異世界花火 ~よお、楽しんでいかねえかい~

マクスウェルの仔猫

第1話 辺境の街へ向かう【元】パーティー、『祭囃子』


 季節は、日本でいうところの初夏。


 午後の日差しを受けつつ、草原の中の一本道を二台の馬車と一騎の騎馬が進む。

 その行先はレンダ公国王都から馬車で2日ほど離れた、海沿いの町ダノン。

 

 特産品や、都市部では手に入りにくい鉱石、素材などを王都のシーレーンに売りに来た商人が、王都で購入した品物を馬車に詰め込んでの帰途である。


 一台の馬車には積んだ荷物の他に壮年の商人と護衛一人が、もう一台の馬車には若い男女二人ずつと護衛の弓使いの少女が乗り込んでいた。


 騎馬と交代して御者台に座り込んだ男が、商人に報告をする。


「今んとこは変わりないな。だが王都で聞いた話だと、グレブ帝国の馬鹿共がまた戦争の準備をしているらしい。そうなると、また盗賊が出回り始めるな。……あそこは何でうちばっかり狙ってくるんだ?三年に一度は攻めてくる。あいつらだけは、魔王討伐軍にも協力しなかったからな。たちが悪い」


 うんざりとした顔で話す、護衛の隊長挌であるアスト。


「鉱脈、だろうな。グレブには鉱脈が数少ない。それなのに武器や防具を蓄える為に乱獲していた。だから鉱山はもう出がらしらしいぞ?グレブを逃げ出してきた知り合いが言っていたよ」

「ん?そうなると……鉄系の素材をたんまり抱えてる商人がグレブに出向きゃ、大層儲けられるんじゃないか?ヨハン、銀、銅とか大量に持ってないか?」


 ニヤリと笑うアストにヨハンが肩をすくめる。


「お前さんたちには別に分けてやってもいいが……命あっての物種だ、やめといた方がいいぞ」

「何でだ?」


 ヨハンは指折り数えてその理由を語った。


「まず、国に入る為に法外な金が取られる。行く先行く先でだ。それにあの国の冒険者ギルドや商人ギルドは次々と閉鎖している。何でも、金から何から全て国の名目で徴収されるようだ。見かねた各ギルドからの抗議も取り合わない。治安も最悪らしいぞ?ま、夢を見るのもいいが、やめておけ」

「こりゃ……一利なし、だな。やめとくよ。しかし……グレブ終わってるな」

「だからだろう。次の戦では死に物狂いで来ると見た。迷惑極まりないな」

「本当にな。……で、あの馬車に乗った奴らは大丈夫なのか?グレブの手先ではないだろうな?」


 アストは後ろについてくる馬車の方をチラリ、と見た。


「ああ、何でも……請われて魔王討伐に参戦したパーティーらしい。もう『役目は終わった』と解散したらしいがな。ま、王家の捺印付きの書状を持っているから無碍むげにはできんし、盗賊が出たら護衛もしてくれると言ってくれたからな」

「そういう事なら、まあ安心か?護衛は多いに越したことはないし、助かる」

「そうだな」

 




 そして、その噂の馬車の中では。


「なるほどー。去年の討伐にされた皆様は、魔王が倒れた今いろんな街を回っていると。ステキですね!それに王様のお墨付きとか、『マツリバヤシ祭囃子』って凄腕のパーティーなんですね!」


 馬車護衛パーティーの少女ラステラが嬉々として四人に話しかけていた。


 黒髪を後ろに束ねた青年、キョウが答えた。


「確かに凄い戦いだったけど、僕らはオマケみたいなもんだったから。魔王戦は討伐連合軍がものすごく活躍していたよ。魔王にとどめを刺したのも、このレンダ公国の騎士団長だったんじゃないかな」

「おおお!私が聞いた通りです!さすがレンダのプリンスといわれるアールズゲート伯爵様!今回の討伐を受けて、王都では伯爵様の肖像画を家宝やお守りにする家が後を絶たないようです!……私も欲しかったんですが、貯めに貯めた金貨一枚じゃ額縁の絵なんか買えなくって、これしか……ご利益あるかなあ」


 ラステラは無念そうに、ロケットペンダントを首から取り出した。


 直径2センチほどのチャームを開けると、左を向いた男性がほほ笑んでいる。

 覗き込んだ白いローブ姿の『祭囃子』の魔術師、エルが笑った。


「素敵ね。私にも見せてもらってもいいかしら?」

「どうぞ!おおお、更に魔王討伐パーティーのご利益が見込めちゃいますね!」


 エルがロケットを受け取って、絵が入ったチャームを撫でる。

 

「美男子ね」

「えへへ!ですよね、ですよね!でも、本当にカッコいいらしいんですよ!前回のグレブ帝国との戦いで騎士団が凱旋した時も今回も、伯爵が通る道通る道で女性達がその凛々しさにバタバタ倒れたって噂でしたから!」


