第13話 オメエの自己紹介なんざ、どうでもいいんだよ。


 時は、ミュウがコルドンに胸ぐらを掴まれた瞬間までさかのぼる。



「ミュウちゃん!……えっ?」


 駆けだそうとした奏は、傍にエルがいないことに気づいて周りを見渡した。


 そんな奏が前方に見たものは。


 柔らかな、人形のような赤い髪と白いローブを走るエルの背中だった。


 ひゅっ!


 驚きのあまりに、奏の喉が鳴る。


 そこに。


「奏ちゃん、サポートに来たよ!あれ?エルは?」


 京が奏に並走した。

 奏が京の腕を掴み、立ち止まらせる。


「きょ、きょきょきょきょきょ、京おぉ!」

「な、何?!奏ちゃん、落ち着いて!相手、手強いの?僕も手伝うから!」

「エルがキレたぁ!ローブの前、開けちゃってるよぉ!」

「は?!魔王の四天王とか来たの?!まさか、魔王?!」


 お互いの両腕を掴んで、はわ!はわわ!と慌てる二人。




 ドンッ!


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!




 エルの魔法銃の轟音が響き渡る。


「ははは。あれ、魔王とガンカタ銃格闘術でタイマンした時レベルのキレっぷりだね」

「笑い事じゃないわよ!京、何とかしなさいよ!」


 乾いた笑い声を響かせる京に、奏が発破をかける。


「うーん……ま、エルに任せようよ。周りに被害がないように白君たちに結界張らせてるみたいだし。キレても、我を忘れることがないからさ、エルは」


 そう言ってエルの背中を見つめる京に、奏は。


「……京、カッコいいこと言ってるつもりかもだけど、万が一でも子供たちが危なそうだったら、体で受け止めなさいよね!追い詰められたバカは見境ないんだから!」

「体で受け止める以外の方法はダメなの?!嫌な予感、大当たりだった……!」





「て、てめえ……!俺らにこんなことして、ただで済むと思ってんのかよ!あえて黙っていてやったが、魔王討伐戦に資格を持ったB級ハンター『血の咆哮』だ!俺が一声かけりゃあ20や30の手下共が……」


 ドンッ!


 男の話を遮り、エルが銃弾をコルドンの傍に放つ。

 

「うお!!この、クソガキ!!」

「オメエの自己紹介なんざ、どうでもいいんだよ」


 エルの言葉に、座り込んだまま喚き散らしていたコルドンが目を剝いた。


「チビ共はなぁ。わんわん泣いて、キャッキャ笑って、腹一杯飯食って、温かい誰かに抱かれて、育っていきゃいいんだよ。それが仕事だ。そんな事もわかんねえで手ぇ上げようとするオツムは、中身掻き出して洗ったらどうだ?」


 白と黒を手にしたまま、肩をすくめたエルにコルドンは言い返した。


「うるせえ!美味いもん食って酒飲んで、いい女抱いて楽しく暮らせりゃいいんだよ!俺らの楽しみを邪魔しようとしやがった餓鬼どもがわりいんだろ?!引っ込んでろ!この偽善者がよお!!」

「ほーお?」


 そんなコルドンの逆襲に、さも楽しげに笑ったエルが、


 ドンッ!


 自分の足元に銃弾を放ち、土をひざ元まで隆起させる。


 土くれにガッ!と脚をかけ、ローブを脱ぎすてたエル。


 ショルダーホルスターの内側でタンクトップに包まれて、ゆさり、と揺れる胸。

 黒のダメージデニムのショートパンツから伸びる、つややかな脚。


 失神しているエンゲラをよそに、コルドンとワルキンの喉が鳴る。


「おら。女、ほしいんだろ?どうした、オッ立たせてみろや××カス共。オメエらに、あたしを味わうことができんのかあ?」



 ちゅ。


 ちゅ。

 

 ちゅっ。


 ちろーり。



 視線を外さずに二人を見下ろして、口元に掲げたノワールのガンバレル砲身、長くあかい舌を這わせたエル。


「このガキ!ぶっ殺してやる!」

「テメエ!ヒイヒイ泣かせて、ぐっちゃぐっちゃにしてやんよ!」


 挑発に堪え切れなくなったコルドンとワルキンが立ち上がり、大剣を抜いた。

 土くれを撃って戻したエルを挟み、ジリジリと距離を詰め始める。


「へえ……さすが、B級って感じだな」

「……」

「抜かせ!すぐに地べたを舐めさせて、こいつら全員たたっ斬った後にとことんなぶって殺してやんよ!」


(陽動か。ま、させねえよ)


 エルは180度開脚の要領で腰を落とし、前屈をした。

 

「なあ?!」


 後ろに回ったワルキンが体当たりを仕掛けた瞬間のことだ。

 エルを一瞬見失ったワルキンは足を取られ、よろめく。

 同時にエルは、右手の白のグリップエンド台尻を膝横に叩き込んでいる。


「ぐあ?!いってえ!」

「どけよ、馬鹿野郎!!」


 大剣を振り下ろす途中だったコルドンが必死に腕を押しとどめる。


 が。


「ぎゃあ!」

「ほい、お疲れさんっと」


 ドンッ!ドンッ!


