んだ。
「……バ、バカじゃねぇんすよ俺はっ。ちゃんと案内くらいやれますって!」
俺には普通に話しかけるくせにリュカには敬語だ。どうも違和感を感じる。
(もしやこいつ――女を連れて世界を冒険してえ~とか言ってたくせして、実際には女が苦手なのか?)
そしてそんな奴をリュカが、ムッとした顔で威嚇した。
「こんにゃろう。なんか、文句あるのか?」
「いぇ、すんません……ないです」
先程の俺の予想を証明する形で、セインはすぐに体を小さくして俯いてしまう。
強気なリュカとの間に、瞬く間にヒエラルキーが確立してしまった……。
「おいらはリュカ、この子はチロルだ。へんなとこに案内したら、ゆるさないぞ!」
「セ、セインっす。わ、わかってますって! い、行きましょうぜ……姐さん方とテイルの兄さん!」
(なんかさ、せめてもうちょっと抵抗しろよ……。デュゴルさんじゃないけど将来が不安だぞ)
妙に腰が低くなってしまったセインに憐れみの視線を向けつつ、俺は箒のような緑頭を目印にして彼の後に続いた。
◆
セインはそれ以上なにも言わずに先を歩き、入り組んだ路地をいくつも曲がる。
迷いなく進むところを見ると、なかなか記憶力はいいらしい。
「この街は結構無茶な拡張をしたせいで、ちょいちょいこういった複雑な道で繋げられてるんす。迷い込んでそのまま餓死しちまう奴もいるってウワサだ。だから知らないとこにはあんまり入らない方がいいですぜ」
「うぅ……こ、怖いのです~」
「なんか変な匂いがする~……」
チロルが俺の服の裾を掴み、リュカは鼻をひくつかせながら辺りを見回す。
それからも上がったり下ったり、妙なトンネルをくぐったりして、俺たちはいつの間にか、高い壁に面した小屋の前にいた。セインはその戸口に立って、妙なリズムで扉を叩く。
するとしわがれた男性の声が返ってくる。
「王が食べた鳥の骨の数は?」
「128本」
「何色?」
「青と赤と緑」
「いいぜ、入んな……」
セインが囁くように答えると、内側から分厚い扉が開いて、俺たちは小屋の内部に招き入れられる。立っていたのはどうということもない初老の男性だ。
「なんだガキ、またおめえか……今日は大勢連れてきよって」
「ちょっとね。テイルの兄さんと、そっちの姐さん方もここであったことは内緒にしてくださいよ? っても、俺がいないと入れないだろうけど。合言葉も毎回変わるし」
確かに、露店市からここまでは複雑な分岐路が異常に多く、それなりに長く冒険者生活を営んでいた俺でも元通り辿れるかどうか怪しい。
しかし、一見ただの小屋で、なにかあるようには見えないが……。
「着いてきな」
男は家を出ると、周りを見ることなく歩いてゆくのでそれに従う。後をつけられたりする心配はないのかと思うが、そこはセインが補足した。
「あのおっさん、察知アビリティ持ちなんだとさ。後を追おうとしてもすぐにバレるんだって」
「なるほどな……」
こうまで厳重に隠しているところを見ると、それなりのなにかがこの先に有るはず。期待感とともに、目敏く発見したセインに対する印象を少しだけ修正する。
またしばらく歩き、たどり着いたのは、ひとつの井戸だ。
初老の男はそれから少し離れ、茂みに手を突っ込んでなにかをしている。
――ザザ……ザーッ。
(水音……か?)
足の裏に伝わる微かな振動と共に、なにかが流れる音が聞こえてくる。
それはすぐに止まり、男はおもむろに井戸を指さした。
「いいぜ、入りな」
「は、入る? やだよ、ずぶぬれになっちゃう……」
押さえた肩を震わせるリュカ。
「へへっ、まぁ見てな!」
「おい!」
その横を駆け抜け、俺が止める間もなく、一番にセインは飛び込む。
「ぴぇっ! お、落ちたのでは!?」
慌てて駆け寄り井戸の縁からその中を覗き込むチロル。
しかし、水音も落下音もしておらず――彼女は次の瞬間驚愕に腰を抜かすことになった。
「ばあっ!」
「ひぁぁぁぁぁぁっ! やっ、なっ、なにっ、なんなのです!? どーなってるですか!?」
縁からセインの顔が飛び出し、大きく尻餅を着いて後ろに転がったチロルを支えてやると、俺はセインの頭をぽかりとやった。
「ばかやろ、チロルを脅かすんじゃねぇ。しかしこれは……もしかして昇降用魔道具か?」
しゃがんだままの男に首を向けて尋ねると……彼は黙ってうなずき、急ぐように指示する。
「人に見られたくねえんだ。とっととふたりずつ入れ」
「わかった。チロル、リュカ、お前らは後でな」
「あいっ! なんかおもしろそ~!」「は、はぁ……大丈夫なのですか、これ……」
俺はふたりを残し、井戸の中の湿った底板に降り立つとセインと並んで男に合図を送る。高さはそれほどなさそうだ。
「では動かすぞ。そのままにしてろ」
「うぃーす」
セインの返事の後すぐ、床はゆっくりと下がりだす。途中で水で濡れた排水溝のような物を見かけた。どうにかして給水を止めた後、内部の水を排出したのだろう。
空が遠ざかり、10
そしてセインが得意そうに、ぽっかりと空いた横穴に指を差す。
「ひひっ、あれあれ、あそこっすよ。お目当ての宝の山は」
そこからうすぼんやりと漏れてくる光に照らされた先には……。
驚くことに、小規模であったが間違いなく様々な品が並ぶ、もうひとつの露店市が姿を見せていた。
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