第10話「目覚め」

平治はできるだけ急いで走った。



垣も若干視界が戻ったようで、薄目を開け、時々平治の背中に触れながらついて来ている。



置いていくことはできなかった。



警官すらチンピラに襲われる世界である。



視界不良の垣が単独でいると、何をされるか分からない。



「平治…もう置いてってくれ」垣がゼエゼエ言いながらつぶやいた。「俺なら大丈夫だから」



平治はその言葉を無視すると、足元にあった千切れた鉄パイプを拾い上げ、モヒカンに向かって投げた。



鉄パイプは斧のように回転して飛び、モヒカンのうなじから背中にかけて当たった。





「あっ」とモヒカンは叫ぶと、地面に倒れた。



平治は全速力で近づく。

少し垣から離れるがやむを得ない。



しかし、モヒカンはすぐ立ち上がると、怒りに燃える表情で何かを投げた。



平治は飛んで来た黒光りした丸いモノを見て青ざめた。即座に踵を返し、垣の方へ走った。



「伏せろー」平治が叫ぶと同時に、哀れな垣の身体に突進した。



垣と平治が地面に倒れた瞬間破裂音が響き、衝撃波が飛んだ。



平治は頭を上げた。

思ったほど衝撃はなく、爆音もしなかった。



平治は手榴弾かと思っていた。



破裂音のした方を見ると、黒い小さなゴム球が無数に散っていた。



すぐそばにあったプラスチックの大きなゴミ箱が、穴空きチーズのように穴が空き、ゴム球の餌食となっていた。



スティンガーグレネード(ゴム球手投げ弾)であった。



非殺傷兵器であるが、近距離で被弾すれば死亡することも有り得る。



幸い道路の凹凸の凸部分で破裂したため、地面に伏せた平治と垣は被弾しなかった。



平治はモヒカンの方を見たが、すでに人影はなかった。



平治は垣を起こした。「大丈夫か?」



「狂ってる!」垣が悲痛に叫んだ「なんでただのチンピラが手投げ弾なんて持ってるんだ?これじゃ命がいくつあっても足りねえよ!」



「ゴム球弾でよかったよ。手榴弾なら本当に危なかった」平治が言った。「垣さんの先輩は、これで精神壊したんだろうな」



「そうさ」垣は頷く「先輩言ってたんだ。ここは『戦場のようだ』って」



「目、大丈夫か?」

「ああ、薄ぼんやりだが、見える。耳も聞こえる」



平治はモヒカンが転倒した場所に近づいた。



手のひらサイズの、携帯端末が地面に落ちている。

端末ケースは麻の葉と目の充血した猫のキャラクターが描かれたものだった。



モヒカンが落としたものに違いない。





平治は防護ベストのポケットから、警察端末を取り出し、写真撮影した。



そして、拾い上げた。

この端末を解析すれば、こいつの身元も分かるかもしれない。



垣も同様に手投げ弾の破片を写真に撮り、回収した。



モヒカンを見失い、平治と垣はチンピラ達を倒した現場に戻った。



しかし、チンピラ達の姿は消えていた。



そこには少しの血だまりと、散乱したゴミだけが残っていた。



「あいつら…あの状態で動けたのか?」と垣が不安そうにつぶやいた。



「あの状態で自分の脚で立つとは、ちょっと思えない」と平治。血だまりの中、両足の靴先が擦ったような跡があった「誰かが回収したのかも」



「何のために!?」垣が平治を見る。

「さあな。しかし、モヒカンもこいつらも、オマワリを襲った。そして、武器を使ってまで逃げた」



「それはただ単に治安が悪いだけじゃ…」



「そうかもな。だが、それなりにリスクはあると思うぜ」平治は周囲を見回す「この様子じゃ、警察も軍隊もおそらくやり口は地球より過激だ。警察に手をかけりゃ報復されるのは目に見えてる。それなのに、モヒカン一味には逃げたかった理由がある」



「そうかな…」

「推測だよ。俺の勝手な」平治は笑った。「後始末の手間が省けた。本部に帰って報告しよう。あとは上の奴が料理するさ」



平治は路地を出口の方へ歩き始めた。





「平治」垣が呼び止めた。



「あん?」平治が振り向いた。



垣は平治から視線を外し、つぶやいた。

「なあ、お前。生き生きしてるな…。宇宙船じゃそんな様子もなかったのに。なんだか目覚めちまったような…お前…軍人だもんな。元は…」





平治はきょとんとした。

「何変な事言ってんだよ」と平治「おかげで助かったろ?」







「あぁ、そうだ。そうだな」垣は顔を上げてぎこちなく笑ってみせた「確かにそうだ…」











モヒカンは、息も絶え絶えに走り続ける。

歯の金メッキが剥がれたところから、不快な苦味が漂い、違法タバコを吸い尽くした自分のすえた息の臭いが不快だった。



そして、その肺はボロボロで、今にも破れてしぼんでしまいそうである。



だが、うまく行った。

あの地球の暴力オマワリに、とっておきの手投げ弾をお見舞いした。



だが、もって3日だろう。



自分はこの街を離れなきゃいけない。

薬物の刑事が、特殊を連れてアパートに雪崩込み、俺を蜂の巣にするかもしれない。



4番ストリートの、てる子。虹色の人口頭髪の美しいアフロヘアで、テキーラが好きなてる子。



最後にひと目会いたかった。



てる子は、ヤクが必要なとき以外、俺の顔を覚えてもいないが。



モヒカンは色々と考えるうち、追手である平治を撒いたと断定して止まった。



そして息を整えた。

落ち着くと恐怖が薄れ、怒りが増幅する。



「地球のマッポが、覚えてろ、ちきしょう!」モヒカンは怒りを爆発させ、ゴミ箱を蹴飛ばした。



ドブネズミが驚いて数匹逃げた。







ぱちぱちぱちぱち







前方の暗がりから、拍手する声が聞こえた。



「ハラショーですよ!素晴らしい。うん」落ち着いた、しかし氷のように冷めた声が暗がりから聞こえる。



聞き覚えのある声だった。



だがその声は、今現在最も聞きたくない声だった。



モヒカンは息を呑んだ。

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