第8話 出店の準備と、不穏の足音


「お、おい!俺が何したってんだ!俺はみんなの真似しただけだ!ちょっとぐらい、いいじゃねえかよ!おい!」

「我等はそうやって、不正を行う者を炙り出しているだけだ。おのが立場を悪用して理不尽を為すなど……其奴は審問の上、厳罰を与えよ!」

「はっ!」


 門番は、ガルディが指図した衛兵達によって引き立てられていった。


「『祭囃子』の皆様方に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。あのような者が、我がレンダ公国を死守する役割を持つ門番として選ばれたなど……誠、お恥ずかしい限りです」


 冷や汗を掻きながら、深々と頭を下げるガルディ。


「しゃあねえさ。悪党小悪党なんざ、俺らの世界にも山ほどいるぜ?ま、おめさんのお陰で無事に通り抜けられる、ありがとな。海の幸、たんまりとあるんだろ?」


 不快な顔をする訳ではなく、それどころか最後には満面の笑みを浮かべた蓮次。

 奏、京、エルはそんな蓮次を見て呆れ、苦笑いするばかりだ。


 そこに。


 ヨハンが衛兵に案内されて、蓮司たちのもとへやってきた。


 シンプルでありつつも、洗練された高級感のある服に着替えているヨハンからは、店の主としての風格が滲み出ている。


「お前さん達が来るのを今か今かと待ち構えていたのに、一向に来ないから冷や冷やしたぞ。せっかく、倉庫ではなく魚の卸市場を案内してやろうと思っていたのに……陽が登り切ったこの時間からは大したものなど売りに出ないぞ?」


 ダノンの海の幸や名産物を存分に楽しんで貰おうと意気込んでいたヨハンが、残念そうな表情を見せた。


 その顔を見た蓮次が、からりと笑う。


「何、かまやしねえよ。俺らが手前てめえ勝手に、この町に邪魔させてもらってんだ。おいおい、のんびりと回らせてもらうさ」

「……そうか!そりゃあいい!ダノンの町を目いっぱい楽しんでいってくれよ?お前さんたちは、『ルアージュの森』に入った俺達を誰一人欠ける事無く連れ帰ってくれた恩人だからな!何でも言ってくれよ!」

大仰おおぎょうな事を抜かしやがる。おめさんらの日頃の行いがいいんだよ」


 嬉しそうに肩を何度も叩いてくるヨハンに、呆れる蓮次。

 そこに、ガルディが恐る恐る声をかけてきた。


「あの……ご歓談中、申し訳ありません。蓮次殿。そして『祭囃子』の皆様。暫くの間ダノンの町にご滞在されるのであらば、我が兄ダノン領主ゼぺスの館に是非ともご足労頂けましたら幸いに存じます。ゼぺスも王都で皆様方の『マツリ』に感銘を受けた一人。さぞ、喜びましょう」

「そいつぁいいな。俺らからも代官様に頼みてえことがあんだ、ありがてえ。いつでも声かけてくんな」

「ありがとうございます」


 蓮次の言葉に、胸をなでおろすガルディ。


「じゃ、俺らはちぃとぶらぶらさせてもらうぜ。ガルディさんよ、ありがとな」

「はっ。蓮次殿、ご存分にお過ごしください」

「何でえ何でえ、かたっくるしいねえ。蓮次、で構いやしねえよ。お、いけねえいけねえ、忘れちまってたい」


 天を仰いで自分の額をぺちり、と叩いた蓮次。


「町の端っこでよ、こじんまりとした食いもんの出店をやりてえんだが、おめさん伝手つてはあるかい?後は、親がいねえガキどもが暮らす教会とかがありゃあ、炊き出しもしてえのさ」

「は。では、僭越ながら。王都で出された『デミセ出店』ですか?なら、商業ギルドで許可を得ればすぐにでも。それと、唯一の孤児院が町の外れにあります。ギルドや孤児院には、私から使いの者を走らせましょう」

「ありがたいねえ。手間かけさせちまってすまねえが、よろしくな」


 ガルディの肩を、ぽんと叩いて背中を見せた蓮次は、皆と歩き出した。


 蓮次の背中を見つめながら額の汗を拭うガルディ。


「ふう……これで兄貴の顔を立てる事ができる。後は不穏な動きを見せているグレブが攻めて来なければありがたいのだが、な。……魔王を退、我等の世界を救ってくれた大恩人達を、我等の争いに巻き込んではいけないのだ」


 ガルディはそう呟いた後、蓮次達の背中に向かってもう一度深々と頭を下げた。


 



 ヨハンの案内で辿り着いた市場で、蓮次が楽しそうに魚を眺めている。


 市場に到着してから山ほど購入した魚介類は、あっという間に無限収納アイテムボックスにしまい込まれていく。


「お、こいつもいいねえ。この、身の張り。ぎゅうと締まった尾びれ。この赤身は、刺身にしても焼きにしても、極上にうめえだろうよ。お、白身だな。練りもんにしても、汁もんにしてもうまそうだ。おっちゃん、これも貰うぜ」

「いい眼してるねえ、兄さん!毎度ありー!」

「蓮次、買い込みすぎ!それに私には、只の凶悪な魚にしか見えないんだけど!このトゲ……このむき出しの歯……ううう、普通のお魚が見たいよう……」


 凶悪な見た目をした魚達を見て、文句をつける奏。

 

「れ、蓮さんが言うなら……きっと美味しいのよ!見た目のハードル高いけど!」

「これ全部、ピラニアの亜種じゃないの?料理する前にレイド戦並みのバトルが発生したりしない?」


 身体を寄せ合って、プルプルと震えている京とエル。


「馬鹿言っちゃあいけねえ。うまそうなの一目見りゃわかんだろ?これは赤身の魚で、ようく脂がのってやがる。刺身にすりゃ、口の中でふわりと行くぜ?んで、こいつあ、白身だな。骨太でいい出汁が取れそうだ」


 並んでいる魚を、蓮次が次々と楽しげに説明する。


「蓮次、やっぱりいい眼をしてるな!ま、あんだけ美味い飯を作れるお前達だ。簡単な事なんだろうな。何にせよ、沖が時化てて戻りが遅い船がいてよかったな!」


 ガハハハッ!と高笑いするヨハンに、恨みがましい眼で文句を言う三人。


「切られてもいない、異世界の魚のことなんかわかるわけないでしょ!」

「私、ここの市場で一人で買い物してきてって言われたら自信がないわ……」

「今からのピラニアモドキレイドの為に、剣を出しておいてもいいかな……」


 蓮次が、そんな三人を見ながらふわりと笑う。


「さ、炊き出しと店開きの準備は万端だ。早起きしてよ、小手調べといこうかい」



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