第24話 彼は誰れ刻(かは たれ どき)
グレブ帝国の第四大隊長エジスは、憤懣やる方ない!という表情で軍を進めていた。
この大隊はザンザムールを攻めた主力とは違い、ダノンの町に船を寄せずに大きく迂回をし、北上してから、海から上陸している。
レンダ公国の海岸線で防備が比較的薄い断崖絶壁を、多大の犠牲を払って上陸をした上で行軍を開始したのだ。
あくまでも本軍は南のザンザムールから攻め入る側とダノンの町の西に接している海側。
竜を伴って行軍する二方面である。
(竜が通り過ぎれば、作戦も何もかも必要ないだろう!おこぼれに
これは美味しい思いができない立場に立っているからであり、前回の戦と今回のザンザムール初戦では十分に利を得ている。独断専行し、それなりの成果を上げていたのだ。
またそういう性格であるからこそ、今回の最重要から外されたという事が分かっていない。
部下も、他の部隊で問題を起こした者達ばかりである。
そう。
敗戦続きのグレブではあったが、過去レンダ公国やザンザムールに攻め入った際、全くの手ぶらではなかった。
局地戦で勝利し美味しい思いをする部隊があったのだ。
そして。
一度境界線を越えてしまい、味を占めた者は。
また、同じ様に繰り返す事を厭わない。
敗戦によって疲弊していくグレブ帝国の中で、自分達可愛さに人を出し抜く事など、当たり前の事であった。
だが。
この不利な方面に駆り出された人間達は、自分達の今までの行いと、自分達が当たり前のようにこれから行おうと思い描く欲によって、壊滅的な打撃を受ける事になる。
●
一番最初に「その現象」に気づいたのは、斥候の兵達であった。
険しい山道を超えてきた為に、騎馬ではなく疾駆での威力偵察部隊である。
天から降ってくる無数の光の粒が、辺り一面を白く染め上げている。
「いったん止まるぞ!」
腰に剣を佩いた将校が、杖を持っている魔法兵に問う。
「おい!何だこの光の粒は!魔法なのか?!」
「
将校と部下二人、魔法兵の周りに青白く輝く球体の魔法障壁が展開された。
だが。
光の粒は青白い障壁の中にゆらゆらと降りてきている。
「お。おい!中に入ってきてるぞ!しっかりと障壁を張れ!……何だ?」
「張っています!これは魔法ではなく別の……うわ?!」
「敵襲?!敵ですか?!」
「真っ白で……ここはどこなんですか!」
四人は、そしてペールの町の外にいるグレブ帝国の兵員が、全て。
白い粒に包み込まれていった。
●
絶叫。
怒鳴り声。
嘲笑。
蔑み。
怒号。
悲鳴。
泣き声。
苦悶。
懇願。
ありとあらゆる負の中で、展開される光景の中で。
「貴方!貴方ぁ」
「お父さん!助けて!」
「ほう、上玉じゃねえか。ま、こいつらはコッテリと尋問してやらないと、なあ?」
男の妻と娘のドレスが、自宅へと入り込んできた兵士達に荒々しく引きちぎられた。
「きゃあああ!……娘だけは勘弁してください!私だけなら!貴方あ!エイリを!お願い!」
「きゃ!……やめろ!お母さんを離して!お父さん!お母さんを連れて逃げて!早く!!!」
泣け叫びながらも互いを庇おうとする二人。
「やめろ!リーナとエイリに触るな!金でも、俺の命でも!代わりのもので見逃してくれ!」
「うっせえなあ。どうせ、ぜえ~んぶ頂くんだからよ。ま、オメエはいらねえか」
偵察隊の将校の胸に、グレブの兵士の剣が突き立った。
「がはっ!」
「貴方!……何て事を!許さない!絶対に許さない!」
「誰か!何でもします!私何でもしますから!お父さんを助けてええええ!!」
「んあ?どうせ助かんねえし、どうせ何でもさせるから気にすんな」
「や、やめろ……やめてくれ……」
ズルズルと引きずられていく妻と娘に手を伸ばし、呼吸を止めた男。
グレブの兵士全てが、違いこそあれど絶望と悲しみ、怒りや苦しさの中で意識を失い、命を揺らし。
また新たな絶望に飲まれていく。
●
「ふぅ。アストさんに皆さん。後は抜け出てくるグレブの兵隊に注意を怠らないでくださいね?」
門を開けてもらい、狛犬の『
そこからは、動きを止めて座り込み、また地面を転がって叫ぶグレブの全隊の姿が遠くに見えている。
「な、なあ。何を……したんだ?凄いことになってるが、精神干渉の魔法?祈り……だったか……かけたのか?」
恐る恐る聞いたアスト。
「これは、自分達が過去にした事、これからしようと思っている事を立場を置き換えて何回も見せているだけです。自分がされたら、どういう気持ちになるのかを知ってもらう為に」
「ま、マジか……」
「もちろん、突き抜けちゃってる人は抜け出てくると思いますので注意して見てた方がいいかと。何をイメージして見ているのかは私にもわからないんです」
●
だが、結局。
辛うじて持ちこたえた幾ばくの兵士達は逃げ去り。
それ以外の倒れ伏した者達は、レンダ公国の増援が来た後も意識を取り戻す事がないままに、捕縛されていった。
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