第5話「素敵なステーキ」

巡査達の気休めになったのは過酷な身体訓練の間に入る、警察部による座学であった。



ただし、早朝マラソンと懸垂、慣れない小銃を撃ち、模擬弾で銃撃戦をし、鼻血を伴うほどの格闘訓練をした後では、集中して講義を聞いているものがいたかは怪しい。





警察部の幹部も、軍が警察官をしごくのをよく思っていなかったが、実際のところ軍から支援を受けることも多いため口出しはできなかった。





研修6日目



研修も大詰めを迎え、発砲音には全巡査が即座に伏せ、発砲音のした方向を目で索敵するようになっていた。



また、格闘訓練も板につき、軍人とまともにやり合う者まで現れた。



夜になると、特別に警察部から半径100m以内で外出し飲酒と嗜好薬物を除く飲食娯楽が許された。



「もう二度とやりたくねえ!」垣が警察部の門を出て、立番の警官と距離が離れると叫んだ。「冗談じゃねえ。軍隊じゃないんだっつーの!なあ、今日はせめてうまいもの食おうぜ?一杯くらいならわからないんじゃないか?」



「やめとこう」五百川が言った。「軍のヤツが、監視してるかもしれない」

「マジで?」

「冗談だが、軍ならやりかねない」五百川は笑った。



「けっ。真面目だねえ平治」寝食を共にして、平治と呼ぶようになっていた。「まあ、いいさ。警察の仕事が始まったら、俺は非番は絶対飲むんだ。そんで公休の昼までダラダラしてさ。野球中継なんか見て…ここ野球やってんのか?」

「野球よりバーチャル銃撃戦が人気らしいぞ」

「なんだそりゃ。まあいい。酒が入ればなんだって楽しいや」



平治と垣は、白のワイシャツに黒のスラックス、黒のビジネス靴といった格好で路地を歩いていた。

警察部が制定する、「端正な私服」と呼ばれるセットアップである。



連島警察部の周辺は小さな路地が多く、その路地には飲み歩く警察部の連中に食事や酒を提供する個人飲食店が並んでいた。すでにほかの巡査たちは思い思いの店に入っていったようだ。



巡査の中には、クリックボールと呼ばれるピンボールのような賭けゲームの遊技場に向かったものもいる。



しばらく歩くと、正面にタンクトップ姿の男が立っていた。

男は黒のタンクトップに、灰色の都市迷彩のカーゴパンツをはいている。

180cmほどある大男だった。



吉和だった。



その付近には見た記憶のある軍人が、シャツや半パンと言った私服姿で立ち、こちらを見ている。

坊主頭が三人、道を塞ぐようにこちらを見ている。



否応でも威圧感があった。





「なんだよ!」垣が叫ぶ「もう勝負はついたろ!仕返しかよ。みっともねえぞ!」

垣は怒鳴りつつ、平治の後ろに位置を取った。



「違うぜ」吉和が言った。「俺は敬意を示し、謝ろうと思ったんだぜ」

「謝る?」平治が訝しんだ。

「警官になんか負けないと言って悪かった。警官を見下しているわけじゃないんだぜ」



「気にしてない。おれは警官なんて見下している」と平治

「おい!」垣が叫んだ。吉和は高らかに笑った。


「おごらせてもらうぜ。俺は賭けに負けた。俺が負けたら、お前とこの仲間二人にステーキをおごると決めてたぜ」

吉和が二人の軍人を指さした。そして垣にも指さした。「おしゃべりのお前、お前もおごってやるぜ」



「え?!ありがとう!」垣は叫んだ。「やった、タダでステーキ食えるってよ。いい人だなあ、軍人さん達!おい、行くぞ平治!」



平治は鼻でため息をつき、弾むように歩く垣と共に吉和達に続いた。

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