第3話 奏の涙と、蓮次が呼んだモノ
ゼガンの言葉を聞いたアストが剣を手に取り、慌ただしく外へと向かう。
それを見た京が、蓮次に声をかけた。
「蓮さん、僕達はどうする?」
「ま、危ねえってわかってんのにノコノコと森に入っちまったガキどもが
「なっ?!」
蓮次の言葉に、奏が言葉を詰まらせる。
「危険だからって人が入らないようにしてる、幻獣や獣のいる森なんだよ?!子供達、死んじゃうよ!」
「そうさな、このまんまで突っ込みゃあ、誰かがおっ
平然と言う蓮次に、奏は話の途中で立ち上がった。
そして、憤怒の表情で蓮次を見下ろす。
「蓮次。見損なった。見損なった。見損なったよ!その子達が勝手に森に入ったから、獣に襲われて死んじゃってもしょうがないっていうの?!どうなってもいいっていうの?!」
「奏ちゃん……待って、落ち着いて」
エルが話に入ろうとするのをジロリ、と睨む奏。
「わかった。もういい。もういいよ!私が助けにいく。なら、文句ないでしょ!」
奏は自分の杖を握りしめて言い放った。
「私の大好きだった祭囃子はもう、ないんだね……子供達を助けたら、私はみんなの前からいなくなるから。今まで……ありがとうございましたぁ!」
大粒の涙を零す奏を見て、蓮次がやれやれと立ち上がり、その額を指で押した。
「……!!!何するのよ!!」
「おめさん、早っとちりもいいとこだな。助けねえ、だなんて言ったか?」
「……え?」
涙を手の甲でぐしぐし、と拭きながら蓮司を見る奏。
「もう、奏ちゃん。まずは責任者であるアストさんのお話を聞いてから、って事。ヨハンさんの馬車だってあるし、盗賊が襲ってくる可能性もゼロじゃない。こちらにはケルン君やラステラちゃんだっている。私達が勝手に動いて、ヨハンさんやアストさん達が大怪我をしたり命を落としたら最悪の結果よ?違う?」
「う」
諭すようなエルの言葉に、顔を青褪めさせる奏。
京がその後を継いだ。
「蓮さんが言葉足らずで、奏ちゃんが早とちりなのもいけないんだけれど……一旦はアストさんの話を聞いて、指示に従おうよ。方向性が決まればその後は、
たらりたらり、と汗を流す奏。
「そういうこった。だが、奏が早っとちりになんのもわからなくはねえか」
腕を組みつつ、語り掛けるように見上げた蓮次。
「なあ、ちぃと手ぇ貸しちゃくんねぇか?ガキどもがケガしねえように見ててくんな。んでよ?ついでに手打ちにもってける技量持ちならありがてえ」
ざわっ!
蓮次の言葉に、その視線の先の空間が波を打った。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
くおーん!
ぐあおっ!
ふしゃー!
どことなく可愛らしい、しかし何かと何かが争うような唸り声が響く。
「お、そうだな。お稲荷さんとお稲荷さんで手打ちってのもいいか。それとも腕っぷしの
『?!!』
ぴたり。
蓮次の言葉に一瞬だけ静まり返った空間。
が、次の瞬間。
複数の雄たけびが、より激しさを増した。
ク、オオオオオオオォン!
ゴアアアアアアァァァァッ!!
ガ、アアアアアアア!!
……!!……?!
…………!
……
ぴたり。
人の声のようなものまで聞こえていた、騒がしい空間に静けさが戻った。
そして。
再度揺らめいた空間から、大振りの尻尾を揺らしながら稲穂色の動物が後ずさってきて、床にぽふんと落下した。
その動物とは。
「わあー!子狐!大きい黒目、くりくりだよ!」
「あら、可愛い。もふもふさんね」
「……」
腰を地べたにぺたりと落としたまま、周りをきょろきょろと見上げる子狐。
子狐の可愛さに、奏やエルがその傍らにしゃがみ込む。
京だけが、難しい顔をしながら子狐を見つめている。
「助っ人はおめさんけえ?ま、すぐに追っかけっから、それまでガキどもを守ってやってくんねぇか。頼まあ」
蓮次が子狐を抱き上げて頭を下げた。
くぉん!
