第10話 炊き出しと騒動と

 

 蓮次達一行がダノンの町に着いたその日。


 町に滞在する間の拠点として、ヨハンに程良い宿屋を教えてもらおうとした一行は、


「水臭いこと言うな!俺のところに好きなだけ泊まっていけよ!」


 という、ヨハンのたっての願いによって、ヨハンの商会兼自宅に滞在することとなった。


 ヨハンの商会の二階は商談でこの町に訪れた来客や従者が宿泊できるようになっており、三階がヨハンの自宅となっている。


 泊まらせてもらう礼代わりに蓮次達がヨハン夫婦とその子供達に料理の腕を振るい、噂を聞きつけて押しかけてきたアスト一家や『白夜』のメンバーも交えて、楽しい夜を過ごしたのであった。


 翌朝。


 ダノンの町の孤児院の敷地内では、大勢の子供達が列をなして炊き出しが始まるのを今か今かと待っていた。


 そこには、獣耳や尻尾を持つ様々な種族の子供達もかなり混じっていた。一緒になって分け隔てなく騒ぐ姿を見て四人はほっこりとする。


 国や町によっては、獣人や人間それぞれの立場が弱いところがあり、差別政策を行う領主さえ存在するのだ。



 お気に入りの器や孤児院で貸し出された器を手に持って、子供達はわいわいきゃあきゃあ、うわーん、などと泣いて笑ってはしゃいでの大騒ぎである。


 そんな中。


 ざっと人数を数えてきた京が、包丁を片手に仕込みをしている蓮次の傍へとやってきた。


「町がしっかりしてるからか、思ったより並んでないね。ただ町の子や大人もいるかな?体調が悪かったり食欲がない子達は、別メニュー出して煎じた薬を飲ませてきた。人数は前回と同じくらい、150人と少しだね」

「おお、そうけえ。ま、ガキの食う量なんかたかが知れてるしよ、ついでに腹ぁ空かした奴ら、片っ端から並ばせちまっても構わねえぜ?」

「かまわないぜっ!です」

「構わないですー!」


 蓮次の言葉を、配膳の手伝いに来たラステラとケルンが真似をする。


「おう、おめさん達すまねえな。顔馴染みがいりゃ、ガキ共も安心だろ」

「任せてくださーい!ものすっごい働きますよ、私達!美味しいご飯のために!美味しいご飯のために!」

「僕達の顔見知りの子供達や友達も多いので、蓮次さんや皆さんの料理で驚く顔を見るのが楽しみです!」


 満面の笑みでガッツポーズをする二人。

 手が空いたら食事に混ざる気満々である。


「じゃあ、奏ちゃんとエルは蓮さんと一緒に料理。僕とラステラちゃんとケルン君は孤児院の人達と一緒に列整理や案内だね。よろしくね」

「「京さん、よろしくお願いします!」」


 元気よく頭を下げる二人に微笑む京。


「おう、頼んだぜ」

「京。頑張って作るから、二人に負けないよう頑張りなさいよ!」

「忙しくなったら私達もお手伝いに行くからねー」


 手を振って三人を見送るエルとかなで


 そして。


 小皿を片手に汁物の味見をした蓮次が言った。


「ま、こんなもんけえ」






 ごん、ごーん。


「はいはーい!ちゃんと並んで進んだら、すぐにご飯が食べれるよー!順番抜かしした人は、一番後ろに並びなおしだからねー!」

「お代わり自由でいっぱいあるから、慌てないで焦らないで下さーい!」


 時折鍋とお玉で音を出し、列に沿って説明を重ねるラステラとケルン。

 京は、二人が手に負えない事態が起きた時のフォロー役として、二列に並ぶ人々と二人を見守っている。


「なあ、今日腹いっぱい食べれるってよ!ミュウは何食べたい?お兄ちゃんが取ってきてやるから!」

「ほんと?みゅう、おっきいおにくたべたいな」


 犬の獣人と思われる幼い兄妹の兄が嬉しそうに妹に問いかけると、妹は小さい手の親指と人差し指で、これくらいのお肉!と輪っかを作って兄に見せた。


「そっか!今日はきっと食べれるぞ!!」

「ほんとに?じゃあおにいちゃんもいっしょにたべよ?」

「ああ!」


 兄の服を掴み嬉しそうにぴょんぴょん飛ぶ妹と、その頭を撫でる兄。


(お腹いっぱい食べてね。蓮さんも喜ぶよ)


