第18話「ワイドレシーバー」

「本部から捜索活動の各局、直ちに応援を向かわせた。しばらく待たれたい」


本部からの無線が届いたが、怒声や小競り合いで全く聞こえない。


急遽、部隊指揮を命じられた花谷第九機動中隊隊長は迫りくる過激派の波に狼狽を隠せなかった。


明らかにゲリラ攻撃である。


森に潜んでいたゲリラが、警察の配置を待って急襲してきたのだ。


警察を待ち伏せていたという事は、ある事実を端的に証明している。


敵に情報が漏れていたと言うことである。


花谷中隊長に今その問題を検証する余裕はない。


花谷中隊長は押し寄せる過激派と、機動部隊がまさに押し合いをしている「接点」を注意深く監視した。

そして忙しなく目線を動かし、後方の過激派が列からずれて別働しないか、それとも、前の人間を脚場にして、接点を飛び越えてこないかと注意した。


ああ、俺はワイドレシーバーだったのに…

クォーターバックではない。

俺は指揮官向けじゃないんだ……


花谷はこの期に及んで、大学時代の若かりし思い出が脳裏をよぎった。


ラインマンになれるほどの体格はなく、司令塔であるクォーターバックほどの判断力もなかったが、花谷には素晴らしい俊足があった。


パスを受け取り、緑のフィールドを駆け抜ける。

タッチダウンを決め、観客の誰もが花谷に魅了され、大喝采を受ける。


花谷はヒーローとなり、妖艶なチアリーダー達が進んでその身を差し出したのである…と、花谷の中では幾分と美化された思い出が蘇る。


チアリーダーが夢中になっていたのは、ナイスガイのクォーターバックだったかもしれないし、筋肉鎧を身にまとったラインマンだったかも知れない。


ともかく花谷は、警備実施で苦境に立たされるとアメフト時代の思い出に逃避する癖があったのだ。


「中隊長!右舷が押されてます!」伝令が声をかけ、花谷は現実に引き戻された。


「第四列!右舷に回れ!」花谷が叫ぶ。

4列目の機動部隊員が、押され気味の右端に回り、後ろから援護のために押す。


花谷は自分がクォーターバックであるという事実を受け入れ、指示を飛ばす。

俺はこのフィールドでタッチダウンを取れるのだろうか。


幸か不幸か、外周は有刺鉄線フェンスで囲まれておりゲートの開放部だけに過激派は押し寄せてきている。


周囲を囲まれてはいない。


敵との接点が狭い分、精鋭の機動部隊員が少しずつ過激派を排除すれば、少ない人数でも善戦するかもしれない。

それでも過激派に比べ、あまりに人数が少ない。


今の所、過激派も武器を使うでもなく、ただ敷地の中へ侵入しようと押し込んでくるだけである。


だが、それは警察部隊にとっても武器を使用するハードルが高いということでもあった。


その時、ゲート付近のゲリラの一人が、花谷へ向かって何かを投擲した。


一瞬でも、思い出に浸ったせいだろう。

反射的に元ワイドレシーバー花谷はその投擲物をキャッチした。



皮肉にもそれは楕円形のフットボールのような形をした金属製の物体であった。


物体は、内部から破裂音が響いた。

しかし、物体自体は爆発していない。

何かが破裂した音がしてものの、金属のボールは何もならない。


花谷はすぐに過激派ヘ投げ返す。


過激派は特にはたいて地面に落とすと、特に何も反応することはなかった。


花谷は我に返ると、すぐさま本部に知らせる。

今は喋るだけで通信が届くはずだ。

「中隊長から本部!爆発物らしきものを投擲された!」


本部から応答はない。

花谷はピンときた。

無線の妨害装置の中には、装置内で破裂して、化学物質と電磁波を発生させ、周囲の無線を遮断するものがある。


すぐさま、無線機の画面を見るとアンテナの通信強度は「圏外」と表示されていた。




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平治と垣は手洗いに入った。

窓という窓はシャッターが締まり、外へ出られない。


先程から、廊下の窓や給湯室のような部屋、小さな会議室など入って調べたがすべてシャッターがしまっている。


「出られないな」と垣。

その間にも、工場の外では怒声や小競り合いの音が聞こえる。


その間も何度か中隊長を無線で呼ぶが、全く応答はない。

乱戦になって無線に出る余裕もないのかもしれない。


「そうだ、平治!無線で直接本部に救援を頼めばいいじゃん」垣が言った。


平治は首を横に振った。


「垣さん、こいつは部隊活動用の特殊な無線だよ。俺たち部隊員の無線はトランシーバーのように近距離は通じる。あと、敷地内で指揮を執っている中隊長にもな。だが、本部への無線はできない。それは長距離無線じゃないとだめだ。中隊長の持っている無線は、短距離無線を拾えるし、長距離も打てる指揮官仕様だ」平治が説明した。


「そうか…じゃあ、無線はダメってことか」垣が言った。


そのとき、無線を傍受した。


「突入A班から中隊長を呼び出した局。貴局は何部隊であるか、どうぞ」


「突入班が傍受したんだ!」垣が顔をほころばせる。「救援してもらおう」


「こちら外周の五百川巡査と垣巡査です。武装した男を目撃し、中隊長指示で後を追跡したところ家屋内に閉じ込められた。現在出口を検索している、どうぞ」平治が無線を打つ


「平治か、了解」その声は根須の声だった。「現在位置どうぞ。捜索は中断し、そちらに合流する」


「裏口の従業員入口と思われる。どうぞ」


「了解」根須がそう答えたとき、また無線が飛んできた。


「こちら突入B班だ。傍受した。裏口なら我々の方が近い。援護に向かうから待機してくれ。A班は待機されたし」


「A班了解」と根須が応答した。

「五百川了解」平治も応答した。


「良かった、助かったな」と垣が言った。


平治は首をまた振った。


「結構絶望的だぜ、垣さん。」と平治。


「なんでだよ!」


「まず、大量の過激派が待ち伏せしてた。特殊が侵入して閉じ込められた。敵に情報が筒抜けの上に、攻撃されている。」と平治「これはギャングとかシンジゲートのやり方じゃない。あいつらなら、きれいさっぱりブツを持ってもぬけの殻になるはずだ。おそらくだが、武装組織や過激派が裏で噛んでいる」


「それじゃ、ギャングが薬と武器を捌いてるだけじゃなく、過激派や例の『ポリティカルなんとか』が警察を攻撃しようとしているって事かよ」


「断定できんがそんな気がする」


「大げさな!そんな事したらお互いタダじゃ済まないぜ?」


「タダで済ませたくない問題なのかもよ。じゃないと、赤スカーフの火炎放射器持った奴なんて来るか?小麦粉工場に」




垣は先程までの明るい表情から一転、恐怖と不安からか表情が引きつっていった。


「垣さんよ」と平治が笑顔で言った。「頑張って生きて帰るぜ。俺もあんたも、帰る故郷があるんだから。」


「俺を地球に生きて返してくれたら、お前に俺の妹をやるよ、結婚させてやる。マジで」垣が言った。


平治は肩をすくめた。

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