第6話 何だこれ……


「な、何だこれ……」


 カシが、目の前の光景に呆然とする。


 獣達が泡を吹き、そこかしこで折り重なって倒れている。

 今この場で立っている獣は、森の主と九尾の子狐、玉藻前たまものまえだけであった。


 森の主は観念したように、腰を落として項垂うなだれている。


 そこに。


 子供達を助けに来たアスト達が到着した。





「ど、どうなっているんだ……何だこれ……」


 カシと同じように呟いたアスト。


 ヨハンは呆然と森の中を見回し、ケルンは見たことがない獣や魔獣を発見したのか、目をキラキラとさせている。


「おめさんすげえなあ。ガキどもを守って、しかも森の獣に一匹も。こいつらが森のヌシさんに詫びを入れられるように仕向けたときちゃあ、言うことねえな。ありがとな、てえしたもんだよ。うめえもんたんまりと食わすからよ。期待しててくんな」


 尻尾を一尾に戻し、くりくりとした黒目に戻っている玉藻前。

 蓮次にわしゃわしゃと頭を撫でられて、嬉しそうに目を細めている。


「おお、おめさんがここのヌシけえ」


 森の主は、蓮次が近寄ってきてからずっとカタカタと震えている。


「長生きしてんなら俺の言葉、わかんじゃねえのか?」


 森の主は、こくこく、と頷く。

 蓮次は、森の主に頭を下げた。


「すまねえな。勝手におめさんの縄張りに入っちまってよ。この通りだ」


 蓮次の傍にいたアストと森の主が目を見張った。


「今、張本人達を連れてくっからよ。ちぃとばっかり暇、くんねえか?」


 その言葉に、森の主がまた、こくこく、と頷いた。


「助かるぜ。待っててくんな」


 手を挙げた蓮次が、スタスタと歩き出した。


「あ、ちょっと待ってくれ!」


 その背中を、アストが追いかける。


「な、なあ、蓮次


 追いついてきて恐る恐る話しかけるアストに、蓮次が首筋を掻いた。


「何でえ何でぇ、ずいぶんとかしこまってんじゃねえか。おーかいかいい。今まで通りによ、蓮次って呼んでくんな」

「あ、ああ……なあ、蓮次。あ、アンタのその子狐、どんだけ強いんだ?召喚してるのか?それともアンタらのいた世界でテイムしたのか?」

「ま、ちぃと訳ありでな。おっと、話は後だ」





 蓮次の先回りをした玉藻前の尻尾を掴んで蕩けそうな顔をしているトトと、顔をしかめ、時折前足でトトの頬をはたく玉藻前の傍にいたカシとナナン。


「おう、おめさんたちけ?あぶねえ森に黙って入ってったのは」

「……ごめんなさい」

「ごめんなさい。助けに来てくれて本当にありがとうございました。もう、トト!ちゃんと謝らないと!森に私達が勝手に入って、森のヌシさんと皆様に迷惑をかけたんだよ?!そういうの、良くない!」


 ナナンの言葉に、カシが姿勢を正して頭を下げた。


「本当にごめんなさい。俺、絶対うまくいくって思ってて……誰にも迷惑をかけないで母さんの病気を治せる花を取ってこれるって……。ナナンやトトが俺のせいで死んじまってたかと思うと……本当にバカだった。ご……め……」


 しゃくりあげるカシの頭を、わしゃわしゃと撫でた蓮次。


「身に染みてわかったんなら、それでいい。だけどな?一番謝らなきゃなんねえ相手は他にもいんだろ?」

「?」


 涙を手でゴシゴシと拭きながら、カシが蓮次を見上げた。





「「本当にごめんなさい!」」

「……」


 頭を下げるカシとナナンを、森の主はじっと見つめている。


「どうでえ、ヌシさんよ。おめさんの腹立たしいのもわかる。人間が勝手におびえてよ、自分の庭を柵で囲っちまってよ。そのくせ、困った時にはやれ逃げ場だ、いいもんがあるからちょっとくれだ、勝手なことを抜かしやがる。大切なもんは、ヌシさんにだってあるってのに、なあ」