その腕の中で、嬉しそうにもぞもぞと動く子狐。
「おお、そうだ。ちぃと外の連中にも言っとかねえといけねえな」
子狐を抱え、蓮次が馬車の外へと出て行こうとする。
そこに、奏が躊躇いがちに声を発した。
「あの……蓮次。京、エル。さっきは、ごめんなさい!」
バッ!バッ!バッ!と勢いよく、ひとりひとりに深々と頭を下げるエル。
「ま、気にすんねえ。確かに早っとちりだが、おめさんのそういう性根、嫌いじゃねえぜ?」
「なっ?!」
顔を赤らめる奏を残して、からりとした笑いとともに出ていく蓮次。
「私もそうよ~?それに、蓮さんの一言に赤くなっちゃう奏ちゃんも大好きよ?」
「だね。奏はそうじゃなくっちゃ、ツンデレさん」
「か、からからからっ、からかわないでよ!」
耳まで赤くなり、慌てて外に向かう奏をエルがニマニマと追う。
●
その姿を目で追っていた京が、深い息を吐いた。
その額には、びっしりと汗が浮かんでいる。
(二回目に空間が揺らいだ時、複数の魔獣や神獣に人が見えた。白い虎、角の生えた龍と、古代の格好の人と子狐……ちょっと!蓮さん!今度はいったい何に手助けさせようとしているんですか!あの子狐、龍を押さえ込んで出てきたんですよ?!)
京は自分自身の言葉に、ぶるり、と震えた。
●
蓮次が馬車の外に出ると、ヨハンを含めた五人が状況の確認をしていた。
「ケルン、子供達はどこから森に入ったんだ」
「あの辺り!僕より少し年下っぽい男の子が小さい子達を手助けして柵を越えてった!何度も叫んで、ルーティにもお願いして止めようとしたんだけど……」
くぅん。
ラプラドールレトリバーをふた回りほど大きくしたような大型の四つ足動物が、ケルンの傍で
「お父……隊長!ケルンとルーティ悪くないよ!ルーティが駆け出して、いっぱい吠えて、ケルンが子供を止めようと一生懸命叫んでるの見てたの!」
「ああ……わかってる、よくやった」
アストがケルンとルーティの頭をゴシゴシと撫でた。
が、その表情は険しい。
そこに、蓮次が割り込んだ。
「すまねえな。ちぃと手助けしてくれる姐さんがいてよ。ガキどもを追わせてやっちゃくんねえかい?」
「あん?そいつはありがたいが……その狐はただの動物か?それとも魔獣か?」
「ま、俺らんとこでは化身様、だな。なあ、おめさん」
くぉん。
蓮次に返事をするように鳴く子狐。
アストがチラリとケルンを見やった。
「ケルン、お前のテイマーとしての見立てを聞こう。この子狐が森に入って、無事でいられると思うか?」
見習いとはいえ、テイマーとして育ちつつあるケルンの意見を求めたのである。
一人のテイマーとして頼られている状況に、ケルンは顔を紅潮させた。
ケルンは子狐をじいっと覗き込んだ。
子狐は首を傾げてケルンを見つめている。
「はい、隊長!……この子、すごく力があると思われます!能力やステータスは見えませんが、その現象は幻獣の支配下にある、この森の強い獣たちと一緒です!」
その言葉にアストは頷き、次いで蓮次を見やった。
「ケルン、てえしたもんだな。じゃ、おめさん頼んだぜ?立派にお
く、おおおん!
蓮次の言葉に飛び跳ね、宙でくるりと回転した子狐は着地と同時に駆け出した。
そして瞬く間に柵の上部に到達して、森の中へと消えていく。
その背を見ていた蓮次が、アストに言った。
「んで、どうすんだ?手伝うか?」
蓮次のその言葉に、アストが頷いた。
「お前たちも手伝ってくれるのか?ありがたい。それなら……まず子供達を確保したい。人数は三人らしい。が……こちらにはヨハンと馬車という護衛対象がある」
「ん?俺も行くぞ?」
「ヨハン、無茶言うな!死にたいのか?!」
「お前は俺が荷物と子供の命を天秤にかけると思うのか?子供を連れて逃げるなら、戦力以外にも人手があった方がいいだろう。何なら、客人のパーティーに護衛を頼めばいい。が、盗賊が来たら逃げてくれても構わんよ」
ガハハハ!と高笑いするヨハン。
「俺らは誰が残っても、森に入ってもいいぜ?」
二人の言葉に、アストが考え込む。
そして。
「……わかった。じゃあ、森には俺とヨハン、ケルンと蓮次で行く。あとは馬車の護衛と……もし俺らが一日経っても戻らなかったら、騎士団、警備隊、ギルドに報告を入れてくれ。森から幻獣が出てこないという保証はないからな」
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