第9話「ネオシティのやり方」
平治が持ち帰った情報は、軍部に託して警察上層部には報告しなかった。
なぜなら、半径100m以内を越えて外出したためである。
警察部の御触れは、100m以内の外出を許可したのであった。
規則違反である。
情報の有用性より、警察部が規則違反の顛末に夢中になるのは容易に想像できた。
そこで平治は情報がウヤムヤにならないよう、吉和に託した。
「そんなもんかい?地球の警察部と連島警察部は違うかもしれないぜ?」吉和が言った。「まあ、いいぜ。お前らに迷惑かけたくないし、俺から軍の情報部に伝えとく」
そうして一週間の研修は終了を迎えたのだった。
そして3日後…
ネオンの輝く上層地盤の下、薄暗い路地に垣と平治はいた。
路地にはタングステン灯がポツポツと光っており、路肩に横たわる浮浪者や、虫の死骸に柔らかい光を照らしている。
ここにネオンはない。
路地を囲むビルの壁に、黒いカバーの導線が巨大な髪の毛のように無数に巻き付いている。
吐瀉物と、燃えかすと、汗の臭いが路地を埋め、ハイソな者が通りがかれば顔をしかめて踵を返す事だろう。
しかし、ハイソな者が通ることは決してない。
ここはネオシティの蠢きに飲まれ尽くした弱者が流れ着くスラムである。
平治たちは、連島警察部直轄の警ら隊として初の任務についていた。
ひたすら受け持ちをパトロールし、通報があれば対応する。その繰り返し。
平治と垣は一人の男を壁際に囲んでいた。
男はメッキが所々欠けた金色の歯を持ち、首筋やアゴにタトゥーを施し、鼻ピアスをしている。
カラコンなのか人口虹彩かわからないが、赤色の目をしている。
そして、緑色のモヒカン頭に黄色のジャンプスーツを着ていた。
「知らねえって言ってんだろ!クソお巡り!しつけぇぞ」男が怒鳴った「テメらに見せるもんなんて何もねえよ」
先程、男を見つける前、「緑モヒカンの赤目で全身黄色の男が、薬物を売っている」と匿名通報があったのである。
この類の通報は、商売敵によるものも少なくない。
平治と垣が見つけると男は路地裏に逃げ込んだ。
しかし、導線に脚が取られコケたところを平治に捕まったのだ。
垣が服の上を触ろうとする。
「触るんじゃねえよ!」器用に身体をねじり、先程からポケットの上を触らせない。
無理やり取り押さえてポケットを探れば話しは早いが、法律では許されていない。
この調子で延々と押し問答しているのである。
残された道は、連島裁判所に捜索差押令状を請求し、発布させることである。
しかし、現場に身柄を残したまま、書類を作る、令状請求に行く、と人員がさらに必要である。
応援はしばらくたどり着かない。
平治は首を横に振った。
「これは無理だ」平治はそう伝えたのだ。
垣はそれを見て頷く。
「分かったよ。もう行っていい」垣が後ろに下がった。
男は、悠然と服の乱れを直した。
「行っていいじゃねえよ。散々ここまで人を追いかけ回して、おちょくりやがって。マッポごときがよ」男はそう言うと、垣の後ろに目を向けた。「遅いじゃねえか」
垣がその視線を追い、振り向いた瞬間だった。
何者かが垣の顔を思い切り殴った。
垣は思わず倒れた。
「違法な拘束からの奪還だ。お巡り」垣を殴った男が言った。
平治と垣の周りには三人のチンピラがいた。
気づかず囲まれていた。
「職務執行妨害だぞ」平治が言った。
「お前、この街のオマワリじゃねえな?」チンピラの一人が言った。「こんな路地裏までノコノコ来るなんてよ。それもたった二人で」
「違法なオマワリには正当防衛が許されるんだよ」また別のチンピラが言った。そのチンピラは、革ジャンに赤色のスカーフを巻いている。