 蓮次の言葉に、カシとナナンは項垂れる。


「だがな。すべての人間がおめさんをおっかねえと思ってる訳じゃねえ。神様だなんだと手を合わせるやつもいる。人間なんてそんなもんだ。人様だ何だって抜かしても、いろんな人間がいてよ。みんながみんなお天道てんと様にがっぷり四つで、キラキラと照らされてる訳でもねえ。ヌシさん、の手下にもそんなやつはいねえかい?アンタは、真っ直ぐに全てが順風満帆、生まれてきて、何も怖いものはねえ、幸せだぜってそんな塩梅あんばいだったんなら仕方ねえが、な」

「……」


 森の主の瞳が、少しだけ揺らぎを見せる。


「アンタは、ここに安穏の地を拵えて、静かに暮らしてきた。獣達が暴れねえように手なずけた。この場所にあるもん以上のことを望まねえで、森にくる人間達が何かを仲間を傷つけない限りは放っておいた。てえしたもんだ」


 蓮次は、そこでカシとナナンに目をやった。

 二人は俯いて、ぽたぽたと涙を零している。

 

 自分たちの大切な場所に侵入者が来て。


 奪い。


 傷つけて。


 居座って。


 また傷つけて。


 また奪って。


 居場所が無くなっていくとしたら。


 その恐怖を、怒りを、悲しみを。

 理解できてしまったのだ。

 蓮次は森の主と目を合わせ、静かに語り掛けた。


「こいつらは、アンタがこの森に辿り着くまでの、昔の姿だと思う訳にはいかねえかい?人間は、生き物は、昔のそんなアンタと一緒で、足元がおぼつかねえ奴らばっかりだ。こいつらは母親の、また母親代わりの命を思って、どうしても助けたくて仕方がなくって、やらかしちまったんだ。可愛いとこもあんだろ?アンタと同じ、家族や仲間、自分たちの場所をよ?やっぱり守りてえんだよ。どうだい、アンタの器量で、こいつらが家を荒らした罪を許してやっちゃくれねえかい。わだかまりを抱えて、生きていくのはつれえと思わねえか?」

「ごめんなさい!もう二度と、こんなことしません!」

「ごめんなさい!私もさせません!しません!」


 涙を拭いながら、必死に頭を下げるカシとカナン。

 トトがいつのまにかカシの足にしがみつき、泣きそうな顔で頭を下げている。


 蓮次も。

 アストも。

 ヨハンも。

 ケルンも。


 そして。


 ふう。


 ため息をついた後に、僅かに頷いた玉藻前も。




 すると。


『もう、けっこうです。あなたの言いたい事は、理解できました。状況も、理解できました。これで手打ち、と致しましょう』


 森の地面から、ところどころに淡い光が浮かび上がった。

 無数の花が、光を帯びている。


『今、指し示している花は、我らが病に伏せた時、しょくすもの。その効能は違えど、その花々のお陰で、この森で病によって朽ち果てた獣は皆無。きっと、その子らの願いは形となって、実を結びましょう。余りは糧と、なりましょう』


 それを聞いたヨハン達は、歓声を上げた。


「そうけえ、流石化身様だぜ。ほれ惚れするくれえの器量だな。さ、カシ、ナナンとやらよ。化身様のお慈悲でえ。おめさんの母親が身体を直して、しばらく稼ぎがなくっとも暮らしていけるくれえ、貰っていきな。遠慮はしねえほうがいいぜ?ここにはもう来れねえってな頭で、と揃えていきな」


 大声で泣きながら座り込むカシとナナンは、何度も頷いた。

 森の主は、そっと囁いた。


『私より、遥か上位のの願い、慈悲。無碍むげになど、できますものか』





 

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