第11話「殺戮教授」

暗がりから現れたのは、身長は2mはあろうか、恐ろしく背の高い、そしてナナフシのように細くて手足の長い男だった。


薄茶色のくたびれたツイードのスーツを着て、手には革手袋をはめている。


ロマンスグレーの髪に、大きな黒縁メガネを掛けた壮年の男性である。

黒縁メガネ越しに、ギョロリとした金壺眼が覗いている。



「素晴らしい手際だ。路上のサバイバル術とでも言うべきかね」背の高い男が言った。「てっきり警官に捕まってしまうと思ったがね。あの警官も恐るべき腕力だったが」


モヒカンは青ざめた。

そして、何か時間稼ぎできる方法はないかと思案した。


「見てたんですかい?教授」とモヒカン


「ああ。ちょうど用があってな」教授と呼ばれた男は笑顔を見せる。「革命戦士たちと会合があったのだよ」


「待ってくれ!ヘマはしてねえさ」モヒカンが怯える目で言った「オマワリに何も押収されてねえ。危なかったが、薬は当然バレてないし、チップだって…それに…」


「ナンセンス!」教授は突然大声を出した。モヒカンは身体全体でビクッと驚く。


「私は今君から自己弁護を聞くために現れたのではない」教授はゆっくりとモヒカンに近づいてくる。「私が来た理由を考えてみたまえ…。それに君は致命的なミスをしている。端末を落としたろう」


モヒカンは身体を探る。確かにない。

モヒカンの顔は更に青ざめた。


「君のアホの手下は我々が処理したが、君の端末は警察の手に渡ってしまったようだ」


「チャンスをくださいよ!必ず良いように巻き返します。端末もオンラインから初期化する!」モヒカンは叫んだ。


教授と呼ばれた男は目をつむり、こめかみをトントンと人差し指で叩き始めた。


「我々が君に期待したのは君の豊富な人脈だ。君は顔が広い。君にブツを託し、武器を持たせ、街で捌けば、暗黒街はおろか議員連中や役人、腑抜けた軍の役人まで浸透させる事ができると信じた」と教授は言った。


「ええ!目下仕込みの最中です!」


「だが、君ときたらブツと武器を使って自分のビジネスを伸ばし、商売敵を潰す事しか能がなかった。革命をもたらすための武器は、チンケな売人の護身具にしかならなかった訳だ」教授はメモ帳のようなものを取り出し、見ながら喋っている。


「そして君は、自らフィクサー達を遠ざけ、金儲けに都合のいい中毒者を囲い始めた。人脈は無くなり、君に残ったのは商売敵から買った恨みだけ…君は出会った頃は政府に怒りを持っていた闘士だったが……今や単なる薬物ブルジョワジーだな。それもひどく愚劣な」


「それは悪く捉えすぎだ!待ってくれよ教授さん!」モヒカンが叫ぶ。


「と、ここまで説明すれば、私が君の前に現れた理由が分かるかね?」教授はメモを閉じ、内ポケットへしまった。


「何です?わかりませんよ!教えてくれよ教授!何のために現れたんだよ!」モヒカンはあまりの恐怖におびえて叫んだ。


「粛清だよ!このボケナスうぅぅぅ!!」


教授が絶叫し、両手を背中に回して武器を取り出す。

右手には鎌、左手にはハンマーを持っている。


モヒカンは女のように金切り声で悲鳴を上げた。


そしてモヒカンと教授の間は3mほど距離があった。


モヒカンは死に物狂いで逃げなければ、無残に殺されてしまうだろう。


モヒカンは、ジャンプスーツの内側に忍ばせたフラッシュバンに手を伸ばした。


今はこれが最良手だ…。


モヒカンがそう思って右手を服の内側に入れようとした時には、モヒカンの右手は手首から先が消えていた。


正確には切り落とされたのだ。


痛みを感じるよりも前にモヒカンは輪切りにされた自分の手首を見て驚愕した。


なぜだ。教授とは3mほど離れている。


接近されていないはず…


その時教授が野球ボールを投げるような仕草で左手を振り上げた。


まだ遠い


ハンマーを投げる気か。


モヒカンが身構える…その瞬間、モヒカンの青ざめた頭部はハンマーによって粉砕された。



教授は、笑顔を見せた。

「良かったスーツが無事で。薄汚いヤク中の血で汚れずに済んだ」


教授の両腕はおよそ3m先のモヒカンの死体付近まで伸びていた。

スーツの袖口から教授の腕が伸びている。伸びた腕は黒い特殊樹脂や、人工筋肉で作られたものであった。


教授は恐るべきサイボーグ武器「伸縮腕」を駆使し、鎌と槌(ハンマー)で裏切り者の魂を刈り取ったのであった。


教授が背中を軽く反ると、伸びていた腕はもとの長さに戻り、一見して普通の人間と変わらない姿となった。


モヒカンの無残な死体に近づき、ジャンプスーツで鎌の血を拭き清める。


この殺戮者の凶行を目にしたものはいなかった。


またモヒカンの死体がこのまま転がっていても、金目のものがなければ見向きもされないだろう。


それがネオシティのスラムである。


教授の内ポケットから端末の着信音が響く。

教授は端末を取った


「はい。芳田です!」口調は、モヒカンに引導を渡す時と打って変わり、礼儀正しく、滑稽なほど明るい「ああ、いえいえ!とんでもない!ご満足いただいて嬉しいです!新しい書評ですって?よろしゅうございますよ!学会まで暇を持て余していますのでね!はい、ぜひぜひ!また連絡くださいませ。それでは!」


芳田カールは端末通話を切る。

連島衛星大学経済学部特任教授 芳田カール。50歳。

資本主義の横暴と腐敗した保守政権を糾弾する、行動的な経済学者であり、法学者でもある。

そして、精力的に学術にいそしみ、論文や本を書きあげ、論壇からは一目置かれる重鎮…。


それは表向きの顔であった。


出版社からの通話を切ったと同時に笑顔は消え失せ、非情な革命戦士であり、冷血の殺戮者である芳田カールの顔が再度浮かび上がった。

芳田は端末でどこかへ連絡をとる。


「例の豚を始末した。だが問題がある」と芳田「こいつの端末を警察が押収している。近いうちに豚の家に家宅捜索が入るはずだ。」


芳田の通話相手はしばらく一方的に話していた。芳田はじっと聞いて、一言つぶやく。


「素晴らしい。何も異論ないよ、同志」そして、微笑んだ。「愚鈍な国家権力に無慈悲なる死を…」

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