「どけよ!でくの坊」モヒカンは平治を両手で突き飛ばし、壁から離れた。「おお、そうか。こいつら地球のオマワリだぜ。衛星のマッポと制服が違う」
「真っ白なワイシャツ来てら。母ちゃんがアイロンがけしてくれるってか」チンピラの一人が言って、他のチンピラが下卑た笑い声をわざとらしくあげた。
「地球に帰んな。お前らみたいな平和なアホが来る世界じゃねえんだよ。この街は」モヒカンが言った。
「ギャングも労働者も、マッポも…みんな平等なんだ。誰一人として特別扱いされねえ。やられたら、やり返す。弱えやつは食われる。それがネオシティのやり方だ」
チンピラ達はじりじりと平治に近づく。
「制服脱いでパンツ一丁で派出所に帰んな」ギャングが笑う「オマワリの制服はそれなりに値がつく」
「いい体してっから、男娼屈に売り飛ばすってのはどうよ」とほかのチンピラ。
モヒカンが言った「どちらにせよ、俺を怒らせたんだ。クソが。腕の一本や二本はへし折って、廃棄エリアに捨ててやるぜ」
再度チンピラの一人が下卑た甲高い笑い声をあげた。
「地球も衛星のチンピラも一緒だな」平治は鼻でため息をついた「取巻きが薄汚い鳥みたいな声で鳴きやがる」
「なんだと、殺すぞてめえ!」チンピラの一人が平治に殴りかかった。
その瞬間だった。
チンピラの手が届くより先に平治の警備ブーツのカカトが、チンピラの顔面にめり込んでいた。
チンピラは弾き飛ばされるように吹っ飛び、汚らしいゴミ集積場に突っ込んだ。
腐った魚の骨や、汚物が撒き散らされた。
チンピラの顔は変形し、鼻はひん曲がり、鼻血がとめどなく流れていた。
そして、白目をむいて激しくイビキをかいている。
平治は微笑んでいる。
そして立っている。
立っている。
それだけで、異様な威圧感が平治から漂い始めた。
みるみる全身に血がたぎり、筋肉が程よい緊張で怒張してゆく…
「いいこと聞いたぜ」と言って平治は帽子をかぶり直す。「オマワリもチンピラも平等か。いい街じゃねえか。」
平治のあまりの膂力と迫力に、チンピラどもはたじろいだ。
「お前らの言うとおりだ。地球は余りにも平和だ。殴り合いの出来ねえオマワリなんてゴマンといる。喧嘩したことねえ奴すらざらよ…。今しがたのされた俺の相棒のようにな…」平治は指を組んで、腕を伸ばした。ボキボキと音が鳴る。
「だから、地球のオマワリは耐える。お前らのようなクソを相手にしても、警官は手を出しちゃいけねえ。法律を重んじ、正義を貫く」
平治はモヒカンに指をさした。
「だが、てめえが教えてくた。オマワリもチンピラも関係ねえ。やられたら、やり返す。弱えやつは食われる。それがネオシティのやり方だとな。じゃあ、俺も心置きなくネオシティのやり方でやらせてもらうぜ」
「てめえ・・・それでもマッポかよ!」モヒカンはたまらず叫んだ。
平治はそれを聞いて、大声で高笑いした。
「面白いじゃねえか。お前は最後にぶっ殺してやる。」
平治にチンピラの一人が殴り掛かる。
平治は左手でパリーすると、強烈な右アッパーカットをあごに見舞った。
チンピラの顔面は跳ね上がり、ガクンと膝をついた。
平治は膝をついたチンピラの顔面を、勢いをつけてサッカーボールのように思い切り蹴り飛ばした。
チンピラは後方へ吹っ飛び、後頭部をしたたかに地面に打ち付け、激しくいびきをかき始めた。
上あごと下あごのかみ合わせが大きくズレている。
鉄芯入りの警備ブーツで蹴り飛ばされ、アゴが外れたか骨折したに違いない。
「いびきをかくチンピラが多いな。衛星は」と平治
