第7話 楽しい食事、そしてダノンの町へ


 森を抜けだし、無事に柵の外へと出てきた七人と二匹の

 カシとナナンは、様々な花を麻袋いっぱいに詰め込んで背にしょっている。


 蓮次が花を摘む事に遠慮するカシとナナンを見て、森のヌシの指図の下に目いっぱい詰め込んだのだ。


 ラステラに飛びつかれ、力いっぱい抱きしめられるアスト、ケルンの二人。

 ヨハンは手をぎゅっ!と握られただけに終わり、少しだけ物足りなそうにしょんぼりとしている。


「もうおっそーい!……あ!モフモフちゃん増えてるぅ!銀色だぁ!」


 手を振り上げて文句を言う奏が、銀色の子狐を見て駆け寄っていく。


 もちろん、森の主である。


 

「ちぃとばかりの礼と言っちゃあなんだがな、うめえもん食っていきな」



 そんな蓮次の言葉を聞いた玉藻前たまものまえが、しきりに遠慮する森の主を引っ張り出してきたのだ。森の主は、『エルデ』と名乗った。


 しゃがみ込んで自らを撫でまわす奏とトト、エルに、


『?!』


『?!!』


 と戸惑いを見せるエルデ。


 だが、玉藻前がエルデをジッと見ている為に、抵抗を諦めて為すがままである。


 京がニコニコと蓮次に近寄っていく。


「蓮さん、おかえりなさい。どうやら、うまくいったみたいですね」

「ああ。ま、玉藻の姐さんのおかげさね。『よっ!玉藻屋!』ってなとこだ」

「あはは、歌舞伎みたいですね!たまもや?……たま、も?……!!!」


 京が恐る恐る、玉藻前の方へと目をやった。

 

「?」


 小首を傾げる玉藻前と目が合って、慌てて視線を蓮次に戻す京。


「まさか、『玉藻前』だったなんて!滅茶苦茶に恐ろしい伝説の大妖じゃないですか!!蓮さん、何てモノ呼び出してるんですか!!」

「ん?姐さんは懐深え、情に厚い化身様じゃねえか。せんだっても、俺らが森に行くまでにきっちりとお膳立てしてくれてたぜ?ま、話はあとだ」

「も、森の主をはじめ、全滅させたんですか……?」

「馬鹿言っちゃあいけねえ。一匹たりとも死んじゃいねえよ。それにほれ、森のヌシさんはにいなさるよ。じゃあな」


 撫でまわされ身悶えする銀の子狐を指差した蓮次。


「ええー……」


 蓮次は呆然とする京を置いて、アストのところへと歩いていった。





 黄金色の髪をなびかせて、右手に握りしめた箸を天に掲げる和服の少女。

 

 玉藻前である。


 銀色の髪をふわりと揺らし、まるで、『私、手を挙げてますけど差さないでくださいね』という風に、恐る恐る箸を天に掲げるワンピースの


 エルデである。


 そのオドオドした動きを見た玉藻前に、ぺし!と頭を叩かれ悶絶するエルデ。





「さあさ、食いねえ、食いねえ。遠慮はいらねえぜ?たんと食いな」


 パチパチ!と弾けた音を出すいくつもの焚き木。

 煌々と赤い光を放つ、炭火。

 大きな縦長の寸胴から、湯気と共に立ちのぼる汁物の薫り。


 ふわり、ふわりと移動しながら、蓮次が肉や魚を香ばしく焼き上げていく。


 料理が出されるその度に駆け寄る玉藻の前、カシ、ケルン達。

 大皿に盛られた料理は、瞬く間に無くなっていく。


「これ、滅茶苦茶うまいな!」

「いやー!太っちゃう!太っちゃうー!」

『……?!……!…………おい、しい!!』

「こんな美味しいもの、食べたことないよ!」

「……!……うめえ!!」

『はぐはぐはぐはぐ!』


 恐るべき勢いで料理を平らげるアスト、ラステラ、エルデ、ナナン、ゼガン、ルーティ。


「すごいな、これは……」

「でしょう?蓮さんとうちの女子達の料理、すごく美味しいんですよ」

 

