第28話 玉藻ちゃんどうしたの?きゃー、可愛い!


流石さすがの、あねさんだな。あんなでっけえ獣二匹がよ、姐さんの御威光にやられちまって、近寄って来もしねえ」


 蓮次がのように手を掲げて見やる先には、合流したつがいの竜がぽつりぽつり、と見えている。


 きゅう……。


 子狐姿に戻り、蓮次の膝の上でしょんぼりとしている玉藻前は海水で濡れそぼった体をを拭かれながら、ちからない返事をした。


 せっかくの気合も見せ場も、水面に倒れ込んで意気消沈の玉藻前は蓮次の優しい手つきによる拭き上げに、目を細めてすがままである。


 そこに、北の敵を撃退したかなでが狛犬の『うん』に乗ってやってきた。


「よっこらしょ!『吽』様、ありがとうございます!」


 お辞儀をする奏に、神妙に頭を下げる『吽』。


「おう、お帰り。どうでえ首尾は。ま、おめさんの事だから上々じょうじょうってとこなんだろ?」

「もっちのろんよ!奏ちゃんは頑張ったよ!」

『蓮次様、奏は見事、誰一人傷つける事なく敵を追いやりました』

「そいつはすげえな。流石流石の奏様だなあ」


 と笑う蓮次に、ご褒美で頭でも撫でて貰おうかしら!と意気込む奏だったが、蓮次の膝の上にいる玉藻前に目をやり絶叫した。


「玉藻ちゃんどうしたの?しょんぼりしてる!ウルウルの瞳がやばすぎる!元気出して?いいこいいこ!何か湿ってる?蓮次タオル貸して!」

「おうよ」

「あれ?結構湿ってるじゃん、いっか。タオルタオル」


 かなり水分を含んだ手拭いをイベントリ無限収納に仕舞い、わしゃわしゃわしゃ!と頭や鼻先、体を丁寧に拭いていく奏に、これまた玉藻前は身をゆだねている。


 そこに、エルデ配下の狼に乗ったエルと狛犬の『阿』に乗った京が駆け込んできた。


「蓮さん、こっちも追い払ったわよ。あら!奏ちゃんもふもふしてる!ズルい……あら?玉藻ちゃん元気ないの?」

「南の竜は逃げていきました!グレブ兵は、あああ?!」


 心配そうに玉藻前に駆け寄るエルと、『阿』が急停止した為に前方へと投げ出された京がたたらを踏みながら海面へと転がり込んだ。


「京!何やってるのよ!ホントにアンタって人は……あれ?玉藻ちゃん嬉しそうに尻尾振ってる」

「ぷはぁ!しょっぱい!まさかの海面ダイブ!ちょっと『阿』さん!ヒドイじゃないですか!」


 蓮次とエルはその姿を見て爆笑し、砂浜にいたガルディやダノン警備隊の面々も肩を震わせて笑いを必死にこらえている。


 そんな中、『阿』は憮然とした表情で言い放った。


『京よ。貴様……竜と闘っていた我にまで攻撃を仕掛けようとしたな』

「だから先に説明したじゃないですか!攻撃はグレブ軍だけ狙うように設定しますから自由に動いてもらっても大丈夫ですよって!」

『む、そうだったか。それはすまなんだ』

「素直に謝られた?!ああ、着替えなきゃ……」


 京はイベントリ無限収納からタオルと着替えを取り出した。


 そこに。


「京。姐さんが用があるってよ」

「へ?」


 ぽひゅ!


 ぽひゅ!ぽひゅ!

 

 見ると、玉藻前が手をくい!くい!と差し出している。


「何なんですか?!……ああもう、ハイタッチですね!」 

『京、仲間ー♪』

「ええー」


 玉藻前の嬉しそうな念話が『祭囃子』の四人に届いたその時。


「お?来るぜ」


 蓮次が声を発すると共に、海を見やった。

 一斉に海を見た面々が、緊張感に顔を引き締めた。


 黒い二つの点が、ゆっくりと大きくなっている。

 

「さて、すまねえが。また力を貸して貰えねえかい?この町の人間に手出しさせる訳にはいかねえからよ。兄さん、姐さん方頼んだぜ?締めは期待してくんな。さ、みなで派手に行こうぜ」


 周りへはからりと微笑み、くっ、と空間の揺らめきに向かって頭を下げた蓮次に、蓮次と苦楽を共にした仲間と警備隊が呼応した。


「蓮さん!やりましょ「ギッタンギッタンにして、とっととお祭りの準備だからね!」ぎゃああ!奏ちゃん僕にも言わせてよ!」

「うふふ。いつもどおりね」

「「「「「マツリバヤシの皆様と共に!」」」」」


 グ、オオオオオオオオオオッ!!!


 蓮次の傍の揺らめきでも、様々な雄叫おたけびが上がった。


『あと五年……すぴー』


 だが。


 玉藻前だけは京とのハイタッチ後、満足げに眠りについていた。



 その頃、グレブの旗艦では。


「術師に逆らっていた竜二匹の制御、ようやく取れました!」

「くそっ!召喚してやったのに手間取らせやがって!竜の強さってのは只の伝説か?!いい、行け!行け!俺様の為に働けや!ダノンに入ったらありったけの食糧と金と女積んで、王都シーレーンまで一気だ!」


 皇帝ファルナスの怒りとも焦りとも区別できない怒号が絶え間なく続いていた。

 

 召喚術師に歯向かっても目指すダノンに向かおうとしない竜二匹。

 

 その意味を考える事無く。

 グレブ帝国希代の軍師と呼ばれたマルイエの言にも耳を貸さず。

 皇帝ファルナスは怒鳴り散らす。

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