第22話 それが、命だ



「………………喋れたんかーいっ!!!」


 念話と言葉でのやり取りに、流暢に返事をしてきた『阿』。

 しかもどこで仕入れたのかファンタジー風に味付けのある台詞。


 京は驚きの余りに狛犬のたてがみを手放し、後方に体を持っていかれた。

 それでも何とか身体を捻って、を踏みながら地面に降り立つ。


 そして、怒涛の勢いで『阿』に文句を言い始めた。


「ザンザムールとグレブの軍勢を一気に抜き去って、本命の竜戦を始めたかったんですよ本当は!理解できるなら最初からコミュニケーションを取って下さいよぉ!」

(一体、何を怒っているのだ?解せぬ)


 だが、そんな台詞は従魔でも眷属でもない、ましてや格上の存在に届く訳がなく。


「会話ができるなら、最初からそうして話してくれたら作戦会議とかできましたよ?!何なんですかぁ!」

(意思の疎通など、無論出来るに決まっていよう。我は八百万の神々に仕える『』ぞ?全くぎゃうぎゃう!と煩わしい。これだから人という生き物は)

「僕が悪い感じに持って行った?!」

(はあ。我はくぞ。なんちゃってポニテ美少女が)

「何を言っちゃってんですか?!紛うことなき男子ですから!というかもう鳴き声に戻して下さって結構ですよ?!とっとといってらっしゃいませ!」


 ふんっ!


『阿』が鼻息ひとつ、駆け始めた。

 京は肩を落としつつ、竜に向かって跳ねる様に空を駆ける『阿』の後姿を見送る。

 程なく、竜と『阿』の雄たけびが重なり合い上空では二頭の牽制が始まった。


(全く、もう!……まあ、余裕そうだったから大丈夫だよね。さて、こちらも行きますか)


 京が前方を見やると、グレブの軍勢は竜と『阿』を見上げて騒いでいる。


(ま、頼みの綱がいきなり戦闘となって驚いてるね)


 賢明にも、ザンザムールの兵達はどこ吹く風、の姿勢である。


「お、ザンザムールの皆さんは突発的な事態にも動じてませんね、素晴らしい。さて、と。赤と黒にロックオン。グレブの先頭、距離1500m。小手調べだけど、派手に吹っ飛んでもらいましょうか。『燕』、お願い。僕に力を貸してくれるかい?」


 左手で柄頭をとん、と叩くと、愛刀はぶるりと震えた。

 

 すらり。


 京は優しく愛刀を抜き放って鞘をストレージに収め、脇構えの様に身体を沈めた。





 古刀、燕。

 名付け親は京である。

 

 蓮次の傍にあるゲートを通じてイワナガビメとサクヤビメから刀を借り受けた京が、初めて魔獣と戦闘をした時、振りぬいた刀から小さな黒刃が飛び出して離れた敵を斬りつけた。


 それを見て『まるで舞う燕みたいだ』と後に京が名付けたのだった。


 反りと刃紋の見事な鍔無しの刀は、使用者の術や魔法を斬撃に取り込むと同時に、意志や気力をブーストで乗せる効果を持った。


 まるで、京の感情を受け止めて、共鳴するように。



「だいたい、さ」


 京の視界に映り込むマップ。

 2000強のマーカーが一斉に赤く光った。


「他国に攻め込む事のないこの国を攻め続けて、大切なものを守ろうと必死に頑張る人達を踏みにじろうとして、傷つけて。命を奪おうとした側が奪えなかったら、どうなると思っているのかな?覚悟、持って来たよね?」


 囁き続ける京の声が、その背中と同様にゆっくりと、低く沈み込んでいく。


 そして。

 







” 【跳ね燕】 ”









 逆袈裟に振り切られた燕から、一筋の三日月が稲妻を纏いながらザンザムール軍の頭上を通過する。

 



 一が二。

 偃月えんげつ、偃月。




「どんなに泣いて傷ついたって」




 二が、四。

 偃月、偃月、偃月、偃月。

 



「大切なものを守る為なら」




 四が、八。

 偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月。

 



「叫んで、歯を食いしばって」




 八が、十六。

 偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月。

 


 

「何度だって立ち上がる」




 十と六が、弾ける。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。


 


 瞬く間に群れとなった半月の刃達が、京にマーキングされた全てのものに向けて、襲い掛かっていく。




「それが、命だ」




 京の視界を埋め尽くした三日月の。

 暴虐が、始まる。




 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。               

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。

 偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月、偃月。




「それが、消える事無く世界に紡がれ続ける、愛だ」




 万雷の轟音が鳴る。


 無数の偃月に触れた全ての者達の身体が、弾かれた様に高く高く舞い上がった。

 黒竜や魔物にも偃月が襲いかかり、留まる事なくその全身から爆発音が鳴り響く。


 ガ、アアアアアアアアアアアア!


 竜は首を振って嫌がる素振りで叫びを上げているが、間隔を置いて放たれる『跳ね兎』を喰らい続けては、どんどんと後方に押し出されていく。


 一瞬だけ耳に飛び込んできた、別の轟音に微笑む京。


「さ、まだまだ行きます。……、死ぬほど後悔させてあげましょう」


 


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