 京はそんな兄妹を見て、微笑んだ。





「なあ!なあ!すげえだろ!俺の飯!」

「お前、皿に肉だけかよ……俺も!」

「はぐはぐはぐはぐ!はぐはぐはぐはぐ!」

「この『ダシマキ』?ふわふわしてすっごくおいしい!」

「おさかなに『ショーユ』?このくらい?」

「最初は少しだけかけて、味見してみたら?」


 孤児院から出されたテーブルセットや地べたに座って、ワイワイきゃあきゃあと大人も子供もはしゃぎながら思い思いの料理を食べている。


「…………!……!!…………」

「ミュウ、そんなに口の中に詰め込まなくても……おかわり、するか?」

「……!(こくこく!こくこく!)ぷは!みゅうもおにくのとこにいきたい!」

「お、おう。次は何食べたい?野菜も食べないとダメだ」

「うん!」


 京がニコニコと、先ほど見かけた兄妹が手をつないで駆け出すところを見ていると、頭に被せた手ぬぐいを取りながら蓮次がやってきた。


「どうでえ、塩梅あんばいは」

「みんな喜んでるよ。もう仕込みは終わったの?」

「ああ。ついでに先の分も仕込み済みだ。奏の巾着袋無限収納にぶっ込んどいた」

「巾着袋……!大泥棒も真っ青だね」

「ちげえねえ」


 くすくすと笑う京の横で、蓮次がこきりこきり、と首をほぐしながら辺りを見渡して、目を細めている。


「ま、ガキ共が喜ぶ顔が、何よりだ。腹あ空かせすぎたら、心も身体も冷えちまう」

「蓮さん……」

「俺も親なし、身よりもいねえ。このっくれえの時分にゃ、年がら年中腹空かしてたからわかんのさ」


 身上しんじょう話にからりと笑う蓮次は、気遣わしげな顔をした京を見て、自分の頭をぺしり、と叩いた。


「おっとっと、こりゃいけねえや。しみったれた身上話ですまねえな。ま、おめさんも、一休みしたらどうでえ?」

「あ、うん」

「キンキンに冷えたうめえ茶、飲むかい?茶請けならガキ共にたんまりと拵えてあるしな」

「いいね。奏ちゃんやエルはどんなだろ?休めるかな?」


 京が臨時の野外調理場に目を向けた、その時。


 子供の悲鳴と叫び声が、列の先頭から聞こえてきた。


「あん?」

「あ、あの子!」


 蓮次と京が目を向けた先には。



 ミュウが地面に倒れ込み、兄のロブルがミュウを抱き起こしながら、子供達に向かって叫んでいる。


「ミュウ!……何すんだよお前ら!」

「……ミュウがウロチョロしてるから、いけないんだ」

「おにいちゃん……みゅう、ヘーキだよ?……あっ」


 孤児院のスタッフや大人、年上の子供達が自分達の為に作ってくれた、おいしいゴハンが地面で土と草にまみれて転がってるのを見て大粒の涙を溢すミュウ。


 しゃくり上げながらひとつひとつの肉や野菜を、拾っては手で払い、ふうふうと吹き、皿に拾い集めていく。

 

「おにくさん、おやさいさん、ごめんなさい。みゅうが……みゅうがいけないの……ごめんなさい…………」

「お、お前がどんくさいからいけねえ……んだぞ」

「そーだそーだ!エランのいうとおりだ!自分のせいー!」

「てめえらー!!」


 そんなミュウを見て囃し立てる子供達の真ん中で狼狽えている子供に、ロブルが掴みかかっていく。


 それを見た京が飛び出そうとするのを蓮次が止めた。


「蓮さん?!」

「ま、にいる二人に任せようぜ」


 蓮次がニヤリと笑って指を差すその先には。


「こらぁ!何してんのよっ!」

「どうしたのかしら〜?」


 腕を組んで仁王立ちする奏と、ミュウを抱き起こすエルがいたのだった。


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