 満面の笑みでラステラがきゃあきゃあ!と叫んだその時。


 チャームが、青く微かな光を放った。


「あら?この方、強い加護を持っているようね。精霊が祝福してる」

「えー!えー?!そうなんですか?!さすがアールズゲート伯爵様!やったあ!」


 顔を赤らめて喜ぶラステラに、京がちらり、とエルを見て笑った。

 エルは、ロケットをラステラに返した後に一瞬だけ唇に人差し指を当てる。


 と、そこに。


 ひとり盛り上がって騒ぐラステラの声に反応する二人がいた。




「ふあ、随分と元気のいい嬢ちゃんだな。もうめしけぇ?」

「……あ!蓮次ぃ!何アンタ、私の膝の上でちゃっかり寝てるのよ!」


 寝こけていた『祭囃子』のメンバー、蓮次とかなでが目を覚ましたのだ。


「おかてえこと抜かしなさんな。減るもんじゃねえ」

「私の!体力が!減るの!」

「おお、怖え怖え。ま、勘弁してくんな。朝っぱらからガキどもが元気でな、じゃれてたら今眠くてたまんねえのさ」


 目を擦りながら自らの膝の上で見上げる蓮次に、奏は文句を言い募る。


「毎日毎日朝から炊き出しに行く自分のせいでしょうが!」

「ん?おさんもじゃねえか。うめえもんをこさえてくれっからガキ共も大騒ぎでありがてえんだが、つれぇなら無理しなさんな」

「!……くっ、あんなに美味しいもの作って喜ばれてたのは蓮次じゃないのよ!それに、アンタ一人にするとトンデモない事をしでかすでしょ!危なっかしくて見てらんないのよ!もう……いい加減どきなさいってばぁ!」


 顔を真っ赤に染めた奏が、蓮次の頭を膝の上からグイグイと押し出す。


 ゴン、と重い音を立てて床に落ちる蓮次の頭。


「いて」

「アンタがウロウロするとほーんと、碌なことにならないんだから。出歩く時は……やっぱり、しっかり者の私じゃないとダメよね。うん。……私に報告!」

「へいへい」

「へいは一回でいいって言ってるでしょ!蓮次のバカ!」

 

 人差し指を何度も蓮次に向けながら怒っている奏と生あくびをする蓮次を見て、ラステラが、目をぱちくりとさせる。


 京が苦笑しながら、二人の紹介をした。


「ごめんね、騒がしくって驚いたよね。この二人は、『祭囃子』の蓮さんと奏」

「は、初めまして!私はこの馬車の終点ダノンの町で冒険者をしているラステラって言います!後衛で、弓が得意です!」


 ラステアはぺこぺこと二人に頭を下げる。


「おお、そうけえ。こりゃあ丁寧にすまねえな。おれあ、蓮次ってんだ。シノギは……そうさな。町から町へと渡り、こいつらとチョイとした祭りを興して回ってる。ま、テキヤみてえなもんだと思ってくれりゃいいさ」

「マツ……リ?……って何ですか?テ、きや?」


 聞き慣れない言葉に、ラステラは首を傾げる。


「何でえ、おめさんにも説明しねえといけねえのかい。祭りってのはなぁ。美味うめえもん出す屋台やガキどもが遊べる出店を並べてよ。たらふく食ってやいのやいのとバカ騒ぎした後はな、雁首並べて夜空に浮かぶ花火を眺めてよ?玉や鍵やと楽しむ寸法ってなわけだ」

「美味しいものを出すのはわかりましたけど……花火?火?の魔法ですか?」

「ああ。ま、そんなとこだな。花火師がいりゃあ、


 楽しそうな雰囲気が感じ取れたものの、蓮次の説明に更に首を傾げるラステラに、苦笑いをする京とエル。


 そこに、大げさに溜め息をついた奏が割り込んだ。


「はあ~……蓮次。毎回の事だけど、アンタのコッテコテの言葉並べ立てて、誰がわかるのよ。ラステラさんごめんね。私達は、『イベントコーディネーター』っていうお仕事をしてるの。色んな街を旅をして……」

「あれか?奏の摩訶不思議な力で手に入れたあん時のうめえ肉」

じゃないって、何度説明させんのよ!!」


 やいのやいの、ぎゃあぎゃあと叫ぶ奏と、飄々とした蓮次。

 京はそんな二人を見て腹を抱えて笑い、エルは肩を震わせる。


「あはは!楽しそうなお仕事っていうのは何となくわかりました!それにしても、みなさん仲がいいんですね!どうしてパーティーを解散されたんです?」


 ラステラの言葉に、蓮次以外のメンバーの動きがピタリと止まった。

 

「ま、俺らは魔王がいなくなりゃあ、お役御免だあ。縁も所縁もねえ異国に呼ばれちまった俺らの、体を張ったシノギが終わった後は、てんでんばらばらに勝手気ままに楽しんだってバチは当たるめえよ」

 


 



  

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