第九話 クレイン洞窟巡回討伐

 俺達は今日は、街の郊外へと出てきている。

 チロルとリュカを連れて、パーティーとして初めての実戦に挑むのだ。


 受けたクエストは、少し時間がかかる大きめのもの。


 【D:クレイン洞窟にて魔物巡回討伐 報酬:2金貨】


 今回は小洞窟内の、定期的な魔物の討伐だ。


 人の足があまり入らない場所には、魔力の溜まりが出来る事があり、それが魔物の発生源になると言われている。そうして現れた魔物達が、あちこちに散って行き人に害を為したりするので、定期的に駆除することが必要になる。


 出現する魔物の種類は大体場所によって決まっており、ここで以前確認されたのはコボルトだけだ。ゴブリンと同程度の魔物なので、さして戦闘に問題は無いだろう。


 物陰からの襲撃には注意しつつ、松明をつけながら慎重に内部を進んでゆく。

 すると、早速数体がこちらに向かってくる足音がした。


「あ、あにき……どうする?」

「落ち着いていこう。予定通り、リュカは前に出て牽制けんせい。チロルはこないだ練習した《ファイアアロー》を中心に、隙があったら魔法を打ち込んで行け。俺はチロルを守りながら、様子を見て攻撃するから危なくなったらこっちに避難して来い」

「おっけー」「わかったのです」


 さくさくと、鳴っていた足音の感覚が狭まってきた。灯りでこちらの存在に気づいたのだろう。


 通路の影から姿が見えた瞬間、リュカが飛び出す。


「一匹目っ!」

「ギョワァッ!」


 肉を切り裂く鈍い音。

 獣のような素早さで、先手必勝とばかりに閃かせた短刀が喉の当たりを切り裂き、犬の頭を持った魔物は悲鳴を上げて倒れた。


「わっとと……」


 だが、後続が三体程短い棍棒を手に押し寄せ、慌ててリュカは後ろに下がる。


「《ファイアアロー》!」

「ギャン!」


 そこに響いたのはチロルの詠唱だ。炎の細い矢が鋭い軌道を描き、一匹のコボルトの胴体に突き刺さって燃え上がった。


 《ファイアボール》は威力が高いが魔力の消費量も多く、小爆発を起こす為狭い場所だと仲間に危険を及ぼす……なので場所を見極めて使うように教えた。アローの方なら命中面積が少なく、安全だ。


 今現在チロルが《スキル》により覚えている技能は以下の三つ。


《魔法技術:火炎系統スキル・獲得技能》


(1 )ファイアアロー

(5 )杖装備時魔力補正

(10)ファイアボール


 杖装備時魔力補正については……例えそこら辺の木の棒でも装備しておけば確かに魔力は上がるのだが、魔力を調節する感覚を身につけてからでも遅くはないだろうと思い、まだ使わないように勧めている。いずれ長く使い続けられるものを探してあげたい。


