第17話 「祭囃子」再始動と、奏の撃沈


「蓮次が『元いた世界にけえんな』って言ってくれた時は、涙が出たよ。平和な日本から、気がついたらここにいてさ?毎日『明日死んじゃうかも』って三人で震えてさ?帰りたかったに決まってるでしょ?!でも、でもぉ……!」


 永遠の別れを迎えるかのように悲しげに顔を歪ませて、涙を零すかなでの背中をそっと撫でるエル。


「私達の身代わりになんか置いてけないよ!置いていきたくないよ!それに、何で一緒にって言わないの!?今度だって何で一緒にって言ってくれないの!?」

「……きっと私達が日本に戻った後に、代わりに蓮さんが傷ついて闘ってるかもしれないと思ってしまえば、私達は喜べない。それに蓮さん、幽霊でも何でもないじゃない。元の時代に戻れない理由があるのなら、もう少し私達と一緒にいようよ。どこにいっても、ね」


 奏とエルの言葉を黙って聞いていた京が、口を開いた。


「僕達に救いの手を差し伸べてくれたイワナガ様やサクヤ様には申し訳ないけれど……蓮さんが来てくれた後から、この世界のいい所がいっぱい見えてきた。出店したり、魔法で花火上げたり、炊き出ししたりしてみんなの笑顔が見れてさ。蓮さん、もう少し一緒にいさせてよ。まだまだ一緒に世界を回ろうよ」


 そんな京の言葉に。 


 三人を眺めていた蓮次が、珍しい苦笑い顔で言った。


「はあ。もう好きにしろい。、帰りたくなったらいつでも言いな。姫さん方が首を長くしておめさんらを待ち侘びていなさるってのによ、仕様のねえ奴らだ。ま、おめさんらの苦労を思えば、少しくれえはお許し下さるかもな」


 蓮次の言葉に三人が顔を見合わせた。


 そして。


「「よっしゃー!!!」」


 その言葉に奏とエルがハイタッチをし、抱き合う。


(よかった!蓮さん、僕らが日本に戻ろうとしないでついていくの、呆れてる時もあったからなあ……ようやく認めてくれたのは、蓮さんの優しさか、奏ちゃんとエルの気迫なのか……イワナガ様、サクヤ様、どうか蓮さんと、旅を続けさせてください)


 そこまで考えて、空に向かって深々と頭を下げた京が、僕もハイタッチを……と歩き出そうとした時に。 


 にゅ。

 

 京の目の前が揺らぎ、秋穂色の前脚が眼前に飛び出してきた。


「うわ?!……この毛の色は玉藻前たまものまえさん?!」


 そう尋ねると、くい!くい!と前脚の先端が曲げられ、次いでハイタッチしようぜ!と言わんばかりにその脚をぽひゅ!ぽひゅ!と動かしている。


 京が、チラリチラリと周りを見やれば。

 蓮次と奏とエルは、顔を見合わせて笑ったのみ。


 だが、ゼペスが顎を引いてのけけ反って、ガルディは目が飛び出さんばかりに凝視している。

 

(ですよねー。初めて見たらびっくりですよ。でも、八百万の神様も化身も喜んでくれるなんて、嬉しいよね)


 玉藻前と、ぽふん、とハイタッチを交わした京。

 その前脚が、するり、と空間に消えていく。


 すると。


 にゅ。


 にゅにゅにゅにゅにゅ。

 ひゅば!


「うわー!」


 今度は数本の腕や前脚が一気に突き出された。


「僕、何でこんなにハイタッチを強要されるの?!」

「ははっ、京はてえした人気だな」

「あ!白くておっきなもふもふの手!白虎ちゃんだ!」

「あの鋭い爪とハイタッチとか……京、頑張ってー」


 大爆笑する蓮次達を感嘆の目で見るゼペスとガルディ。


「いやいや……『マツリバヤシ』の皆さんは本当に頼もしい」

「はっはっはっ!これはものすごいですな!」


 京をダシにひとしきり笑った皆。


「じゃあ、仕切り直しといこうじゃねえか。おめさんらの気が済むまで、とことん俺に付き合ってもらうぜ?」

「「「おー!」」」

 

 と、盛り上がった所で、京とエルが奏に声を掛けた。


 

「奏ちゃん、掛け声お願いしてもいい?景気づけにさ」

「へ?私?」


 京からのフリに、自分を指さしてポカンとする奏。

 そこでエルが、剛速球を奏に投げ込んだ。


「そうね。『祭囃子』再結成の日だし、奏ちゃんが堂々と愛しの蓮さんと一緒に旅ができる記念……」

「いやー!いっやー!きゃあああ!何?!何言っちゃってんの?!どこに頭置いてきたのよ!拾って来なさいよ!」

「何よーそれー。もうバレバレじゃないのよう」


 大声を出して発言を遮り、エルをぺし!ぺし!と叩く奏に、エルは唇を尖らせる。


 そこに京が乗っかり、小声で奏に話しかけた。


「この辺りでさ、決意表明でも軽くしといたら?」

「けつい……ひょうめい?」

「うん。蓮さんは優しいから、このままだとまたどこかで僕らを日本に返そうとするかもしれない。奏ちゃん、もう帰る気ないでしょ?蓮さんにそれくらいの気持ち、見せといたっていいんじゃない?」


 奏は、なるほど……と考えた。


(蓮次は私達を返すつもりだから、恋愛をする、連れ添う相手として私とエルを見ていない。それにそもそも、子ども扱いだ。好みのタイプじゃないってだけなのかもしれないけど……ふぬぬ)


 奏はエルのように唇を尖らせて、そして。


(蓮次は子供達にご飯を食べてもらって、おいしいって言ってもらった時は本当にうれしそう。私もうれしいし、蓮次のお手伝いもできる。……私がいてほしいって、子供達のご飯を作るのに私がいなきゃダメだって思われたい)


 そこまで考えて。

 奏は、言うべき言葉を決めた。



 これからも蓮次とずっと、子供達のご飯を作りたい。



 これからも。

 その言葉に決意と願いを込めて。


 



 奏が、ガルディやゼペスと楽しそうに話す蓮次にツカツカと歩み寄っていく。


 キラキラと期待の目で奏を見る京とエル。


「奏。これからもよろしく頼まぁ」 


 蓮次の笑顔。

 

 口は悪いけれど、本当に優しくて頼りになる蓮次の笑顔を見て、自分の蓮次への気持ちの大きさに顔を赤らめる。

 

 そして。


 耳まで赤く、熱くした奏は。


「うん!よろしくね!私……私!」

「ああ」

「これからもずっと!蓮次と一緒に子供を作りたいの!」



 ぴしり、と凍りついた空間。



「か、奏ちゃん!どういう事?!れ、蓮さん!」

「盛大に、奏ちゃんに先を越されてたなんてー」


 京とエルが奏と蓮次に駆け寄る。

 ゼペスとガルディは、大きな拍手をしている。


 そして、蓮次の返答は。


「お、おう……」


 珍しく目を白黒させている蓮次。


 奏は。


 床にペタリと座り込んで、白目を剥いていた。


 

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