第二話 魔物料理店マジロ

 結論――大当たりだった。

 料理店から出て来た俺たちは、ふくれた腹をさすりながらゆっくりと生花店への道のりを戻っていく。


「食べ過ぎた~……」

「三人前も頼むからだバカ。ほら、よっかかるな。晩飯抜きにするぞ」

「い~や~だ~」


 腕をつかんで寄りかかるリュカを叱りつけながら、俺自身も満足げに空に息を吐く。確かに予想外に美味かった……さすが発展している中央都市に構えられている店だ。


 《魔物料理店マジロ》――ここでは、名前の通り魔物からドロップする食材アイテムを使った料理を提供していた。


 種類にもよるが、動植物系の魔物などからはたまに食材系アイテムがドロップする場合がある。生ものなので持ち帰られず捨ておくことも多いが、冒険者の中には高価な収納用の魔道具が流通しているので、無理をすれば保存できないことはない。


 例えば……。


 安価なものだと保存用に凍結系魔法の力を帯びた《凍り箱フリーザー》。

 重力系魔法で収納した物を軽くする《逆さ箱リバーサー》。

 内部を異空間と連結させて見た目より多くの物を保存できる《境い箱スペーサー》。

 そしてこれは噂だが……収納物の時間を停止させて劣化を防ぐことができる《停まり箱ロッカー》などというものも存在するとか。


 安価とは言うが……俺が見た限りでは、リュックサイズの《凍り箱フリーザー》でも、金貨百枚以上(俺ひとりならば数か月から半年位は暮らせそうな金額)はする値段だった。《逆さ箱リバーサー》や《境い箱スペーサー》となればおそらく家一軒……物によってはもっとだろう。《停まり箱ロッカー》となると、もう想像がつかない。


 食材自体もそう毎回落とすアイテムでも無いし、鮮度が落ちればゴミ同然の物のために今受けている依頼を諦めて戻るのもリスキーだ。かといってその場で食べようにも毒がある場合があり、専門家以外は調理することを推奨されていない。


 よって中々魔物を食べる機会は巡って来ず、元手がかかっている以上、自然と魔物が落とす食材の値段は高いというのが相場なのだった。


 だというのにあの店は意外なほど良心的な値段で、一人前当たり、銀貨一枚程度で済んだのだ。


「味も良かったし、挑戦して正解だったな」


 つい口元が緩む俺にライラも同意する。


「確かにね。でも魔物料理って言うよりかは、一部魔物を使用した料理って言う方が正しいんじゃないかしら?」

「そりゃそうだろ……普通に考えてコストがかかり過ぎる。品書きにも注意が書かれてあったしな」


【※調理品の全てに魔物食材が使用されているわけではありませんのでご注意ください――】


 そんな風に、目立つ色で大きめに書かれていたのは、そうしないとトラブルが相次ぐからだろう。


 俺たちの会話を聞きながら、リュカは今度はチロルの背中にだらりと覆いかぶさる。


「なんでもいいよぉ……おいら満足だもの~」

「リュカちゃん! や、やめるのです! 重たいのですーっ!」


 二人であちらこちらにふらふらと歩いてゆこうとするのを呆れた顔で見送りながら、俺は先程の店内の出来事に想いをせる――。



『――ふむむ。なんなのでしょうこれは……甘い中に、なにか酸っぱい風味のようなものがまったりと。混沌とした力強さを感じる味わいなのです……』 


 店でチロルは《ニードルプラントの果肉入りホワイトシチュー》を選び、不思議そうにスプーンですくい上げた半透明の魔物の一部を、もむもむと咀嚼そしゃくし出した。


 美食家チロルの良く分からない感想はさておき、俺は注文したファイアバード肉のフリットをとても気に入った。スパイスでしっかりした味の付けられた香ばしい鶏肉は、やみつきになる味わいで、二皿目を注文しようとしたが、あいにく品切れになってしまったようだ。


