第21話 ダノンの町南、狛犬『阿』参戦。


 蓮次の頼みによって京を乗せる狛犬、阿吽の『阿』が平野を駈けている。


 目指すはダナンの町南方域、ザンザムール王国への境界線である。



 


「南は竜が来るんだっけ。異世界ファンタジーだと定番でワクワクものだけど、闘うのはどんな感じなんだろ。ウロコ固いのかな?……うわ!お、落ちる!」


 速度を増した『阿』の背中に乗っている京が、必死でたてがみを掴んだ。



 がう?



 走りながら振り向き、怪訝な目つきで見上げる『阿』。


「あ、あの!転げ落ちるかもしれないのでもう少しお手柔らかにお願いします!」



 ぐ、るー。



 しょうがねえなぁ。

 呆れが丸分かり、な唸りである。


「うう、ご機嫌麗しゅう!ご機嫌麗しゅう!『阿』さんに呆れられましたよ……」


 『阿』は緩んだ表情で振り向いたり欠伸をしたりと余裕だが、京からすればあっという間に後方に流れていく景色に冷や汗を掻き通しであった。


「蓮さんの頼みで乗せて貰えたけど、バイクで高速をノーヘルで走ったらこんな感じなのかも!怖すぎる!……あ、あれかな」


 遠い前方の空を黒々とした大きなモノが、羽ばたきながら滞空している。

 黒い竜。


「うわーでっかい!三階建ての一軒家くらいある!それに、圧がすっごいね」


 京からすれば小説やマンガ、ゲーム等でお馴染みの竜だが、実際に目にすると威圧感、存在感が常軌を逸脱するレベルである事を感じさせるその姿に驚く。


 だが、普段から蓮次の傍にいて神格の化身に馴染み深い京だからこそ、お道化ながらも観察は怠らない。


「青龍さんみたいに超高高度から雷撃されたら『阿』さんに祈りを捧げて逃げ惑いましょうかね」



 メニューの情報。

 過去の魔物との闘い。

 分析。

 自分にできる事。

 できない事。



 そして。

 譲れない事。


「人間と魔物側はいきなり戦闘になるか、一旦は様子見に来るか。普通は後者でしょうけど……ま、こちらは誰がどれだけ出てこようと通しませんよ?」


 とぉん。


 自らが一瞬だけ垣間見せた気合いに反応し、『阿』の進む勢いが増した事に京は気付かない。

 




『祭囃子』は蓮次合流後、神格や化生のモノの戯れに付き合わされ、模擬戦をする事が多かった。


 当然、その破格ともいえる相手との戦闘は、闘う度に京、奏、エルを昇華させ、魔王との闘いにこの経験は十分に活きる事となった。


 その結果エルは魔王とタイマンを演じたが、魔王戦に蓮次と京と奏の三人が話をしていた為に、エルが先陣を切って闘っただけである。


 そう。


 三人の誰が出ようと、魔王と互角に闘える経験と力を得る機会に恵まれていた。

 そして今や蓮次は別格として、得手不得手はあっても三人とも互角である。


 闘いが終わって、自分の拠点に戻る前に魔王が楽しそうに言った言葉。


” 『私は四天王の中では最弱だ!』と言う日が来るとはな! ”


 自分を仲間の一人と数えた魔王に、蓮次以外の全員が見事にずっこけた。

 蓮次はそんな魔王と皆を見て、おかしそうに笑っただけであった。


 『祭囃子』と、困窮の大地を抱えて世界に攻め出るを得なかった魔王、魔族。


 蓮次達の手助けによって豊潤な大地へと生まれ変わった、結界に覆われた封印魔王領での交流は今でも続いている。



 竜が羽ばたく下を進んでくる大群が遠目に見え、京はメニュー画面の広域マップを開いた。


(後方の赤はグレブ、約2000。黒の竜、獣、魔獣で50頭。黄色のザンザムールの3000を前面に押し出してきてる。竜がいるから配備は少ないのかな?友軍だったザンザムールの被害は減らしたいけど、叛旗を翻した瞬間にあの軍はグレブと竜に総攻撃を食らうだろうし、彼らも本気で来ざるを得ない。なら、マーキング変更)


 京は、マップの設定を弄り、に敵意と害意の気配を持つ者、持たない者、それ以外と分けた。


 祭囃子の三人は召喚のデフォルト能力スキルとして、ストレージ無限収納、メニューウインドウ、言語理解を得ている。


 マップの設定の有無やメニューウインドウの改変は、元々ゲームが好きだった京が行ったものを奏とエルに移植したものだ。


 ちなみに蓮次はメニューウインドウを全く理解できずに、「美味うめはお前さんらでと分けりゃいいさ」で終わった為、蓮次はメニューを使えない。


 それどころか、京たち三人が持っている召喚者スキルのストレージ、言語理解を取得していない。


 それでも蓮次は『祭囃子』の中では誰よりも早く生命と打ち解け、イザという時には一番強く頼りになる、気風のいい、優しい男だった。


 そして。


 三人はそんな蓮次の足手まといになる事を恐れ、少しでも力になれるように努力を続けたのだ。


 何がどれだけ出てこようと、覚悟は決まっている。



(獣や竜は、テイマーや召喚者に強制的に支配されているとは言っても、そこは攻撃で逃げるなり闘うなりを本能で判断させるしかない)


 京はそう考えた。


 命のやり取りは、召喚されてから何度もしている。

 闘いの中で必要な事は見えている。

 必要であれば、躊躇いなく斃す。


 魔物や敵が同じ命を持つとはいえ、大切な守りたい物と、それを守り通したい自分の命は譲れないのだ。


 京は大軍と竜を目の前にして、更に戦意を高めていく。


 だが。

 ここで、異常事態が発生した。


 京が『阿』に念話で話しかけた時だ。


(『阿』さん、竜をお願いできますか?人間側の様子を見てから追っかけます)

(任せろ。歯ごたえがなければ倒してしまっても、構わんのだろう?)

「……………………喋れたんかーい!!!」


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