 ターゲットに照準をつける感覚の方は元々悪くはない。着実に魔力コントロールの訓練の成果は出ているし、この分ならリュカと良いコンビになりそうだ。


「よっ……と」


 俺もただ突っ立っていたわけではない。

 二体でリュカに襲い掛かろうとしてきた内の一体の方に、俺が投げた小石が命中する。その間に、リュカがもう一体の棍棒をかわし、背中に刃を埋める。


 当てた小石でうずくまっていたもう一体も、チロルの《ファイアアロー》が命中し……四体のコボルトはあっという間に灰になった。


 俺は二人に親指を上げて笑う。


「二人ともよくやった……初戦闘にしてはいい感じだったぞ」

「……ふぅ、やったよあにき、チロル! いぇーいっ!」

「でも油断はするなよ。倒したと思った時が一番危ないんだからな」


 ピースサインを突き出すリュカを小突いて小言をいいながら、俺達は灰の中のアイテムを拾ってゆく。すると彼女が倒した最初の一体の灰の山に、光るものがあった。


「おっ、《コボルト・アイ》じゃん。幸先いいな……良かったな、リュカ」

「なんなのそれ?」

「レアドロップってやつだな。たまにコボルトが落とす、黒いクラックが入った瑪瑙めのうのことだ。相場で言えば、金貨十枚位はいくかな」

「そんなに! でも、これはパーティーのだから、おいらが貰うわけにはいかないよ」


 三人で話し合って報酬は等分する様に決めているが、他二人の同意があればその限りではない。


「チロル、どうする? ちょっともったいないけど、売っちまって等分するか?」

「……う~んと、わたしはリュカちゃんがもっていて構わないのですが……あっ」


 彼女は何かに気づいたように自分の左腕を掲げた。


「テイルさんさえ良かったら、その……わたしに作ってくれたみたいにリュカちゃんにも何か作ってあげて欲しいのです!」


 それを聞いて、俺はニヤリと笑った。


「いいかもな。俺に任せてくれれば、なんか役立ちそうなアイテムに変えてやるけど、どうだリュカ」

「本当!? やたっ、すごくうれしい! ぜひお願いする!」


 するとリュカは飛び跳ねながら俺に抱きついて来た。

 随分喜んでいるので悪い気はしないし、俺もこれが本業だから腕が鳴る。

 

「よし、帰ったらなんか作ってやろうな! そんじゃ引き続き討伐頑張ろうぜ!」

「「お~!」」

 

 こうして俺達は更にコボルトを探して、洞窟の奥に潜って行った。



 いくつかの分岐点を慎重に見回り、地図と照らし合わせながら洞窟を周り、大体二時間くらいで俺達は最奥にたどり着いた。だが……。


「やっちゃう?」

「っと……待った。あいつ……」


 物陰から出ようとしたリュカの肩ををつかみ、こちらに戻す。


「コボルトじゃないの?」

「ただのコボルトじゃないな……。コボルトシャーマンか」


 手前三体の奥にいる、背の高くほっそりとした一体は、頭に毛編みの帽子をかぶり、節くれだった杖を持っている。


 コボルトシャーマン――Cランク。


ここに出るという情報は無かったが、こういったイレギュラーな事は依頼にはつきものだ。低ランクの冒険者だと苦戦していただろうから、俺達で丁度よかった。


「あいつは土属性の魔法を使うんだ……どうするかな」


 俺だけが単独で突破するなら何も問題ないが、ここは二人にもなるべく経験を積んでもらいたい。どういう方法で戦うか、俺が少し考え込んでいた時だった。


 後ろで、枯れ木が転がったような乾いた音がしてリュカが振り返る。


「なんだろ、おいら見てくる」


 それを確認しようとリュカが後ろに走っていく。


 ……嫌な予感がした。


「待てっ、リュカ!」

「……きゃぁぁぁぁっ!」

 

 小さく叫ぶが間に合わない。

 湿った土がせり上がる、くぐもった音と共に俺達と彼女との間をいきなり分厚い土の壁が塞ぐ。そして――。


「お、おまえら、なんで……むぐっ!」

「大人しくしやがれ!」

「――!?」


 その奥から響く声に俺達は驚く。


「がはははははっ! 残念だったな元A級冒険者……そのまま洞窟の奥で飢え死にしやがれ! このチビは奴隷商にでも売り飛ばしてやる!」


 閉じ切る前の土壁の奥から聞こえてきたその笑い声は、先日叩きのめした――ジェンドだかなんだかのものに違いなかった。


 間の悪い事に、コボルトシャーマン達もそれに気づき、手下を引きつれこちらへと駆け寄って来る。


「ワウ、ワワワ!」「ギャワォ!」

「テイルさん、どうすれば!」

「すぐに片付けてあいつらを追う! チロルは手下を相手しろ!」


 まずは、奇妙な言語で詠唱を開始しているシャーマンから片付ける――そう判断した俺は足元の砂利を蹴って、コボルト達の集団の中へ飛び込んで行った。

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