第29話 霊獣、動く。
遠くに見えていた二つの点が、大きくなっていく。
ゆっくりと羽ばたいては、滑るように近づいてくる。
「さて、おいでなすった。俺が
子狐姿のまま蓮次の膝でのんびりと寝そべる
『れんじ。はやくはなびみたい。おいしーの、たべたい』
「んだな。ひと仕事終わったらみんなで腹いっぺえ食って飲んで、玉屋鍵屋と行こうじゃねえか」
『たまもやー。えへー』
「いいねえ、玉藻屋。ご機嫌だな姐さん」
おどけた玉藻前をひと撫でした蓮次が立ち上がった。
「京、姐さん頼めるけえ?」
「あ、はーい。玉藻前様、僕で大丈夫ですか?」
『わーい。きょー、もっかいころんできてー』
「僕、着替えたばっかりなのに?!」
京の腕の中で喜ぶ玉藻前を見て微笑んだ蓮次。
すると。
蓮次の傍の空間の揺らめきの中から、黒髪の竜眼の青年、燃えるような赤い髪の少年、白い顎髭を胸まで蓄えた翁の三人が降り立った。
竜眼の青年が、蓮次に微笑む。
『我等も手伝いましょう。玉藻前にばかり美味しい所を持っていかれるのは癪ですからね。白虎と
肩を
「うめえ酒はいいな。ま、馬鹿の
そう言って頭を下げた蓮次と、そして聴いている三人は知っている。人間は逆上すれば獣と何ら変わらない、という事をである。
蓮次は自分の過去から、また青龍、朱雀、玄武は永い時の中で生き物達を見続けてきたのだから。
と、その時。
陸へと近付いた二匹の竜が、大地を揺るがす程の咆哮を上げた。
●
一方、グレブ帝国旗艦内では、皇帝ファルナスが口から泡を飛ばして叫び続けていた。
「よっし! 竜がおっぱじめやがるな! 何をモタモタしてやがんだ! 全速力で進めよ!」
「真正面からの向かい風です! 今しばらくお待ちを」
「くそ、こんな時に! 魔法で追い風起こすなり、木の板使って全員で漕ぐなり何とかしろ、この役立たず共が!」
ファルナスが大声で怒鳴り散らす。その声に振り返った航海長や操舵長は唇を噛み締め、部下に指示を出し始めた。戦場であろうとなかろうと、大海原で常に命を張り続ける男達は皆、誇りを持っている。
それをあろうことか、『役立たず』と侮蔑されたのだ。
言った相手が皇帝でなければ、
そこに。
宰相マルイエが
「ファルナス様、焦りは禁物ですぞ! 勝利を確信したのであらば、ここは我が国が誇る海の男達にお任せあれ!」
それを聞いたファルナスが、内心で舌を打つ。
(ち、ホントうっせえなあマルイエは。だがもうすぐだ。竜が行った。このままちんけな町を奪えば、後は一気だ。そしたら用無しだぞ、
僅かにしかめっ面をしたファルナスが、打って変わった笑顔を見せた。
「勝ちが見えて焦っちまった、みんな済まねえな。役立たずだ何だってのはもちろん本意じゃねえ。マルイエの言うとおりだ。ここはお前らに任せる。頼りにしてるぜ?」
「「「「はっ! お任せあれ!」」」」
ガハハハ!と笑ったファルナスは気付かない。
マルイエと、艦長や航海長といった指揮官達との、一瞬の悲しげな目線のやり取りを。
そして。
ダノンの町で何が起こっているかを。
●
ヒュ、ゴオオオオオオオオオオッ!!
コオオオオオオオオオオ!
猛々しく口をガパリ、と開けた竜二匹が、身の毛もよだつ吸気の音を響かせ、胸部を膨らませていく。
ゴアアアアアアアアッ!!!
竜眼の瞳孔を収縮させて、蓮次達の左右前方から放たれた二筋の黒いうねりが、ダノンの町に向かう。
シュン!
シュウウ!
が、波打ち際の辺りで搔き消えるブレス。
グオオオオオオ!
グ、ガアアアアアアアアアア!!
その光景に、竜達がまた怒り狂う。
駈けつけたダノン領主ゼペスは、呆然とその光景を眺める事しかできない。三階建ての建物ほどの大きさもある竜が放つ攻撃の全てが、目の前で何事もなかったように搔き消えていく。
「これほど、とは……」
思わず呟いたゼペスの脇に並んだ弟、ダノン警備隊の長ガルディは苦笑いをして肩を竦めた。
「俺もさっきまで、
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