残されたのはモヒカンと、チンピラ一人
チンピラの一人は、懐からスイッチナイフを取り出した。
「てめえ・・・調子に乗んなよ。マッポの一匹、バラすのは造作もねえ」とナイフをちらつかせた。刃体が青い光を放つ。「てめえ一人殺しても、廃棄エリアの下層地盤に捨てちまえばいい話なんだぜ」
「そうかい。そうすればいいんだな。お前の死体も」平治が言った。と、同時に平治はすさまじいスピードで左腰に付けた警棒を抜き、目にも止まらぬ速さでチンピラの腕を一撃した。
チンピラの腕は、壊れた時計の針のように、肘と手首の中間あたりでぶらぶらと垂れ下がった。
ナイフは折れた手から離れ光を失った。
腕を折られたチンピラは、悲鳴を上げて膝をついた。
平治は胸倉をつかみ、引き起こすと、警棒の柄で顔を何度も殴る。
さながらハンマーを打ち付けるように、柄を掴んだ拳で何度も殴る。
チンピラの顔はみるみる腫れ上がり、折れた歯が宙を舞い、血が流れる。
チンピラはたまらず、折れていない腕で懐に手を伸ばし、またナイフを取り出した。
その瞬間、平治は相手を突き飛ばすと、鬼の形相で警棒を振り上げ、チンピラの頭部に叩き下ろした。
血糊が飛び、チンピラはうつぶせに倒れた。
いびきはかいていない。
ただ、チンピラの頭部から血が広がり、体はビクンビクンと激しく痙攣している。
「へ・・・平治!!お前なんてことを!!」突然、起き上った垣が叫んだ。
「よう、目が覚めたか。垣さん」平治が垣を見た。
「ようじゃねえよ!平治、お前…それはまずいよ!」垣は口元から血を流しているが、元気に叫んでいる。「そいつ、死んじまうぞ!」
「廃棄エリアに捨てりゃいいんだろ。なあ?」平治はそう言って、モヒカンを見た。
モヒカンは愕然として、先ほどまで見せた威勢と一転怯え始めた。
「おい!てめえら、こんなことしてただじゃすまねえぞ!」とモヒカン「議員にチクってやる!お前らは終わりだ!」
平治は片眉をあげ、怪訝な顔をした。
「議員にチクるっていつよ?」と平治「お前、無事に帰れるとでも思ってんのか?」
そういうと平治は、モヒカンの鼻ピアスを掴んで荒々しくむしり取った。
モヒカンは悲鳴を上げうずくまった。
「ひいいー、やめてくれ!」
「おい!平治やめろ!クビになっちまうぞ!」すかさず、垣がチンピラと平治の間に割って入り、平治にしがみついた。
「頼む!平治!納めてくれ!俺は大丈夫だから!」
「感謝しろよクズ、地球のお巡りさんがいてよかったな」平治はモヒカンに吐き捨てた。
「大丈夫だ。垣さん。こいつは刃物を出した。俺は4人を相手にチャカすら使ってない。正当業務さ」
平治は垣の肩をポンと叩いた。
「とにかく、こいつらの身柄を引っ張って帰らないと・・・職務執行妨害で…」
垣がそうつぶやいた瞬間だった。
モヒカンが体を起こすと同時に四角い筒を投げた。
と、同時に視界を奪うほどの光と、爆音が響いた。
平治は筒を見た瞬間「フラッシュバン(閃光発音筒)」であると気づいた。そして、即座に目をつむり、腕全体で目と耳を覆った。
それでも耳は爆音にやられ、キーンという音が耳の奥から鳴った。
平治は即座に目を開く、やはり、モヒカンは一目散に走って逃げてゆく。
コードの束を越え、ゴミ箱を飛び、路地から路地へ逃げてゆく。
そして、垣は目をつむり、耳を抑えて叫んでいる。苦痛に顔が歪んでいる。
フラッシュバンにやられたようだ。
平治は、垣の手を引いて、モヒカンを追った。
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