 ドンッ!


 エルが肩の後ろを斬られたワルキンを蹴り飛ばし、二種類の魔法弾を叩き込んだ。


 一つは拘束の魔法弾。

 もう一つは回復魔法弾である。


 ワルキンは地面にうつぶせに倒れた後、藻搔いている。

 エンゲラにも拘束弾を撃ったエルは、白と黒をくるくる、と宙に投げ上げた。

 

 くいくい、と指でコルドンを呼ぶ。


「こいよ」

「……っこの、ガキあぁ!!」


 エルの手に二丁拳銃が収まったのと、コルドンが斬りかかったのは同時だった。






 対峙する二人から、少し離れた場所では。


「ままー!ままー!」

「お母っ……お姉ちゃん、ぶっ飛ばせー!」

「エルお姉さん…………!!」


 ミュウ、ロブル、エランが手に汗を握りしめ。


「エルさーん!いけいけー!」

「エルさんカッコいいー!」

「コテンパンにのしちゃえー!」


 ラステラやケルン、子供や大人たちが想いを込めてエルを応援している。


 そこに。


 京と奏の傍に、一段落ついた蓮次がやってきた。


「盛り上がってんな」

「僕は魔王が来たのかと思いましたよ……」

「おっ、魔王の姐さん張り倒してた、粋な姐さん変化へんげけえ?」

「アンタ、何でそんなに嬉しそうなのよ!」

「いや、エル殿も凄まじいお方ですね。気力がみなぎっている」


 頭を下げて、蓮次に並んだガルディがエルの後ろ姿を見つめた。

 その背後では衛兵達が三人に敬礼し、待機の構えを取っている。


「あん?おめさんは関所のお偉いさんじゃねえか。見物かい?」

「兄が炊き出しの様子が見たいと言い出しまして、この場へと」

「領主を務めているゼペス、と申します。王都で何度もお見かけましたので、私にとっては初めまして、ではないですが。蓮次さん、京さん、奏さん、ようこそ」


 三人に歩み寄ったゼペスは優しく深い微笑みで、それぞれに握手を求めてきた。

 だが、気さくな握手の後にすぐに顔を曇らせる。


「エルさんはあちらで戦っている方ですね。この町でのトラブルに、駆けつけるのが遅くなって申し訳ないです。ならず者を衛兵達に加勢をさせて捕らえさせましょう」

「あいつの事は、放っておいてやんな」


 蓮次の言葉に、ゼペスとガルディが目を大きく見開いた。


「あいつはな、お人形さんみてえに端正なつらして、器量良しだがな。ふたを開けりゃあ曲がったことが大っきれえな、筋金入りのさ。ああなりゃ、俺らもお手上げだ。茶々なんざ入れらんねえよ。それに、ま、見てな。もうめえだ」


 蓮次が、楽しそうに顎をしゃくった。





「てめえ、何なんだ!何なんだよお!!ぐあっ!」

「何だって言われても、あたしは剣なんざ使えねえしなあ。おらおら、っと」


 剣の間合いに踏み込むエルを斬るべく、あらゆる角度から剣を振るコルドン。 


 だが、全て銃弾で剣をはじき返し、衝撃によってよろめいたコルドンにグリップエンドで、蹴りで、肘で、ダメージを与えていくエル。


 そして。


 ガチャン!


 ダメージが蓄積して剣を取り落としたコルドン。


「あん?もう終わりか?んじゃ、ま。ちっと早いが……みんなの分だ」

「ま、待てよ!俺の負けだ!謝る!もうやめてくれえ!」

「吐いた唾、飲ませねーって言ったぞ?」


 ショルダーホルスターに白と黒を戻したエルが、拳と足、頭突きでコルドンに連撃を与えていく。


「ぎゃ!ぐっ!はぎゃ!ごべ!が!あひゃっ!」

「ミュウ!ロブル!ラステラ!ケルン!エラン!シスターの姉ちゃん!んで!」


 ゴンッッッッ!!!


 崩れ落ちそうなコルドンの胸ぐらを掴んだエルの頭突きが、派手な音を鳴らした。


「あたしの分だ」




 ドンッ!ドンッ!




 白と黒を抜いて、白目をむいたコルドンに拘束弾と回復魔法弾を撃ち込んだエル。




 ちろーり。



 

 今度は白のガンバレルに舌を這わせたエルが、両手を振り下ろした。


 くるくるくるくるくる、と回り続ける白と黒。


 ビタリ!!


 ガンスピンを止めたエルが吐き捨てる。


「×××洗って、出直してきな。そんなんじゃあ、あたしの『花』は咲かねえよ」


 

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