第16話 蓮次と天上の姫の声


 ひとりぼっちにさせない。


 それは、奏の想い。


 そして、京とエルの想い。





 蓮次が異世界に訪れた訳。



 同じ長屋に住む少女、おせんを旗本の三男坊の問答無用の切捨御免から守り、打ち倒した棒手振の蓮次。


 だが、その意趣返しによってその少女を人質に取られ。


 長屋に程近い藪の中で、家来や浪人達との大立ち回りの末に、騒ぎを聞いて駆けつけた近隣の旗本や御家人と守り抜いたおせんの前で、蓮次は目を閉じ。






そして。






「……んあ?何でえ、ここは」


 蓮次は闇の中で中で目を覚まし、辺りを見回した。


「糞餓鬼の首根っこ締め上げてやったとこまでは覚えてんだが……ったくよ、年端もいかねえおせん坊泣かせやがって。雁首がんくび揃えて地獄の鬼にこっぴどく小突かれっちまえってんだ。ま、痛めつけた俺もか」


 胡坐をかいた蓮次がそう言って、首をコキコキと鳴らしていると。


((もし……あなた様。あなた様))


 その背中から、重なった美しい声が響き渡った。


 蓮次が振り返ると、そこだけが眩く輝く光球が二つ浮かんでいる。


「ははぁん、お迎えですかい。三途の川の渡し賃六文銭紙入れ財布ん中に、ございますよときたもんだ。ナマンダブ、ナマンダブ」


 そう言って手を合わせる蓮次に、二つの光は。


(冥府へのお迎え、ではございません。私達は、イワナガとサクヤと申します。あなた様方の言う、『八百万やおよろずの神』のうちの二柱と申せばお分かりになりましょうか)

「そいつぁ魂消たまげたな。道理でぴかりと神々しい訳だ。だが、お迎えでなけりゃあどういう料簡りょうけんでございますかい」


 そこで。


 朱色の衣に領布をまとう、美しい女性が二人、顕現した。

 だが、切れ長の瞳は共に伏せられ、愁いを帯びている。


(お願いが、ございます。の話ではございますが、私、イワナガを祀る神社の娘がこの日ノ本から彼方の世に連れ去られてしまいました。あなた様のお力を、お貸し願えませんでしょうか)


 イワナガヒメはそう言って、胸の前で両手を組んだ。


(我々、神を敬いよく奉る、気立てのよい娘でございます。私達でどうにか呼び戻そうとあらゆる手を尽くしましたが、理の違う天地人命に手を差し伸べることさえできません。また、天魔を打ち払う、という約定も厄介にてございます)


 サクヤビメの言葉に、首を傾げる蓮次。


「お手上げだってのはわかりますけどもよ。大層なお力の神さんでさえどうにもできねえものを、俺に言ったところでどうにもなんねえんじゃねえんですかい?」


誰彼たれかれでもよい訳では、ございません。私達は娘の生きる時代のみならず、時の神の力を借りて私達の力が及ぶ過去と未来を巡って参りました。我らのを持つあなた様に巡り合えたのは、お導きともいえましょう。この写し鏡をもっの処へとお送りする事も、容易いことでございます)


 そう言ったイワナガヒメは、蓮次の眼前に大きな鏡を出現させた。


 そこには年若い娘二人と、蓮次と左程変わらぬくらいの男が映し出されている。

 

 獣に囲まれ、涙を零しながら歯を食いしばりながら、お互いをかばいながら。


 何度も倒れては、ふらふらよろよろと立ち上がる三人に、蓮次の眼の色が変わった。


(あなた様があちらにて、こちらへ戻れ、とお念じ頂ければ。我が愛しきかなでとともに、同じく呼ばれた不憫な赤い櫛の娘、結い髪のおのこも。できますればお慈悲を……)


「この写し絵の中に飛びこみゃいいんだな?任せな。掴んだ手ぇ、しくじって離さないでくだせぇよ?」


 稲妻を放たんばかりの鬼気をもって、今にも鏡に飛び込もうとして身構えた蓮次。


 イワナガヒメとサクヤビメが瞠目する。


(ええ、ですが、あの!まだお話は……!それに、ささやかながら御礼の……)


「馬鹿言いな。泣いてる奴ら助けんのに礼なんざ……じゃあよ。いっこだけ頼まぁ。おせん坊や長屋の連中から、俺がおっ死んだっていう事と、あの糞餓鬼共にかどわかされたって事を消してくんな。俺は、にゃいなかった」


 その言葉に慌てたサクヤビメ。


(何を……それではあなた様が生きてはいなかったと同じ事に!)


「いいさ。ちぃと行ってあいつ等ふん捕まえて、代わりに天魔の旦那のけつっぺた張り倒してやらあ。じゃあな」


 蓮次は写し鏡に飛び込んだ。


(())


 悲鳴を上げて手を差し伸べた二人の眼前には、彼方の大地で奏達を庇うように立っている蓮次が映し出されている。


(あの御気性まさかに、御本人様ではありますまいか?)

(これはいけません!まだ何もお話が……もう!皆の者!鏡を顕現させておきます!蓮次様がお困りの際には、遅滞なく向こうへと!あ、あ、あ、あとは何を……!)

(サクヤ、落ち着きなさい!しがみ付かない!えええ、えとえと……八百万衆!)


 互いの袖をぐいぐいと掴んで慌てる二人の姫を交互に見る様々な存在が、くすりくすりニマニマと笑っている。


((ひっぱたきますよ!あなた達!覚えてなさいな!))


 二人の姫は、ゆらり、と搔き消えた。



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