第2話 『ルアージュの森』の幻獣と、森に消えた子供達

 草原の街道を進んでいた馬車から、見える景色が変わっていく。

 右前方に鬱蒼とした、大きな森が見えてくる。


 この国の人間達が『ルアージュの森』と呼ぶエリア。

 

 森の情報を蓮次達に教えてくれたのは、警備の交代の為に出ていったラステラに変わり、蓮次達の馬車に乗り込んできたケルンというテイマー動物使いの少年であった。


 ラステラより三つ下の弟で、12歳。


「へえ、おめさんいい面構えしてんなあ。この道冒険者はなげえのかい?」


 唐突に蓮次に褒められたケルンは、わたわた手を振る。


「い、いえ!僕なんてまだまだです!ダノンの町にテイマーが少なくて、物珍しさにペット探しとか偵察とか……簡単な依頼を許されているだけで!ヨハンさんの馬車の護衛は、冒険者ランクBの父と叔父さん達がずっとやらせてもらっている関係で、僕と姉もここ一年くらいオマケで参加させてもらってて……」

「そうけえ。ま、体張って踏ん張ってる事には変わりねえ。てえしたもんだ」


 蓮次の言葉に、顔を上気させるケルン。


少年の冒険者が、魔王討伐に参加を認められるような雲の上ともいえる存在に手放しに褒められて、嬉しくないはずがない。


「ね、ケルン君だっけ?」


 顔を手で仰いで熱を冷ますケルンに、かなでが話しかけた。


「ケルン、でいいですよ!はい、なんでしょう!」

「あのさ、この森ってそんなにすごい動物?魔獣?がいるの?街道がずいぶんと森を迂回してるし、柵で森を厳重に囲ってるよね」


 その問いかけを聞いたケルンが、嬉しそうに自分の胸を叩いた。 


「動物の事なら任せてください!あの森にはですね、魔獣よりも力を持つ幻獣種の狐が何百年も住んでいるらしいんです。と、言っても……森が広すぎるのと、狐が森を出てくることがないので、記録に残されているだけでほとんどの人がを見たことがありません」


 それを聞いたキョウが首を捻る。


「でもそれだと、その幻獣がいるって噂話にしかならないよね。根拠はあるの?」

「はい、あるんです」


 そう言ったケルンが、膝を正して語り始めた。


「父から聞いた話なんですが……僕が生まれる前、この先のロノの町にすごい数の盗賊が押し寄せたそうです。で、ロノの町側の警備隊、騎士団、冒険者ギルドが一致団結して迎え撃ち、追い返したらしいんですが、逃げる盗賊の一部が逃げ込んだ先が『ルアージュの森』だったんです」

「あ、なるほど。そこで幻獣の存在を知らしめるような何かがあったんだね」


 京の言葉に、コクリ、と頷いたケルン。


「……盗賊達の後を追った騎士団と警備隊が森に駆けつけた時、聞いただけで何人もが気を失うほどのおぞましい狐の咆哮が聞こえたそうです」

「ケルン、ザガンと交代で馬に乗れ」


 そこに、アストが馬車の垂れ幕をくぐってやってきた。

 ケルンが唇を尖らせる。


「えー!早くない?!」

「早くない。お前、護衛の時は時間を気にしろってあれ程言ったのにそれか?」


 こん。


 アストが優しくケルンの頭を小突く。


「いた!もう!いいとこだったのに!みなさん!またお話してくださいね!」

「おう、気いつけてな」

「はーい、後でねー」


 名残惜しそうに外に出て行くケルンを見送る蓮次達。

 入れ替わりにアストが剣を壁に立て掛け、床にどっかりと腰を下ろした。

 座っても皆を見下ろすような、壮年の偉丈夫である。


「俺はダノンの冒険者ギルド所属、Bランクパーティー、『白夜』のアスト。ま、ラステラとケルンから聞いたかもしれないが、この護衛は俺と弟のザガンで、昔馴染みのヨハンが王都に行く時に引き受けている、毎月恒例のものでな。盗賊も普段ならほぼ出ないし、高ランクの魔獣や獣と出くわす危険も少ない。最近はラステラやケルンの実地訓練も兼ねた、臨時パーティーってとこだ」


 アストがそう話しながら、蓮次達ひとりひとりを抜け目なく眺めている。


「そうけえ。俺は蓮次。そこの馬の尻尾みてえに頭を結わえた男が京ってんだ。俺の横にいるキラキラ頭の二本尻尾が奏っつってな。京の横にいるあけえオツムの、絡まった糸巻きみてえな頭がエルだ。よろしく頼まぁ」

「ぶっは!」


 蓮次のざっくばらんな説明に噴き出したアスト。


 当然。

 そんな紹介に他のメンバーが黙っていられる訳がなく。


「ふざけんなー!!!」


 まず、奏が怒鳴った。

 京は深いため息をつく。


「ツインテールって、何度言えばわかるのよアンタは!」

「確かにポニーテールだけどもっとこう、何か言い方ってものが……」


 エルだけは何も言わずに顔を赤らめてプルプルと震えている。


「あ?馬の尻尾、大層なもんじゃねえか。褒めてんだ」

「ホメるんだったらもっとわかりやすく、ちゃんとホメなさいよ!」


 そんな四人のやり取りに、アストは床をバンバンと叩いて大笑いをしている。


 と、その時。


 御者台の方から、馬車の中まで切羽詰まった声が聞こえてきた。

 

 そして、次の瞬間。


 馬車が異様な軋みをたて、スピードを落とし始める。 

 

「おっと」

「エル!掴まって」

「きゃー!何なの?!」

「きゃあ!」


 床に転がりそうになり、叫びを上げながら蓮次と京にしがみつく奏とエル。

 蓮次はバランスを崩さず、静かに前方を見ている。

 

「どうした、ヨハン!ザガン!」

「今ザガンが行く!」


 片膝をついてバランスを取ったアストが怒鳴り、ヨハンの返答に眉根を寄せる。


 すると、急停止をした馬車の前方を掻き分けて、アストと変わらぬような偉丈夫が青い顔をして飛び込んできた。


「ザガン、賊か!」

「違うが、やべえ!ケルンが、柵を越えて森に入っていく子供達を見たらしい!」

「……なんだと?!」


 

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