第20話 グレブ帝国の誤算と、それぞれの闘い


 グレブ皇帝ファルナスは、占領したザンザムールの王城の王座で悦に浸っていた。


 着飾らせた見目麗しき女性達に酒をがせ、珍味や果物を口に運ばせている。


「食いモンも酒も女も、大したことねえなあ!こんなショボくれた国でお前等、よく満足してたもんだ。なあ?」


 ファルナスの足元や脇で、女性達が顔を俯かせる。

 その中にはザンザムールの王女達も混じっていた。

 

「レンダを落としたらちっと可愛がってやるからよ。亡国の王女も含めてなあ!だっはっはっは!」

「この、痴れ者!!」


 ファルナスの言葉に、憤怒の表情で駆け寄った少女。

 が、すぐに衛兵に取り押さえられる。


「くぅ……!放しなさい!」

「おおっと!威勢がいいねえ王女様、ざーんねん!」


 ニヤついた顔で立ち上がったファルナスが、取り押さえられて座り込んでいるザンザムールの王女、セレナの胸ぐらを掴む。


「チンケな国の王女になんざ興味はねえが……お仕置きっつって泣きわめかせるのも悪くねえな」


 ファルナスは佩いていた小剣で、ドレスの胸元から腹の部分まで切り裂いた。


 セレナの白い胸元があらわになる。

 絹を裂いたような、セレナの悲鳴が響き渡った。


「きゃあ!」

「おお〜!ガキみてえな面の割には出るとこ出てんな!よし、お仕置きだ!」

「い、いや!」


 自分がされようとしている事に顔を青ざめさせたセレナを、ファルナスがニタニタと笑いながら引きずって行こうとしたその時。


 宰相マルイエが進み出て、膝まづいた。



「あ?お止めください、とでも言うつもりか?斬られてえのか?」


 ファルナスの物言いに、マルイエはグッと頭を低くして報告した。その姿には、怯えも呆れもない。


「伝令が入りました。お手打ちは後でいかようにも」

「……ちっ」


 ファルナスが舌打ちをしつつ掴んでいたセレナの服を放し、どさりと床に腰を落としたその姿には目もくれず、目線でマルイエを促した。


「半日もかからぬうちに竜二体がダナンに到達する見込みでございます。我らグレブを散々てこずらせた憎きレンダ公国が蹂躙される様をじかにご覧になられて、その後レンダ王城に引導を渡すという計画は変更、でよろしゅうございますね?」


 噛んで含めるように告げるマルイエを冷たい瞳で睨みつけるファルナス。

 年老いて垂れた瞼の奥から上目遣いに覚めた視線を返すマルイエは癪に障るが、この段階で排除するのはまだ早い、と判断したファルナスは楽しそうに笑った。


(竜の力で一気に王都まで飲み込んでやらあ。レンダが手に入ったらじじぃは用無しだ。レンダ近隣から術師をかき集めさせて竜をありったけ召喚させるか……いや、レンダ以外にこの大陸で脅威はねえ。しばらくは楽しませてもらうぜ!いやー楽しいねえ!!まいんち毎日まいんち、うまいもんと酒と女だぜ!)


「よっしゃ!マルイエ!船にありったけ詰め込め!食いもんとお宝といい女、それとチンケな王族も忘れんなよ!この大陸は俺たちのモンだぜ!」

「畏まりました」


 ファルナスの大声に、広間にいたファルナスの息のかかった重臣達や軍部の兵団長達の鬨の声が追随し、後処理を請け負ったマルイエが重々しく頷く。


「おら!グズグズしてんじゃねえよ!出発だ!」


 ファルナスがマントを翻して部屋から出ていき、その重臣達が慌てて後を追う。


 王女を含めた女性達を、麾下の兵士達が拘束して、部屋を出ていく。その兵士達は王の間に山積みにされた財宝には目もくれていない。



 指示を出し終え、ガランとした王の間を見るマルイエ。


(先々帝陛下に申し上げ奉る。このいくさをもって、マルイエ=ルイゼンガルドはいとまをさせて頂きます。それは、闘いの最中さなかか、闘いが終わった後かはましょう)


 マルイエはそこまで考えて、苦笑いを浮かべた。


(召喚した竜二体が指示を外して、迂回しつつダナンへと進んでいる。幻獣、魔獣の類が警戒し、そして召喚者の命令に抗う理由……警戒すべき存在がいるという事。なれど……死力を尽くしましょう。この国にこれ以上の汚名は不要。天は天、土は土、命は命の源流へ。ファルナス様をお諫めできなかった。きっと貴女の元に参りますゆえ、今しばらく叱咤はお待ち下さいませ、テレンジーナ陛下)


 胸に手を当てて、一瞬だけ目を閉じたマルイエが次に目を開けた時。


 その表情に浮かぶものは、何もなかった。


 


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