第30話 そして、蓮次。


 ブレスを吐く。

 掻き消された。


 体当たりをする。

 二匹共、弾き飛ばされた。


 噛みつく。

 岩をも噛み砕く、牙が通らない。

 

 何をしても。


 届かない。

 届かない。


 ダノンの町に、何一つ。

 竜の力が、届かない。


 竜達が腹の底からの叫びを上げる。

 




『この町の命のことわりを崩したくば儂の結界を抜いてみよ、という所なんじゃが……期待外れも良い所だの、只の獣かよ。ぬしら、奴らに加勢せぬか』


 玄武が自らの着物の両袖に反対側の腕を差し込みながら、憮然とした表情で竜の攻撃を眺めている。

 

 その言葉に、青龍と朱雀が呆れ顔で顔を見合わせた。


『戯けた事を。我等の盾、玄武の守りがやすやすと抜ける訳がなかろう。彼奴らの力の程は分かった。愚かな者と共に命を散らせるのは忍びない。我も行こう』

『僕も行くよ! 船に挨拶してくる!』


 言い終えるや否や、二人は姿を変化させ天へと向かう。


 青龍は急変した悪しき空模様の中、高高度で雷を纏う龍へと。朱雀は煌々と赤く光りながら左右の翼を広げた。


 竜達は怯え、大きく叫び、体を震わせる。


 前を見やれば、禍々しい気を放つ稲穂色の獣玉藻前と、並ぶようにたたず人間玄武


 空を見上げれば、見る事もはばかられそうな覇気を持つ長大な霊獣青龍


 自らの大きさはあろうかという顔。薄っすらと蒼く輝きを放つうろこ。その腕に鷲掴みされた水晶。そして全貌さえもさだかでない胴体を、ずるり、ずるり、と黒雲に出し入れしているその姿。


 かたや。


 荒ぶる鶏冠とさかといくつもの尾を持ち、恐るべき熱を放ちながら自分達に目もくれずに後方へと羽ばたいていった紅の鳥朱雀


 そして、何よりも。

 目指せ、と念じられているその先には。


 見る事も憚られる程の凄まじい気配がひとつ、恐るべき力を秘めた気配が三つ。


 つがいの竜は顔を見合わせて一声ずつ鳴いた後に動きを止め、じわりじわり、と下がり始め。

 

 召喚術師への、竜の抵抗が始まった。



 グレブ旗艦内は大混乱の最中さなかにあった。

 ファルナスとマルイエのもとに続々と報が届けられる。


「前方で暴風雨が発生しました! おぼしきものが黒雲の中に!」 

「竜が二匹とも、こちらの支配から逃れようと暴れています! 混乱と恐怖、怯え……これでは召喚術が解け、竜は元の場所へ、と……」

「前方から、敵の攻撃と思われる紅い光が!」


 急報を伝えた後に意識を失った召喚術師達の上官。

 自軍を揺るがす数々の知らせに、ファルナスがその手の中にあった酒入りのグラスを足元に叩きつけた。


 ファルナスの視界の中で朱雀が通り過ぎ、数瞬のうちに悠々と引き返していく。が、その安堵も束の間の事。朱雀の焔が船団へと絶え間なく降り注ぎ始めた。


 マルイエは拳を握り、事態の鎮静化の為に渾身の大声で指示を出した。


「竜の鎮静化は見極めよ! 最悪、召喚術は解除しろ! 下手をすると逃げ出す事の出来ない要因のこちらに、竜が向かってくるぞ! 術師達は解除の反動では死にはせぬ! まずは命を拾え! 無理はするな!」

「「「「…………はっ!!」」」」

「各判断で、鎮火できぬと判断したならば退艦させろ!」


 長らく戦場を離れていたとはいえ、瞬時にして状況を見極めて立て直しを図るマルイエに希望を見た士官やクルー達がテキパキと動き始めた。


 が、ここでファルナスが割り込んで怒鳴りつける。


「何をふざけてやがるマルイエェ!竜を絶対に逃がすなよ! チンケなお前らの命に代えても竜をかえすなよ! 竜さえいりゃあいいんだよ!あと少しで俺がこの大陸の覇者になるんだからよ!」


 あーっはっはっは!


 動きを止め、ファルナスを啞然あぜんと見やる士官達。


(終わりだな。今のげんで、欲にまみれて従ってきた者共も愛想を尽かすであろう)


「おら! 早く竜にまた行かせろよ!鈍くせえな!」


(準備不足で仕掛けた戦、番の竜さえ手も足も出ぬ相手、士気の低下。儂はファルナス様に付き合うとしても、今や皆の意志に進退を任せても……構うまいの)


 高笑いをするファルナスに、グレブ帝国終焉の足音に。ため息を付いたマルイエは艦長に密かに囁いた。


 艦長はその言葉に瞠目する。


” 旗艦は退艦準備、他艦は各々おのおのの判断にて。犬死に、すべからず。だが従う者は続け ”



「化身様方、てえしたもんだ。俺もうかうかしてらんねえな。わりいが、ちいと下がっててくんねえか」


 皆の活躍により二匹の竜が逃げ去った後で、蓮次が遥か前方の海上を見据えたままに奏達に告げる。


「みんな、急いで下がって! 蓮次の本気はヤバいの!」

「ほらほら下がって~! この子達がいる場所まで、結界の内側からは絶対出ちゃダメよ~?」


 奏、エル、京が慌ててゼペスやガルディが、こっそりと見にきていた町の人間や子供達に注意を促していく。


 全員が慌てて砂浜の後方へと下がっていく。


 群衆の前方で、ガルディと警備隊、アストやラステラ、エルデと獣達が並んだ。


 結界の外に群衆が出ないように、である。


「危ないですよー!そうだ、玄武さん。結界強化をお願いできますか?」

『もちろんじゃとも、京。青龍と朱雀も呼ばぬとなあ。奴らが巻き込まれぬようにせなんだら、後が厄介』



 玄武の結界の外、雨吹きすさぶ大風の中。


 肩越しに、皆が距離を開けたのを確認して前を向いた蓮次は、まるで世間話でもするかの様にまだ見えぬ敵の船団へと語りかけた。


「なあ、グレブのさんよ。やれ誰が善だ、悪だと四の五の言うつもりはねえよ」


 蓮次の声が、じわりじわり、と低くなっていく。


「だがな」


 じわり。


手前てめえ等が思う程によ、命ってのは軽くねえんだ。欲しけりゃ俺から、獲ってみな」


 ドオンッ!!!


 蓮次の身体から噴き出し始めた白い光が、一筋の柱となって黒雲を突き抜けた。


 じわり。


「穫れるもんなら、な」


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