 玉藻前は山盛りにした料理をはぐはぐと味わいながら、時折トトの皿に料理をポイポイと盛ってやっている。

 トトは口の周りを色とりどりに染め、満面の笑みだ。

 ヨハンと京はゆっくりと料理の味を楽しみながら、ニコニコと皆を見ている。


 そんな皆を横目に蓮次と奏、エルは料理作りに大忙しである。


「ん?肉が足んねえな。奏、頼まぁ」

「えー!またー?!私のセカンドスキル、みんなに食事を作る為にもらった訳じゃないのにー!」


 そう言いながら、どことなく嬉しそうな奏。


 空中にウィンドウを開き、商品を選んでいく奏。

 決済ボタンを押した瞬間、足元に段ボールが出現した。


 日本に戻らず、この世界で生きていく。


 そう決断をした奏がこの世界の神からもらった、二つ目のスキル。


『なんでも通販』


 ネット通販で購入できるようなものを全て、こちらの世界でも同じように手に入れることができるスキルである。


「ま、そう言いなさんな。みんな、あんなに喜んでんじゃねえか」

「それは食材や道具と蓮次の腕でしょ!どうせ私の方が料理下手だよ!」

「そうけえ?俺あ、毎日おめさんの飯くってもいいぐれえだぜ?」


 蓮次の何げない言葉に段ボールを取り落とし、耳まで赤くした顔を手で覆いながらうつむく奏。


「あらあらー、またやってるわね」


 それを見ていたエルがほほ笑んでいる。


 楽しい食事は、しばらく続いた。





 エルデと別れを告げカシとナナンを送り届けた一行はダノンの町に辿り着いた。

 料理を、美味しさを目いっぱい味わう為に人化していた玉藻前はその変化へんげを解き、名残惜しそうに空間の揺らぎの中へと戻っている。


 来訪者を迎え入れる外門には、かなりの人間や亜人たちが列をなしていた。


「どうする?俺らはヨハンの護衛として、商人の特別通行証を持っているヨハンと一緒に先に門内に入れるぜ?一緒に行くか?」


 そんなアストの言葉に。


「ま、いいさ。これも道中のうちだからな。急ぎ旅じゃねえし、のんびりでいい」

「そうか、じゃあ、先に行くぜ?」

「蓮次、町に入ったら俺の商会にすぐ来いよ?なかなかいいもんそろってるし、お前の言っていた魚介類の専用の倉庫もある。楽しみにしといてくれ」

「お、いいねえ。そいつは楽しみだ」


 ヨハンはガハハハ!と笑って馬車に乗り込んでいく。


「蓮次さん!みなさん!町でお待ちしてまーす!ありがとうございました!」

「みなさん、ダノンの町、沢山案内しますよー!」


 ラステラとケルンが満面の笑顔で手を振り、馬車へと駆けよっていく。


「ま、おもしれえ奴らだったな」

「そうだね、みんな仲良くて、優しい人ばっかりで。この世界って、けっこう危ない事や命にかかわることって多いじゃない?だから、優しい人はとことん優しくて、毎日本気で精いっぱい生きてるのかもしれないね」


 奏がうんうん、と頷きながら周りを見渡した。


「だな。ま、ちっとばっかし元気がねえ奴らは、出店でうめえもん食わしてやって、町の御代官の許しが出たら、いっちょ祭りでもやってみるかい」


 楽しそうに笑う蓮次に、京とエルもほほ笑んだ。



 


 一時間ほど待ち、蓮次達の順番がやってきた。


「ん?『祭囃子』……聞いたことねえなあ、そんなパーティー」


 蓮次達四人の顔を楽しげに見比べながら、門の番人が笑う。

 番人の失礼極まりない視線に、奏が大声を上げる。


「何よ!ギルドには登録しているし、調べもしないで何でそんなこと言うのよ!」


 顔を真っ赤にして文句をつける奏に、少しひるんだ番人も、負けじと言い返す。


「パーティーなんて、冒険者なんてどれだけいると思ってるんだ?いちいち調べてらんないね。ま、ちょっとした気持ちづくしとか、お姉ちゃんのがあれば、もうすこーし早く通れるかもしれないねえ」

「なっ!」


 あからさまに賄賂や金品、また女性との何かを期待し、また要求する番人に、顔をしかめる奏、京、エル。


 だが、蓮次だけは楽しそうな顔をして、番人を眺めている。

 小悪党など、蓮次がいた時代でも、異世界にでも、どこにでもいるのだ。


「ま、今は解散しちまったしな。知らねえ奴も多いかもしんねえな。じゃあ、通行許可がねえとかそういった時は、どうなっちまうんだい?」


 番人は待ってました、とばかりに顔をほころばせる。


「そういう時はな、まあ、たとえ話だ。ここで俺が通行許可を出している。だが、アンタたちは身元もしれない、いわば不審者だ。だが、にかかれば、そんなものはちょろいものさ。ちょっと今晩お高い酒が飲めるくらいのコレを俺によこすか、そこのお姉ちゃんたちと……」

「貴様!検問にどれだけ時間を費やしている!」


 番人の話の途中で、大きな音を立てて検問の入り口から入ってきた人間達がいた。番人の上司らしき人間と、ヨハンである。


「ヨハンが、いつまで経っても客人が自分の店に来ない、とここに来た。検問をしている部屋を覗いていけば、ヨハンが『この人達だ』という。この方々は王家の紋章を封にした書状を持ち、かの魔王戦で活躍された『祭囃子』だぞ?それなのにお前はいつまでも喋っていて、一向に通す気配がない」

「い、いや……偽物かもしれませんし」


 それを聞いた上司が、机に目いっぱい拳を叩きつけた。


「ひっ」


 番人が顔を青褪めさせる。


「何のために、そこに連絡用の魔法具があると思っている!そういった場合はギルドに照会しろと言っているだろうが!」

「は、はい」


 上司は蓮次達の方を向き、丁重に頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。私はこの門の責任者、ガルディと申します。私は皆様と王都でお会いしたことがあります。どうぞ、お通り下さい。このものはきつく処罰しておきますので」


 そういったガルディに、手をひらひらと振る蓮次。


「通れんならいいのさ。ありがとな」

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