『――すまない。今度から多めに用意しておくようにするので、また来て欲しい』


 そう頭を下げた給仕の少女の瞳は、前髪で隠れて良く見えない。

 小さめの店で、従業員は彼女と奥にいる店主らしき男の二人だけらしい。


『日によって提供できる食事が違うのか?』

『うん。材料が入らない日は、店を閉めたりもする……魔物相手の商売だから前もって知らせることもできない』

『もしかして、自分たちで食材を手に入れているの?』

『そう。私がひとりで狩りをして集めている』

『すごいわね……』


 ライラが目を丸くした。


 俺もこの言葉には衝撃を受けた……ニードルプラントなどは、Eランクで左程危険のない魔物で単独でも狩れるだろうが、ファイアバードに至ってはCランクの中でも上位で、仕留めるのはそれなりに危険を伴う。食材ドロップもそう頻繁にある物ではなく、かなりの数を倒さなければいけないはずだが……。


 こちらが不安そうな顔をしたのが伝わったのか、彼女は、服のポケットからなにかを取り出す。


『心配ない……私も、冒険者』


【冒険者名】ピピ・ヨーリー 【年齢】16 

【ランク】B 【ポジション】前衛


《各ステータス》


 体力 (B) 182

 力  (A) 214

 素早さ(C) 120

 精神力(C) 106

 魔力 (E)   0

 器用さ(B) 150

 運  (E)   2


《スキル》調理術(40)

《アビリティ》吸魔体質(18)


 それは、赤い縁の冒険者資格証。

 俺はこの年齢で彼女がB級冒険者だということに驚く。


『仲間はいるのか?』

『ううん。ずっと単独ソロでやっている。組むのは性に合わなかった』

『よくここまで無事にやってこれたもんだ……』


 珍しいアビリティを持っているとはいえ、製造系スキルの《調理術》だけで魔物に対抗してきたとは……しかもひとりで。

 俺だって、仲間がいたからこそ今のステータスまで成長できたというのに……この子は天才じゃないのだろうか。


『あなたたちも、冒険者なんでしょ?』

『ああ、この街に来たばかりのDランク冒険者だ。ほら……』


 俺もお近づきのしるしに自分の冒険者カードを見せる。


【冒険者名】テイル・フェイン 【年齢】21 

【ランク】D 【ポジション】前衛


《各ステータス》


 体力 (C) 168

 力  (C) 126

 素早さ(C) 116

 精神力(B) 190

 魔力 (D)  95

 器用さ(SS)304

 運  (E)   8


《スキル》装飾品細工術(59)

《アビリティ》鑑定(52)


 冒険者資格証を取り直してからの特筆すべき変化と言えば、器用さがSSに達したくらいか。後はもうすぐ装飾品細工のレベルが60へ到達しそうだ。そうすれば新しい技能を覚えることが出来る。


 無表情な割に驚いているのか、少しだけピピの声のトーンが上がった。


『すごいね。器用さSSの人は見たこと無い。本当にDランク?』

『隣に魔力SSもいるぜ。とはいえ、俺は元Aの出戻り。こいつは種族的なものもあるかもだけど』

『……そう。あなたたちも?』


 ピピは隣り合って座るチロルやリュカに目をやる。


『わたしたちも、新米ですけど冒険者なのです』

『だよ! あたしは双剣、この子は火の魔法を使うんだ!』

『そう……。気を付けて……この辺りはそこそこ強い魔物も出るから、そっちの兄さんたちと離れないように――』

『おい、ピピ、なにやってやがる。後がつかえてんだ、とっとと運びやがれ』

『……うん。マスター』


 時間があれば他にも話を聞きたかったのだが、奥からやって来たひとりの男がピピを催促した。


『マジロで通せっていつも言ってるだろ』

『ごめんなさい』


 呼び名からして、彼が店主なのだろう。四十か五十位のなんとなく疲れた顔の彼はこちらを一瞥いちべつすると、なにも言わず仏頂面のまま引き揚げていく。

 ピピは背を向けながらこちらに小さく頭を下げた。


『あの人がマジロさん。愛想悪いけど、この店のオーナーだよ。冒険者だったらまたどこかで会うかも知れないね……その時はよろしく』

『ピピ!!』

『っと……それじゃ』


 店の奥から機嫌の悪そうな怒鳴り声が届いて、ピピはそっけない表情のまま走っていく。その時髪が揺れて、瞳が見えた。


 魔力0と、そう記載された冒険者カードを見た時から予想はしていたが、おそらく彼女は《マガビト》だ。


 右側の目は髪と同じ、薄い鉛色に輝いていたが……もう片側の目は、色が無かった――。

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